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◆序章

03 戸惑い

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「どうやら、気がついたみたいだね」

 老いた男性の低くて渋い声が誰かに向かって話し掛けている。
その声はひどく穏やかに修哉の鼓膜を刺激し、小夜の笑顔から面影から全てをかき消してしまった。

 不快感を伴って辺りを見回すとそこは暗黒の世界、つまりは瞼を閉じた世界。自分が過去の夢を見ていた事にようやく気付く。

 薄眼を開け自分を見下ろす影に焦点を合わせようとするも逆光で輪郭程度しかわからない。意を決して起き上がろうとしたのだが、未だに自分の身体が言う事を聞いてはくれず上半身どころか腕にすら力が入らない。

「君は怪我をしていた。今は無理をしない方が良い」

 何かの布で腹部がぐるぐる巻きにされているのか、軽い圧迫感と質感を覚えており、どうやら右脇腹から血が噴き出して雪原に中で雪に埋もれていた事が、自分の身に現実に起こった事なのだと納得させられる。
そして身動きが取れないまま意識が飛び、失血死と凍死どちからのゴールを待つ身だった自分を助け、治療してくれたのが目の前に立つ大柄な壮年の男性と、彼の腰回りにうごめく小柄な影と、その隣で尻尾を振る動物であるのも何とか理解出来た。

「俺は、一体……?」

 倒れていたところを彼らが助けてくれたのだと理解しているのに、修哉の口から出た言葉はそれだった。何故ならやっと眼の焦点が合って視界がはっきりとして来た彼が見た光景が、あまりにも彼の認識と違っていたからだ。

 ゴールデンウィーク初日の5月3日、藤森修哉と柊小夜の「ユニットA(アサシン)」は、非正規部隊「桜花」との合同作戦を行なった。

 ジャーナリズムを隠れ蓑に反国家闘争を長年繰り返して来た、某新聞社の論説担当者が今夜、武闘派革命組織の幹部と会合を持つと言う情報が公安局からもたらされ、桜花が武闘派革命組織の追跡及びアジト壊滅の任務を命じられ、修哉と小夜の暗殺部隊がいざと言う時のサポート役に任じられたのである。

 本来、修哉の正統な記憶を辿るのであれば、彼と小夜と桜花のメンバーたちは高速から都心に入り、中野区のとある住宅街にいなければならないのに、何故それが雪原で腹から血を流し野垂れ死に寸前になっているのか。
更に言えば、ぼやけていた眼がはっきりと視野を取り戻し横たわっているベッドから屋内を見回すと、傷ついた修哉を労わってくれている初老の大男は誰がどう見ても、銀色に輝く白髪が似合う彫りの深い白人男性。そしてその男性の背中に隠れながら警戒感丸出しで彼を見詰める少女は、初秋を機に実り始めた小麦の様な緑がかった見事な金髪を垂らして、碧い瞳で刺す様な視線を浴びせて来ている。
彼女も透き通る様な真っ白な肌の白人で、誰がどう見てもこの二人、日本人ではないのだ。

 もっと言えば、このログハウスの一室らしき部屋、客間にベッドを置いて修哉の看病を行なっているのだがこの部屋……、電気のコンセント差し込み口がどこにも無い。つまり電化製品が何一つ無く壁時計や置き時計すら無い、質素を通り越して近代文明の産物が何一つ無い有り様。

 どこのド田舎だよと、この屋敷の素朴過ぎる佇まいを見る者は必ずそう感想を持つのであろうが、藤森修哉はその質素な家から別の違和感を覚え、そして今も戸惑っている。

 暖炉の炎が灯りを兼ね炎が照らす部屋の壁には、豪奢な軍旗らしき旗が飾ってあるのだが、そこに今まで見た事も無い文字が刺繍されているのだ。
もちろん漢字でもひらがなでもカタカナでも無い。アルファベットでもなければ、キリル文字でもなければ、アラビア文字でもない、象形文字ですら無い全くの未知の文字。
修哉が未だかつて見た事もない文字であったのだ。そして気味が悪い事に、何故かその文字が、彼自身読めるのである。

【リンドグレイン王国騎士団】
客間に架空の旗なんか飾って痛々しい事するなよ、そもそもなんだよその国聞いた事無えよと、彼の戸惑いに引き気味の要素が混ざって来た時に、あらためて初老の男性が、修哉に問い掛けて来た。

「黄色人種は、この辺りでは珍しくてね。君の名前は?どこから来たんだい?」



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