14 / 25
14 唐衣 ※
しおりを挟む「はあ、あ……」
背中をベッドに沈ませて息を弾ませている律の上に、海斗も少しだけ覆いかぶさって息を整えていた。それでもこちらに体重をすべて掛けてしまわないよう、腕に力を入れているのはわかる。
が、やがて身を起こすと、手早く後始末をはじめた。
ぼんやりとだらしなく足を開いたままで、律は彼がすることを呆然と見上げていた。
(やはり……手慣れている)
それが少し悲しいと思ってしまうのはどうしようもない。けれど、だからといって自分のようなまるっきりの初心者同士で顔を突き合わせていても、きっとどうにもならないことはわかっていた。
「す、すまない……なにもかも、そなたにさせてしまって」
「いいえ。左様なことはどうかお気になさらず。それよりも」
「……うん?」
海斗の顔がぐっと近づけられてきて、とくんと胸が音をたてる。
「心地よくおなりになれたでしょうか」
「う、うん。とても……」
そんな言葉では到底表現しきれない。だが今は、そんな訥々として貧困な語彙しか紡ぐことができなかった。それに、まずは何より、この上がりきった息を整えねば。
「なにか、ご不快なことなどはございませんでしたか」
「もちろん。とても……き、きもちよかった。本当だよ」
「左様ですか。何よりにございます」
海斗はにこりと微笑むと、二人分のパジャマを手早く整え、もと通りの姿になってから、律の隣に寝ころんだ。
シングルベッドというのは、大の大人の男ふたりで寝るには少し窮屈だ。しかし普通なら息苦しく感じるだろうこの状況に、律は不思議に心躍るのだった。よりぴったりとくっついていられるぶん、その方が素直に嬉しい。恋人ならば当然のことなのだろうけれど。
律が反対側へ落ちないようにとの気遣いからか、海斗は自然に律を自分のほうへ抱き寄せている。そんな控えめな優しさもひどく嬉しかった。
彼に近づくと、その胸の中から響く穏やかな鼓動が耳に届いた。
(……すきだ)
胸の奥からあふれ出るようなその思いが、また律の鼻の奥をツンと熱くする。自然にあふれ出たものがまた、目頭から鼻梁を通って唇を濡らした。
(もういやだ。二度と離れない。……すきだ、やすとき。すきだ)
すぐに海斗の手がおりてきて、顎にとどまった雫をそっと拭ってくれる。
「いかがなさいましたか」
「なんでもない。……わからない」
「左様ですか」
「なんと言うか……そうだ。『舐めるな』」
「はい?」
海斗が素早く半身を起こす。あまりにも予想の斜め上すぎる言葉に驚いたらしい。無理もない。
ぐっと覗きこまれて、泣き顔を見られることが恥ずかしく、律は慌てて片手で目元を隠した。
「舐めるな、と申した。……前世から今に至るまで、ずっとしつこく鬱々とそなたに執着しつづけてきた、この恐ろしくも情けない男の想いを」
──思ひ。
実朝だったはるかな昔から、今生で記憶を取り戻して以降もずっと胸の中に在りつづけたこの「思ひ」。
彼の前にこんなものを開陳してしまうことは恐ろしく、想像することもできなかったはずなのに、どうしてこうも容易く、ぽろりと言葉をこぼしてしまうのだろう、この口は。
「……恐ろしくも、情けなくもありませぬよ」
だがそれを受ける海斗の声はむしろ嬉しげに聞こえた。
「ようやくめぐり逢えたのです。ようやくいま、『やり直し』ができるようになったのです」
「やり直し?」
「恐れながら。殿はあの頃、あまりにも恵まれておられなかった。母君の愛情と衣食住についてはともかく、こちら方面についてはまこと──」
「…………」
いや、それは当時としてはかなり「恵まれていた」と言っていい状況ではないだろうか。いまだに律はそう思い、様々なうしろめたさを覚えるのだ。
「いかなる神の御導きかはわかりませぬが、それでもせっかくもう一度賜った命です。存分に幸せにおなりあそばされればよろしいのです。此度こそ」
「やすとき……」
もはやそう呼び合うのはよそう、と約束したはずなのに、ついにお互い昔の名で呼び合ってしまった。
「やすとき……っ」
腕をのばして精一杯抱きつくと、同じほどに強く海斗の腕に抱きしめられた。
顔をあげて求めると、すぐに望んだ口づけが与えられる。律は夢中になってそこに吸い付き、海斗の舌に愛撫されたのと同様、彼のそれを愛撫した。
ぴく、と腰のあたりに当たるものがまた硬度を取り戻すのがわかって、律は薄く笑った。
……彼は、欲情してくれている。
どこか知らない女の誰かにではなく、まぎれもなく自分にだ。
そう考えるだけで、律の体もまた同じように昂ってゆく。
「は……っ」
「殿。ひとつご提案があるのですが……よろしいでしょうか」
「ん、なん……だ? ひゃっ?」
彼の手が、するりと律の尻を撫でてびっくりしてしまう。
「少し、お後ろを慣らさせていただいても構いませぬか」
「な、慣らす……?」
どうやって、と問うのと同時に、海斗は身を起こして枕元から何かを取り出した。小さな袋だ。一般的なゴム製の避妊具である。とはいえ律自身は自分で購入したことなどないが。
「こちらを手に装着して、少しずつそちらをほぐすのはいかがかと」
「ええ……っ?」
律はまたしても、鳩が豆鉄砲をくらった顔になった。
唐衣 きなれの里に 君をおきて しままつの木の 待てば苦しも
『金槐和歌集』690
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
金槐の君へ
つづれ しういち
BL
ある日、大学生・青柳 律(18歳)は、凶刃に倒れて死んだショッキングな前世を思い出す。きっかけはどうやらテレビドラマ。しかし「ちがう、そうじゃなかった。そんなことじゃなかった」という思いが日増しに強くなり、大学の図書館であれこれと歴史や鎌倉幕府について調べるように。
そうこうするうち、図書館で同じ大学の2回生・清水 海斗(19歳)と出会う。
ふたりはどうやら前世でかなりの因縁があった間柄だったようで。本来ならけっして出会うはずのない二人だったが……。
※歴史上、実在の人物の名前が出てきますが、本作はあくまでもフィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにて同時連載。
ルサルカ・プリンツ 外伝《瑠璃の玉響》
るなかふぇ
BL
拙作小説「ルサルカ・プリンツ~人魚皇子は陸の王子に恋をする~」の外伝。後日談。
本編中に出て来た瑠璃皇子と藍鉄の物語となります。
平和の戻った滄海の離宮で、日々を鬱々と過ごす瑠璃。
武骨な忍びの男、藍鉄は、彼に決して許されぬ秘めた想いを抱きつつ、黙々とその警護をしていたが──。
藍鉄×瑠璃。おそらくちらちらとイラリオンも登場する予定。
※残酷描写のタグは、保険です。
※ムーンライトノベルズにても同時連載。
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
深夜の常連客がまさかの推しだった
Atokobuta
BL
誰もが知るあの西遊記の現代パロディBLで悟空×玄奘です。もだもだ、無自覚いちゃいちゃ、両片思い、敬語攻、仲間に見守られ系の成分を含んでいて、ハッピーエンドが約束されています。
コンビニ店員悟空の前に現れたのは、推しである読経系Vtuberの玄奘だった。前世の師は今世の推し。一生ついていきますと玄奘に誓った悟空は、仲間の八戒、悟浄も巻き込んで、四人でアカペラボーカルグループJourney to the Westとしてデビューすることに。
しかし、玄奘に横恋慕したヤクザから逃れるために、まずは悟空に求められたのは恋人のふりをしてキスを見せつけること…⁉︎
オタクは推しとつきあってはならないと動揺しながらも、毎日推しの笑顔を至近距離で見せられればドキドキしないはずがなく、もだもだ無自覚いちゃいちゃ同棲生活が今、始まる。
よかったらお気に入り登録していただけると嬉しいです。
表紙は大鷲さんhttps://twitter.com/owsup1 に描いていただきました。
こちらでも公開始めました。https://kakuyomu.jp/works/16817330667285886701
https://story.nola-novel.com/novel/N-74ae54ad-34d6-4e7c-873c-db2e91ce40f0
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる