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「わ、わわ、怜二……いいって! 下ろせってぇ!」

 俺は例によって怜二に「姫だっこ」なんてされちまったまま、ひょいひょいとくだんのロイヤルスイートとやらに連れてこられた。
 クルーズ船での世界一周旅行は、いわゆるお金持ちのための専売特許ってイメージが強いけど、実は内容はピンキリなんだという。

 豪華客船に乗って、夜の素敵な食事やパーティや、イベントやら音楽会やら船上のプールでのゆったりした時間やら。そういうものを楽しもうと期待してやってくると、意外と夢を打ち砕かれてしまうんだとか。
 聞くところによると、レベルによっては船室は本当に狭苦しいもので、海上ではあまり新鮮な食材が使えないためメニューもありきたりなものばかり。プールに至っては大勢の人がいっぺんに入りたがるために、肌と肌がくっつかんばかりの芋洗い状態になっちゃうとか、なんとか。
 ……ってまあ、このへんは怜二の受け売りだけど。当然、俺が知ってるわけないし。

 でももちろん、怜二はそんなのは許さなかった。なにしろ、この船の持ち主は怜二自身だ。
 大広間と一定の船室は招待客のためにリザーブされていたけど、ロイヤルスイートのあるこの階はすべて貸し切りになっていて、怜二の息のかかったヴァンピールの使用人たちがいるばかり。
 その彼らも怜二に呼ばれない限りは決して顔を出さないことになっているらしく、この階にあがってきてから部屋に到着するまで、俺は誰の顔も見なかった。

「ひょええ……でっけえ部屋」

 部屋に入るなり、俺は阿呆のように口をあけているだけになった。
 さすがはロイヤルスイート。一体、普通の船室の何部屋ぶんあるのかという面積を惜しげもなく使い、ぐるりと周囲を見渡せる広々とした窓に囲まれている。外の景色はとっくに港を離れて夜の海に変わっていた。

 暗い海を眼下に敷いて、漆黒の天鵞絨ビロードの上に散らばった星がまたたいている。港があった方だけが、街の灯で空までうすぼんやりと明るかった。
 俺が怖気おじけづくからなのか、部屋の内装はそんなに豪華でしょうがないほどキラキラしたもんじゃなかった。ベージュを中心にした、品よく落ち着いた色目のリビング。見るからに質のよさそうな革を使ったソファセットの置かれたその部屋の奥には主寝室。
 そこに大きなベッドが置かれているのがちらりと見えた。
 知ってるぞ、あれ。キングサイズだよな?

(うう……)

 なんて言うか……ヤル気満々? みたいな。

「疲れたでしょ、勇太。お風呂にしようか」
「え? うん……うわっ!?」

 キョロキョロしながらなんとなく返事をしただけだったのに、怜二はさっさと俺の着ている魔法使いの衣装を脱がせはじめた。
 気が付いたらもう、バスルームの脱衣所にいるし! なんだこれ!

「なっ……なにやってんだ怜二! じっ、自分でできるう!」
「って。放っておいたら、いつまでもそこでぼうっとしていそうなんだもの。いいじゃない? 僕らはもう公認の仲なんだからさ」
「いや、そうだけどっ」
「でしょ。さあさあ、ちょっとじっとしてて」

 言いながら、魔法使いの帽子を放り投げ、マントを放り出し、シャツを脱がせ……と、どんどん手を動かしている。

「うぎゃあ! こら、やめろ。パンツに手を掛けんなあ!」
「じゃあ、先にこっちかな」

 言ったと思ったらぐいと抱き寄せられ、唇を塞がれた。

「はむうっ……」

 銀色の長い睫毛に覆われた紅の目が細められて、じっと俺の目を見つめている。いつもとは違う、長い銀髪がさらっと落ちてきて俺の頬にかかった。

(ふわ……)

 怜二、めちゃめちゃ色っぽい。
 バージョンの怜二、あんまり見慣れないから変な気分だ。しかも今は、本気のヴァンピールとしての姿をしてるし──

「んん……っ」

 あれからもう何度もしてるのに、やっぱり俺はこの口づけに慣れない。
 少し唇を離されたとき、怜二の口にきらりとヴァンピールとしての鋭い犬歯が光ったのが見えた。
 怜二はとっくに自分の着ていたものは全部脱ぎ捨てていて、俺を抱きしめ、体のあちこちを撫でまわしている。その手がするするっと俺の股間に伸びてきて、俺はびくっと体を固くした。

「んっ……!」
「ずいぶん興奮してるね、勇太。一応確認するけど、ちゃんと薬は飲んできてるんだよね?」
「あ……ったりまえだ、ろ」

 そうなんだ。
 ヴァンピールの体液は──つまり唾液も──人間にとって非常に強力な媚薬みたいな効果を持つ。怜二が開発した耐性を上げる薬を飲んでおかなかったら、人間はあっというまに脳を侵されて理性が吹っ飛びかねないんだ。
 つまり、こいつらに抱かれたいとか、血を吸われたいとか、そういうことしか考えられなくなっちまう。
 凌牙がこいつをよく蚊に喩えるけど、実は言い得て妙なんだよな。
 蚊も人間の血を吸うとき、痛みを感じさせないように特殊な液体を人間の体内に送り込むって聞いている。

「勇太ったら。僕とのキスのあいだに、他の男のことを考えないでね」
「へっ? ……そ、そそそんなこと、考えてねえよ……」
「嘘ばっかり」

 こいつ、エスパーかよ。
 
「いいけどね。ここからはもう、そんなこと考える暇なんてあげやしないから」
「ええっ? わわわ!」

 そうしてそのまま、俺はバスルームに引きずり込まれた。

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