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15 いとはやも

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 驚いて固まっている律をしばしじっと見ていた海斗は、何を思ったかまた笑った。

「いずれにしても日数を要するということなので。今宵はほんの少しだけ、『準備の準備』程度のことを。いかがでしょう」
「え、ええっと──」

 律はまたもや目を白黒させた。
 そんなことをいきなり申し出られるなんて思いもしなかったのだ。

「少しでもご不快だったり、痛みがおありだったりすれば即座に中止いたします。いかがでしょうか」
「えっと……そうだな」

 少し考える。
 本当はここのところいろいろな情報を調べていて、男性が男性を受け入れるためには、そしてさらに快感まで得るためには、かなり慎重に準備する必要があるらしいことはわかっていた。
 しかし、自分の手や専用の器具などを使うことにはかなり抵抗を覚えたし、ためらいが先に立ってしまう。何より、そんな特殊な器具を購入しようにも方法がわからなかった。
 もちろん、通販という手段はある。あるけれど、家族と同居している自分にとってはリスクしか感じない。おいそれと「ポチる」気にはなれなかったのだ。
 たまたま荷物を受け取った家族のだれかが、間違って開けてしまったら? たとえば父が。たとえば母が。たとえば妹の彩矢あやが……?

(いやいやいや。絶対ムリ!)

 考えるだけで体中の血が全部さがって、気を失いそうな感覚に襲われる。そうした器具以外のもの、たとえば潤滑剤などの品物についても同様だった。
 だが興味はある。間違いなくある。
 好奇心は猿を殺すとは言うが、これで自分が死ぬようなことはきっとない。
「ほかの男が相手だったら死んでも御免だが、ほかでもない海斗が相手だというのなら、少しぐらいならいいのではないか?」と、そう囁いてくる自分がいる。

 そんなわけで。
 顎に手を当てて長いこと逡巡した末、ついに律は言った。

「えっと……。じゃあ、ちょっとだけお願いしようか……な?」

 とたん、ずっと心配そうにこちらをうかがっていた海斗の顔が明るくなった。なんだかマンガでよく見る「ぱあああ」という擬音がぴったりくるような顔だった。

「左様ですか! ありがとう存じます」
「やめろってば!」

 ベッドの上で土下座せんばかりの彼を必死にとどめた。

「ちょ、ちょっとだけだぞ。本当にちょっとだけだからな!」
「はい。肝に銘じましてございまする」

 言うなり、海斗は避妊具のカバーの端を少し噛み、ピリッとその封を開けた。



 いとはやも 暮れぬる春か わが宿の 池の藤波 うつろはぬまに
                     『金槐和歌集』110
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