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2 子どもたち
しおりを挟む「な……ちょっ、なにしてっ……なにするんだあアアアッ!」
一時間後。
俗に「姫だっこ」などと称されるやりかたで男の腕に抱え上げられ、私はあっけなくもあげたくもない悲鳴をあげていた。
「やっ、やめっ……おいっ!」
みっともない。みっともなさすぎる!
当の男はと言えば、さも不審げな顔でこちらを見下ろしているだけだ。
いや、なんでだよ!
「なにしてるんだ、バカ! 早くおろせッ!」
「いや。歩くのもつらいんだろう。こうした方が少しでもマシだろうと──」
「こっ、断るっっ! 謹んでお断りする──っっ!」
「しかし」
いや、わかってる。「全部俺のせいなんだから、俺が全部責任を取る」とかなんとか考えてるんだろう、わかってるぞ!
でもな!
「いいから下ろせって! 怖いし、こんな格好で子どもたちの前に出られるわけがないだろうがあっ。恥ずかしいだろっ!」
「…………」
それでようやく「それもそうか」という顔になったが、男はかなり渋々といった様子で私の体をそっと下ろした。
なんで渋々なんだよ、まったく!
「っつ……」
足が床についた途端、ずきーん、と腰に鈍痛が駆け抜ける。
まったく、加減というものを知れ、この大バカ野郎。
「やはり痛いんだろう。無理をするな。だから俺が──」
再びのびてきた男の腕を、私は慌てて押しのけた。
「いいっ。いいからっ! さあ、早くみんなを迎えに出よう」
今日予約を入れてくれたのは、近隣の学校の七、八歳児のクラスだ。全員で二十名ほど。もちろん、付き添いの教師たちも一緒にやってくる。
人工知能の発達したこの世界では、教育は教育用AIと人間の教師の両方を併用しておこなわれている。こと知識の面になると、世界中から集められた膨大なデータを集積したAIに、人間の脳は太刀打ちができない。
だが、長年の経験から、やっぱり「人は人によって砥がれる」のだということを人類は学んだようだ。
もちろん、知識面ではAIを大いに活用する。一方で、人と人とのコミュニケーションの礎を築くうえで人間の指導者や仲間の存在も必須なのだそうだ。
とりわけこの世界では、人の表情や雰囲気を読み、場の状況に適した行動をとれるようになることは人間として生きていくために重要なことと見做されているらしい。そしてAIにはどうしても、それを人間に教えることができないのだそうだ。
仲間の表情を読んでコミュニケーションする生き物として、霊長目ヒト科に属するサルたち、つまり類人猿がある。かれらもお互いの表情で相手の状況を読み取り、対処方法を複雑に変えているのだという。
人間もかれらと比較的近しい生き物なのだそうで、相手の表情を見ながらコミュニケーションするところは非常によく似ている。
AIも、人間の表情からある程度の感情を予測することはできるらしい。だが、人間の表情は必ずしも心の中をそのまま映し出しているわけではない。
人間というのは、顔は笑っていながら怒っているときもあれば、嬉しいのに泣いていることもある生き物だ。
そんなもの、言わばあたりまえの話だ。人間にとっては。
だがこの「あたりまえ」が、AIにはまだよく理解できないのだという。
というわけで、こうした人間による教育活動が、やっぱり人間には必要なのであるらしい。
◆
いまや私たちの持ち物となった敷地の中のうち、小高い丘になった見晴らしのいい場所に、その建物はたっている。子どもたちが普段学んでいる場とあまり雰囲気が変わらないように、配慮して設計された学習スペースだ。
全体に曲線の多いデザインの、三階建ての建物。全体は落ち着いたクリーム色だ。ぱっと見たところ、なんとなくアロガンス帝国の宮殿のつくりに似ていなくもない。恐らくこれは、この私の出自のことも考えて設計してくれたのではないかと思われる。
エア・カーがそちらの駐車場へおりるとすぐ、建物側から子どもたちが駆け寄ってきた。ともにいる男性と女性は付き添いの教師だろう。
「ストゥルトせんせえ、こんにちはー!」
「今日はよろしくお願いしまーす!」
みな口々にそんな挨拶をして私たちを迎えてくれる。
最初のうち、この元気だったり内気だったりワガママだったりする様々な子どもたちの相手をするのはちょっと苦手だった。だが、最近はとても楽しい。
なにしろみんな、瞳がきれいだ。きらきらしていて、みんな未来を信じている。そんなかれらの未来を、こんな自分でもなにか手助けできるのだとしたら、そんな素敵なことはない。そんな風に思えるようになってきたのだ。
それはたぶん、いつも隣にいてくれる男の助けと存在も大きいのだと思っている。彼があの帝国アロガンスへ来てくれていなかったら、こんな未来はありえなかった。
だから、感謝している。
そして……愛している。
まあ、こうやって私の腰にしょっちゅう負担をかけすぎるのは玉に瑕だが。
そう思ってちらっと隣を見ると、完全な外面を作り上げている精悍な横顔がある。それが私の視線に敏感に反応してこちらを見た。
頬がほんのわずかに緩み、ふっと笑みをつくる。
……他のだれにもわからないほどの微妙さで。
相変わらず、器用なやつだ。
内部の教室でAIのデータと映像を使って軽く事前のレクチャーをしてから、私たちは揃って屋外へ出た。
ここからいよいよ、実地の動植物観察に入るのだ。
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