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14 唐衣 ※

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「はあ、あ……」

 背中をベッドに沈ませて息を弾ませている律の上に、海斗も少しだけ覆いかぶさって息を整えていた。それでもこちらに体重をすべて掛けてしまわないよう、腕に力を入れているのはわかる。
 が、やがて身を起こすと、手早く後始末をはじめた。
 ぼんやりとだらしなく足を開いたままで、律は彼がすることを呆然と見上げていた。

(やはり……手慣れている)

 それが少し悲しいと思ってしまうのはどうしようもない。けれど、だからといって自分のようなまるっきりの初心者同士で顔を突き合わせていても、きっとどうにもならないことはわかっていた。

「す、すまない……なにもかも、そなたにさせてしまって」
「いいえ。左様なことはどうかお気になさらず。それよりも」
「……うん?」

 海斗の顔がぐっと近づけられてきて、とくんと胸が音をたてる。

「心地よくおなりになれたでしょうか」
「う、うん。とても……」

 そんな言葉では到底表現しきれない。だが今は、そんな訥々として貧困な語彙しか紡ぐことができなかった。それに、まずは何より、この上がりきった息を整えねば。

「なにか、ご不快なことなどはございませんでしたか」
「もちろん。とても……き、きもちよかった。本当だよ」
「左様ですか。何よりにございます」

 海斗はにこりと微笑むと、二人分のパジャマを手早く整え、もと通りの姿になってから、律の隣に寝ころんだ。
 シングルベッドというのは、大の大人の男ふたりで寝るには少し窮屈だ。しかし普通なら息苦しく感じるだろうこの状況に、律は不思議に心躍るのだった。よりぴったりとくっついていられるぶん、その方が素直に嬉しい。恋人ならば当然のことなのだろうけれど。
 律が反対側へ落ちないようにとの気遣いからか、海斗は自然に律を自分のほうへ抱き寄せている。そんな控えめな優しさもひどく嬉しかった。
 彼に近づくと、その胸の中から響く穏やかな鼓動が耳に届いた。

(……すきだ)

 胸の奥からあふれ出るようなその思いが、また律の鼻の奥をツンと熱くする。自然にあふれ出たものがまた、目頭から鼻梁を通って唇を濡らした。

(もういやだ。二度と離れない。……すきだ、やすとき。すきだ)

 すぐに海斗の手がおりてきて、顎にとどまった雫をそっとぬぐってくれる。

「いかがなさいましたか」
「なんでもない。……わからない」
「左様ですか」
「なんと言うか……そうだ。『舐めるな』」
「はい?」

 海斗が素早く半身を起こす。あまりにも予想の斜め上すぎる言葉に驚いたらしい。無理もない。
 ぐっと覗きこまれて、泣き顔を見られることが恥ずかしく、律は慌てて片手で目元を隠した。

「舐めるな、と申した。……前世から今に至るまで、ずっとしつこく鬱々とそなたに執着しつづけてきた、この恐ろしくも情けない男の想いを」

 ──思ひ。

 実朝だったはるかな昔から、今生で記憶を取り戻して以降もずっと胸の中に在りつづけたこの「思ひ」。
 彼の前にこんなものを開陳してしまうことは恐ろしく、想像することもできなかったはずなのに、どうしてこうも容易く、ぽろりと言葉をこぼしてしまうのだろう、この口は。

「……恐ろしくも、情けなくもありませぬよ」

 だがそれを受ける海斗の声はむしろ嬉しげに聞こえた。

「ようやくめぐり逢えたのです。ようやくいま、『やり直し』ができるようになったのです」
「やり直し?」
「恐れながら。殿はあの頃、あまりにも恵まれておられなかった。母君の愛情と衣食住についてはともかく、こちら方面についてはまこと──」
「…………」

 いや、それは当時としてはかなり「恵まれていた」と言っていい状況ではないだろうか。いまだに律はそう思い、様々なうしろめたさを覚えるのだ。

「いかなる神の御導きかはわかりませぬが、それでもせっかくもう一度賜った命です。存分に幸せにおなりあそばされればよろしいのです。此度こたびこそ」
「やすとき……」

 もはやそう呼び合うのはよそう、と約束したはずなのに、ついにお互い昔の名で呼び合ってしまった。

「やすとき……っ」

 腕をのばして精一杯抱きつくと、同じほどに強く海斗の腕に抱きしめられた。
 顔をあげて求めると、すぐに望んだ口づけが与えられる。律は夢中になってそこに吸い付き、海斗の舌に愛撫されたのと同様、彼のそれを愛撫した。
 ぴく、と腰のあたりに当たるものがまた硬度を取り戻すのがわかって、律は薄く笑った。

 ……彼は、欲情してくれている。
 どこか知らない女の誰かにではなく、まぎれもなく自分にだ。
 そう考えるだけで、律の体もまた同じようにたかぶってゆく。

「は……っ」
「殿。ひとつご提案があるのですが……よろしいでしょうか」
「ん、なん……だ? ひゃっ?」

 彼の手が、するりと律の尻を撫でてびっくりしてしまう。

「少し、お後ろを慣らさせていただいても構いませぬか」
「な、慣らす……?」

 どうやって、と問うのと同時に、海斗は身を起こして枕元から何かを取り出した。小さな袋だ。一般的なゴム製の避妊具である。とはいえ律自身は自分で購入したことなどないが。

「こちらを手に装着して、少しずつそちらをほぐすのはいかがかと」
「ええ……っ?」

 律はまたしても、鳩が豆鉄砲をくらった顔になった。



 唐衣からころも きなれの里に 君をおきて しままつの木の 待てば苦しも
                     『金槐和歌集』690
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