9 / 85
◆ よろずやシリル開店
09 憧れるもの
しおりを挟む本日の王立フェレイオ学園も滞りなく全ての講義が終わり、太陽忌避夜行性種族の講義を残して下校の時間となった。
ここ一年B組のクラスでも疲労を顔に浮かべた生徒たちが家路につくため、席を立ってぞろぞろと廊下に出て行く中、シリルは席に座ったまま夢中になって何かを書き連ねていた。
「早く……頑張って早く終わらせないと、犬さんや猫さんに負けちゃいます」
サンクトブリエンツェの商店街の一角にある老舗精肉店「ドン・アルトリオの店」は、名前と店主こそいかついももの、夕方の閉店時に切り落とし過ぎて売り物にならないクズ肉などを野良犬や野良猫に振る舞う優しい店である。
これもまたシリルの穴場となり、野良猫たちに混ざってちゃんと順番で食材を頂いていたのだが、シリルが下校時間に素直に帰れない障壁が立ちふさがった。
【補習】である
支給された教科書を逆さまに持つほどに文字の読めないシリルは、せめて読み書きぐらい出来る様にと、学年主任のアンヌフローリア女史から補習の命令を受けてしまったのだ。
「あ、あああ……早くしないと店が閉まる! 」
マッハの勢いで文字をノートに書き連ねているのだが、心ここに在らずならばそれが身になる訳が無い。
精霊王に拾われたシリルは乳飲み子の頃は世話になったが、一人で歩ける様になった頃から始まった超放任主義の元で、山野を駆け巡りながら自給自足で生きて来た。
つまり今は文字を書く練習よりも、夕飯の肉を確保する事が先決なのである。
ところが、書いたノートを職員室に持って来いと指示していたはずの本人、アンヌフローリア女史が教室にやって来た。
「どう、ちゃんとやってる? 」
背後に回ってノートの中身を見ると、彼女はガクンと肩を落として大きなため息を吐いたのだ。
「シリル君間違ってるわよ……その組み合わせだとシュリイルでしょ。自分の名前ぐらい書ける様にならないと」
「ええっ! 違うんですか!? 」
五十音文字と違いこの世界ではアルファベットの様に少ない記号を組み合わせて文字と成す。どうやら心ここにあらずなのか、シリルは自分の名前すらしっかり書けていなかった。
ーーこの子を無事卒業させなければ。卒業させるのが私の使命ーー
文字も読めず名前すらまともに書けないなら、絶対に卒業なんて出来ない。このまま帰る家すら無い生活が続くのなら落ち着いて勉強も出来やしない。
何かを決心したアンヌフローリア女史は、慌てて自分の名前の書き取りを続けるシリルを止めて帰り支度をする様に促した。
「色々探し回ったのだけど、時期が時期だからどこも満員なの。シリル君、あなたは今日から私の家で寝泊まりしなさい」
「ふぁっ!? 」
「食べる物に困りながらのその日暮らしの野宿生活、今日から私が許しません」
「いや、でも先生……」
「寝る場所、勉強する場所、そして食事は私が用意します。あなたは勉強に集中するの」
「ぼ、僕宿代なんて持ってないから」
「そんな小さな事気にしちゃダメ! 英雄になりたいんでしょ! 」
「えっ?」
「ここは英雄のための学校なの、英雄になりたい者のための学校なの。あなたは英雄になりたくてやって来たんでしょ?」
アンヌフローリアは両手で彼のほっぺをつまんでびよんびよんと引っ張る。
彼が答えから逃げ出したり視線を逸らして誤魔化さない様に、ちゃんと自分の真正面を向かせたのだ。
「アンヌフローリア先生、僕……英雄になりたいです」
精霊界で野山を駆け巡り自給自足の生活をしていた頃、フェアリーたちから何度も聞いた寝物語。
大陸の生きとし生ける者たちから尊敬の眼差しを受けた騎士王の半生、若者だった頃からの数々の冒険物語。
人を愛し過ぎた大天使から授かった聖剣ティアーズ・オブ・メサイア(救世主の涙)を持って混沌としていた大陸を平定した、あの伝説の騎士王の冒険譚に彼は突き動かされていたのだ。
「騎士王の伝説が好きです、騎士王が好きです。僕は騎士王を超える勇者になりたい! 」
シリルは良い子だと思う。汚れを感じさせない程に純粋で、その純粋さを逆に危うく思える程にだ。
だが彼も、英雄や勇者の冒険譚に思いを馳せて憧れる、男の子の部分も持っている。聞かされたおとぎ話に胸震わせて、木の枝を聖剣代わりに振り回した過去があるのだろう。
アンヌフローリアが見詰める先、まるで清らかな泉の様なつぶらな瞳から、彼の憧憬の意思もメラメラと映し出されていたのだ。僕もそうなりたい! と。
彼の熱さに触れて、「ふむ、決まりだな」とアンヌフローリアは両手を離して彼の頭にポンと手を乗せた。
「だったら、まずあなたがしなければならない事は、魚を捕まえたり星空の下で寝る事じゃないのは分かるわね」
ーーあなたは今日から私の家族、二人で屋根の下で生活して、あなたは徹底的に勉強してこの学園を卒業するのよーー
あっという間にシリルの下宿先は決まった。
野生で生きて来た自由人の時期は終わり、英雄になるための教育をいよいよ本格的に受けるのだ。
もちろん同じ学園生と比べると、現時点での彼は最弱の戦士どころか一般的な普通の男子と変わらない。まあ、それも怪しいのだが。
とにかく、頂点に立とうとするならば並大抵の努力では叶わない事は確か。
勉強に戦闘訓練に明け暮れる日々がいよいよ始まる。
余談ではあるが、この件は俗に言う「違うよ! 先生の胸には夢が詰まってるんだ! 」事件の始まりでもあった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる
グリゴリ
ファンタジー
『旧タイトル』万能者、Sランクパーティーを追放されて、職業が進化したので、新たな仲間と共に無双する。
『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる』【書籍化決定!!】書籍版とWEB版では設定が少し異なっていますがどちらも楽しめる作品となっています。どうぞ書籍版とWEB版どちらもよろしくお願いします。
2023年7月18日『見捨てられた万能者は、やがてどん底から成り上がる2』発売しました。
主人公のクロードは、勇者パーティー候補のSランクパーティー『銀狼の牙』を器用貧乏な職業の万能者で弱く役に立たないという理由で、追放されてしまう。しかしその後、クロードの職業である万能者が進化して、強くなった。そして、新たな仲間や従魔と無双の旅を始める。クロードと仲間達は、様々な問題や苦難を乗り越えて、英雄へと成り上がって行く。※2021年12月25日HOTランキング1位、2021年12月26日ハイファンタジーランキング1位頂きました。お読み頂き有難う御座います。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
夢じゃなかった!?
Rin’
ファンタジー
主人公佐藤綾子33歳はどこにでもいる普通の人である。スマホの無料小説を1日の始まり前と帰宅後に読むことが日課で日々お気に入りの小説を読んでは気力と体力を回復する糧にして頑張っている。
好きな動物は犬、猫、そして爬虫類。好きな食べ物は本マグロ。好きな季節は夏から秋。
好きな天気は………雷。
そんな主人公が日常から一変して異世界に転移!?どうなるかわからない見切り発進です。
エブリスタさんで先に投稿、更新している長編ファンタジー作品です。
少しずつこちらでも投稿していきますのでよろしくお願いします。
冒険者歴二十年のおっさん、モンスターに逆行魔法を使われ青年となり、まだ見ぬダンジョンの最高層へ、人生二度目の冒険を始める
忍原富臣
ファンタジー
おっさんがもう一度ダンジョンへと参ります!
その名はビオリス・シュヴァルツ。
目立たないように後方で大剣を振るい適当に過ごしている人間族のおっさん。だがしかし、一方ではギルドからの要請を受けて単独での討伐クエストを行うエリートの顔を持つ。
性格はやる気がなく、冒険者生活にも飽きが来ていた。
四十後半のおっさんには大剣が重いのだから仕方がない。
逆行魔法を使われ、十六歳へと変えられる。だが、不幸中の幸い……いや、おっさんからすればとんでもないプレゼントがあった。
経験も記憶もそのままなのである。
モンスターは攻撃をしても手応えのないビオリスの様子に一目散に逃げた。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
S級スキル【竜化】持ちの俺、トカゲと間違われて実家を追放されるが、覚醒し竜王に見初められる。今さら戻れと言われてももう遅い
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
ファンタジー
主人公ライルはブリケード王国の第一王子である。
しかし、ある日――
「ライル。お前を我がブリケード王家から追放する!」
父であるバリオス・ブリケード国王から、そう宣言されてしまう。
「お、俺のスキルが真の力を発揮すれば、きっとこの国の役に立てます」
ライルは必死にそうすがりつく。
「はっ! ライルが本当に授かったスキルは、【トカゲ化】か何かだろ? いくら隠したいからって、【竜化】だなんて嘘をつくなんてよ」
弟である第二王子のガルドから、そう突き放されてしまう。
失意のまま辺境に逃げたライルは、かつて親しくしていた少女ルーシーに匿われる。
「苦労したんだな。とりあえずは、この村でゆっくりしてくれよ」
ライルの辺境での慎ましくも幸せな生活が始まる。
だが、それを脅かす者たちが近づきつつあった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる