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「うっわ。なんだこれ。マジ?」
 
 車が到着したのは、大きな港だった。接岸しているどでかいクルーズ船は、全体がきらびやかな電飾で飾られている。あちこちにジャック・オー・ランタンの形をした電飾も見え、いやがうえにもお祭り気分を盛り上げていた。

「まさか、今日はこれに……?」
「そうだよ。気にいってもらえたら嬉しいな」

 にっこりと微笑んで怜二がさりげなく後ろから俺の腰に手を回す。広い桟橋をゆっくりと歩いていくと、船の上から手を振っている人影が見えた。
 黒くて長い髪をなびかせ、魔女らしき格好をしている美女。

「あ。あれ、麗華さん……?」
「ああ」
「って、それじゃあ他のウェアウルフたちも招待してくれてんの? 怜二」
「ああ。彼らのほうで、ヴァンピールまみれの場所にこの男をひとりだけで行かせることには不安があったようなんでね。まったく、いつまでお坊ちゃん扱いなのやら──」
「うるせえよ」

 凌牙が肩を微妙に落としたみたいだ。さすがに憮然とした顔だった。

「あれでも一応、俺の護衛のつもりなんだ。ま、あいつらにも乗船許可をくれたことにゃあ感謝してる」
「それはそれは。どういたしまして」

 怜二がわざとらしい慇懃さでお辞儀をして見せると、凌牙は苦虫をかみつぶした顔になった。

「集まってんのはヴァンピールとウェアウルフだけなの?」
「いや。音楽隊やシェフ、ウェイターには普通の人間が多いよ。僕らの『仮装』が見破れる人間はまずいないし、問題ないさ」
「はー。なるほど……」

 ぽかんと口を開けて船のあっちこっちを眺めながら乗船用のタラップをのぼっていたら、突然ぴゅーんと何かが飛んできた。

「ぴゅいぴゅい、ぴゅーい!」
「わっ。クロエ!? お前も来てたの」
「きゅうきゅう、ぴゅぴゅぴゅーい!」

 クロエはヴァンピールの使い魔で、ほわほわした黒い毛並みの丸っこい生き物だ。コウモリみたいな形をした小さな羽で不思議なぐらい自由に飛ぶ。つぶらな瞳がいつも可愛い。前に俺の身が危険だったときにはずうっと俺のそばにいて身を守ってくれていた、大切な生き物だ。
 最近ではけっこう自由にやっていて、俺のそばにいることもあれば怜二のそばにいることもある。自在に姿を消せるから、意外と重宝する子なんだよな。
 こんな可愛いなりだけど、ちゃんと空気も読める子で、俺と怜二が──つまりその、をしてる間は、ちゃあんと席を外してくれる。

「寒くないか? クロエ。寒かったら、俺のマントの下に入ってていいからな~?」
「きゅう~ん!」

 きゅうきゅういいながら俺の首元に体をこすり付けてくるのがまた可愛い。そっと撫でると、高級な毛皮に触れているときのような柔らかい手触りがする。
 これがもう、たまんねえ。おふくろが持ってる、昔のミンクの手触りにちょっと似ている。

「くぉら、勇太。そいつばっかり撫でてんじゃねえ」
「え……うわっ!」

 くぐもった声が隣から聞こえて振り向いたら、そこには凛々しいウェアウルフとしての顔になった凌牙が立っていた。

「わあ! 凌牙ー! 待ってましたあ!」

 大型のわんこよろしく、とびついて銀色の耳や首をわしゃわしゃする。

「うわあ、ふっかふかだ。これこれ、これよー! やっぱいい、めっちゃいい。狼サイコー!」

 背後でまた例によって、怜二が冷たい視線で一連のことを見つめているのは感じていたけど、ごめん! こればっかは俺、ぜってえ我慢できねえもん!
 狼としてのふかふかの大きな耳、ふさふさして長い毛足。そしてオレンジがかった綺麗な金色の瞳。もうなにもかもがかっけえ。
 やっぱ人狼ウェアウルフ最高。
 ウェアウルフしか勝たん!

「……こら。いい加減にしてね、勇太」

 遂に襟首を掴まれて、俺は凌牙からひっぺがされた。

「あああ~っ! も、もうちょっと……!」

 俺は体じゅうで名残惜しさを表現する。両手を凌牙のほうへ伸ばして、手をわきわきさせ続けた。
 あああ、もふもふ! 俺のもふもふがああ! 怜二のケチ。嫉妬野郎!

「これでも十分譲歩してるんだ。恋人の目の前で、他の男とやたらねんごろなのを見せつけるのは勘弁してもらいたいもんだよ」
「ね、ねんごろって……」

 なんか時々、こいつは語彙がジジくせえ。これは仕様か。

「だから。僕の目の前で他の男といちゃいちゃしないで?」
「いっ、いや、ちげえ! これはそーゆーアレじゃねえの!」

 飽くまでもこれは、全人類共通のもふもふ愛であって、恋人に対するそういうのとはカテゴリーちがいでえ……!
 と、わけのわかんないことを言いまくってじたばたしていたら、「はいはい。わかってるから」とため息まじりに言われてしまった。
 そのまま肩を抱き寄せられる。「皆まで言うな」ってことらしい。
 そうして、ちゅっと頬に口づけを落とされた。

「ふぎゃ!?」

 今度は速攻で凌牙が剣呑けんのんな目になった。人狼としてのすらりとした鼻筋に皺がよっている。

「おめーらよお。そういうのは、個室にシケこんでからにしてくれや」
「しっ、しししけっ……ってなんだ! エロい言い方すんなよ凌牙も!」
「は? それ以外にどんな目的があんだよ、その蚊トンボ野郎によー」
「はいはい、そこまでー」

 と、怜二が視界を遮るように俺と凌牙の間に割り込んできた。
 ほとんど凌牙を押しのけんばかりだ。

「嫉妬まみれの野良わんこは放っといて、お勧めの通りにしようよ、勇太。ちゃんと最高のロイヤル・スイートを準備してあるからね。期待して?」
「はあ? 野良わんこ言うな、この老害蚊トンボがあ!」
「いっ……いやいや。期待って、怜二……!」

 ぐわあああ、と音が出るんじゃねえかってぐらいに体じゅうが熱くなる。
 もうやだ! だからやなんだ、こいつら!
 まったくいつもいつも。
 俺の羞恥心のキャパがもたねえっつの! 
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