自我非同一-Non-identical-

キャンティー

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2.瓦解-Destruction-

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人より出来るだけ目立たないように生きていこうと思っている。
秀でても、芽を潰されるだけだ。
注目されることも苦手だ。
だから、できるだけ自分を隠して生きていこう。




郵便受けに届いていた1枚のメモ。
文の内容よりも先に"目"の印象が強く、恐怖に囚われる。
周囲を見回す、が道路を行き交う車と駅に向かうのであろうスーツ姿のサラリーマンの姿しか見当たらない。

もう一度、メモに目をやる。

"
〒304-○○○○
茨城県下妻市○○○○

住所分かったよ (目の絵)
"

少し丸文字のような字体で書かれていたメモには、はっきり私の実家の住所が書かれていた。

実家の住所を知っているのはなぜ。
住所を知って何をするつもりなのか。
そもそもこのメモを書いたのは誰か。
私の知っている人なのか。


何一つわからず、ただただ不気味な気持ち悪さに苛まれた。

しかし、そのメモに書かれていた目の絵には既視感を覚えていた。
昨日のスーパーの帰り道の、あの目だ。
誰でもない自分だけを見ている目。

忘れていた感覚が蘇る。

メモをよく見ると、裏に何か書かれた文字がうっすら写っている。
恐る恐る裏を見た。
すると、そこには小さな文字で

"もう少しだよ"

と書かれていた。

呼吸が早くなるのを感じた。
イタズラだと感じていたものが、ただのイタズラではない。直感で私に向けてのものだという疑念に変わり、全身に寒気が走った。
少し駆け足気味で自分の部屋に戻った。



その日は驚くほど仕事が手につかなかった。
メモに書かれていた文字と、あの目を思い出し、恐怖に苛まれるか、あとはぼうっとしてしまう。

結局、体調不良を理由にして午後半休を取ってしまった。

誰かに相談すべきなんだろうか。
警察には…言えない……。イタズラだと思われて取り合ってくれないだろう。

智美にも言えない。心配させてしまうし、万が一メモを送ってきたヤツに目をつけられてしまって何かが起きるとも分からない。

そうなると、住所を知られた父が1番危ないのではないか。ただ、何て言おう…。

時刻は14時過ぎ。
父の仕事は20時までなので、この時間に連絡をしても、スマホを見るかは分からない。
今連絡して、変に心配させても父が可哀想だ。
結局20時になったら電話をしようと思い、少し横になった。気持ち悪さは消えなかった。



18時になった。
あの後、横になっても結局いろんな考えが頭をよぎった。

「誰なんだろう」

「何が目的なんだろう」

「昨日見たあの視線の持ち主なんだろうか」


そんなことばかりが頭から離れず、寝ることも出来ずにぐるぐると巡る頭と格闘していた。

そんな折、智美からLINEが届いた。

"
仕事おつかれヽ(•̀ω•́ )ゝ
私、明日休みなんだけど、今日泊まりに行ってもいいかな?
"

智美は私と知り合った旅行会社で今も働いている。土日のどちらか出勤をしているので、平日1日が休みの変則シフトである。

正直、誰かと一緒にいたい。
ただ…。

色々考えたが、自分の都合に彼女を巻き込む訳にはいかないという結論に至り、

"
おつかれ。
ごめん、ちょっと体調悪くて今日午後休とったんだよね。風邪とかだったらうつしちゃうから、治ったら遊ぼう!
"

智美の性格を考えたら、本当に来て欲しくない時の返信はこうではなかったんだろう。

"
え!?大丈夫??
体調悪いなら、看病行くよ!!!
何か食べたい物ある!?
"

嘘でも、「今日予定があって…」とか、来れない理由を述べるべきだった。
どこかで来て欲しい気持ちがあったのだろう。
その後「いや、結構咳ひどくて」とか無理やりな後付けをしてみたが、智美に押し切られてしまった。本当に馬鹿だ。
だが、このやり取りに救われている自分もいた。


19時30分を過ぎた頃

玄関のチャイムが鳴る。
智美が両手にぱんぱんのスーパーの袋を持って現れた。
玄関で出迎えると、

「はい、病人は寝てなさい」

と言い、私をベッドに押しやろうとする。
少し抵抗をしながら、念のため部屋の外を見渡すも確認できる範囲には誰もいなかった。

「なんで入れてくれないのー!」と、そのまま力に屈して部屋の中に押しやられ座らされると、袋の中身を冷蔵庫に詰め始めテキパキと料理をし始めた。

智美とは付き合ってまだ3ヶ月だが、一緒に仕事をして来た期間は5年を越えていた。
智美の方が2つ歳下だが、仕事は私より出来たのではないだろうか。
お互い残業をして帰る時間が一緒になることが多く、そのまま飲みに行ったり、一緒に帰ったりしていた。

当時、私には彼女がいて親しい後輩というようにしか思っていなかったのだが、智美は当時から私に好意を持ってくれていたらしい。
今から半年前に転職をしたのだが、その送別会で私が別れたことを知り、思いを打ち明けられた。

私も33歳なので次に付き合う彼女とは結婚が前提であると考えていたため、軽い気持ちで付き合うとは言えず、その時は断った。
ただ、その後また友達として誘われて遊びに行ったり、ご飯を食べに行ったりしているうちに、智美を異性としてもとても魅力的であると思うようになっていった。

「食欲はあるんでしょ?はい、食べて!食べなきゃ元気にならないよ!」

と、回想をしているうちに、テーブルに料理が並んでいた。
インスタントのおかゆ、なすの味噌汁、冷奴…豚バラの焼肉とピーマンの炒め物、、

「ねぇ、なんで焼肉…」
「え、スタミナつくでしょ?」
「…。(病人じゃないの…?)」

体は健康なのだが、気持ち悪さはまだ感じていた。出来れば軽めのものを食べたかったが、元気づけようとしてくれて作ってくれたことを考えると、本当にありがたいだけだった。


本当にいい奥さんになるんだろうなぁ、とふと思った。思ってしまった。
この時、昨日まではほとんど感じていなかった感情が芽生えていたことに気が付いてしまい、昂りそうになるのを堪えながら、2人で食事をした。
私はうまく笑えていただろうか。

食事が終わって、智美が後片付けも全部やってくれるという事だったので、スマホを持ち
「ちょっとタバコを…」と言うと轟轟言ってきたので逃げるように部屋を出た。

時刻は20時14分。
智美のおかげで少し楽になったが、やはり父が心配だ。どう伝えるべきかは迷ったが、電話をかけた。

「おう、渉か。どうした?」
車のエンジンをかける音と共に父が出た。

「仕事お疲れ様。ちょっと今大丈夫?」
「おう、どうした?何かあったか?」

私はありのままを述べた。

「あのさ…。朝、ポストを見たら変なメモが入ってて…。そのメモに、うちの下妻の住所書かれてて、、」

「ん…?どういうことだ?」
真剣な話ということが伝わったのか、声色が低く変わるも、ハッキリと意味が分かっていないであろう父。

「小さい紙なんだけど、俺の部屋のポストに入れられてたのね。実家の住所も書いてあったから、俺宛なんだと思う。住所分かったよ、ってのも書いてあって。」

「…なんだ、気味が悪いな、それ」

「うん…。あと、もう少しだよ、って書いてあった。」

少し間を置いて、父が答える。

「………。なんかのイタズラじゃないのか?」

「…分かんない。ただ、住所が書いてあったのは多分送ってくれたお守りに書いてあった差出人のところ見たからだと思う。
イタズラならいいんだけど、万が一お父さんに何かあったらと思って、、くれぐれも気をつけて。」

「…んー、そうか…。まぁ、お父さんのことは気にするな。大丈夫だ。むしろ、渉こそ気をつけろよ。イタズラだとしても、お前、家のポストまで来られてるんだろ?」

「うん、俺は平気。なんかあったら友達近くにいるし、今日も智美が心配してきてくれてる。」

「おぅ、智美ちゃんか。でも、家にあんまり呼ぶんじゃないぞ。1人で夜道歩かせるんじゃないぞ。何かあればお前も着いて行ってやるんだぞ。」

父と智美は会ったことは無いが、たまの電話で智美のことを話していた。
器量の良い明るいいい子というのが父の感想で大層気に入っていた。

「まぁ、こっちは大丈夫だから、お前は自分と周りの人の心配をしてなさい。」

考えすぎなのだろうか。
ただ、用心しておくに越したことはない。
何もなければそれでいい。ただ、何かあってからでは遅い。
そして何となく、何もなく終わらないであろう、とも感じていた。

「…あのさ、俺そっち帰ろうか?
今リモートワークだし…。…あと…、あのやっぱりさ……あと少し…」

自分でも歯切れが悪いのは分かったが、上手く喋ることが出来なかった。すると遮るように

「…渉。お前は何も心配するな。ただのイタズラだから。お父さんのことは何も心配しなくていいんだ。…あ、でも早く孫の顔は見たいかな。」

「………。気長に待っててよ。」

「……バーカ」

油断すると涙が出てきそうだった。

父は末期の癌であった。
それが発覚したのは、半年前。私が転職をしたタイミングとほぼ同時期だった。

仕事中に胸が苦しくなって病院に行った時に発覚した。既にステージⅣであった。
健康診断が嫌いで、酒は飲まないがタバコを吸う。
昔から、健康診断に行くことを促すも、「今まで病院にかからなくても元気でやれてる」の一点張りで、正直いつから受けていないのか分からない。

そんな父だが、いやだからと言うべきか。
癌が発覚しても、やはりケロッとしていた。

療養に専念することを勧めるも、
働ける最後まで仕事をしていたい。と、
長年働いている仕事に愛着を持ち、職場からも人望があった父は、それまでの営業として重機を販売する部門から裏方の工場作業の部門に回ったものの、今も仕事を続けている。

ならば私が地元に帰ろうか、と提案した時も、頑として
「絶対に戻ってくるな。お前はお前の人生を歩め。戻ってきたら親子の縁を切る。だから、戻ってくるな。」
と言い、普段は優しい父なのだが、少し喧嘩をしたこともある。それぐらいの頑固さは持ち合わせていた。

「じゃあ、切るぞ。ホントに心配しなくていいから、お前は普通に毎日楽しくやりなさい。また、米送るから、ちゃんとご飯食べるんだぞ。じゃあな。元気でやれよ。」

そう言って、電話は切れた。
本当に私に甘い。特に11年前のあの日から。


一息ついて、部屋に入ると玄関で智美が待っていた。

「何かあったんでしょ…。大丈夫。私がついてるから」

そう言って、私を抱きしめる。

「何でそう思ったの?」

「渉。会った時から顔に出る人だったからね。私ちゃんと渉を見てきたから。」

あぁ、こいつにはかなわないなぁと、思った。

「お父さん…俺にも心配させてよ…」

声には出せなかった伝えられなかった思いが、智美の胸の中で少しずつ溢れていく。
心地よいまどろみの中で、時間をかけて氷を溶かしていた。


その日の夜、智美にこんな質問をしてみた。

「ねぇ、俺のどこを好きになったの?」

そう聞くと

「んー。臆病なとこ?(笑)」

だそうだ。ふいに笑ってしまった。

そして、一緒にまた涙が出てきた。





そして、翌日。



父は逮捕された。
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