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第七章 陥穽
6 怜二
しおりを挟む──『それは、俺のもんだから』。
そうだ。
俺が心の中で叫んでたのは、多分そういう言葉だったんだ。
「俺……おれ、さ」
「うん」
「好き、だよ……怜二のこと」
「……うん」
怜二の瞳は静かだった。やっぱり悲しそうに見えるのは、俺の気のせいなんかじゃないだろうけど。
「ありがとう。とても嬉しい。これは嘘じゃない」
「うん……」
「でも、同じぐらい月代のことも好き。そうなんだろう?」
「う……。ご、ごめん……」
「月代と僕じゃあ、選べない。勇太は優しい子だからね。それに、さっきも言ったけどここだけの話、彼はとても魅力的だから。……僕なんかとは比べものにならないぐらいね」
最後のひと言には、明らかな自嘲が見えた。
「そっ、そりゃ……。あの、でもそういうことじゃ、なくって」
「うん。そうだよね。どちらかを傷つけることになるのはイヤなんだ。どっちも大事。どっちも好き。選べない。君の気持ちはまだそういう段階ってこと。そうだろう?」
「っでも! 怜二のことは、ちゃんと『好き』だ。……俺、おれ……」
言いたいことが胸の中でぐちゃぐちゃになって、ちっとも言葉として出てこない。もどかしい。イライラする。
出てこられない分、気持ちは喉のところで詰まって、代わりに目元が怪しくなっちまった。
情けないけど、目の前の怜二の顔が熱いものでぐにゃりと歪んだ。
「俺の『好き』って、そんな軽い……?」
声はカッコ悪くひび割れた。堪えようと思うのに、喉はひくひくとガキが泣くみてえにひきつった。
「そんな、信用できない感じ……?」
そりゃあ、仕方ないよ。
俺はお前みたいに、千年も生きてきちゃいねえんだ。お前から見れば俺なんて、ついこの間生まれたばかりの赤ん坊みてえなもんだろうし。
そんなのが「好き」とか言っても、お気に入りの玩具を失くしそうになって、駄々をこねてる子どもとどこが違うって言えるんだ。
でも、いやなもんはいやなんだ。
誰かにお前を盗られるのも。お前と会えなくなってしまうのも。
お前にそうしてもらう前に、誰かにこの身体を穢されるのも──。
俺はしゃくりあげそうになるのを必死で我慢しながら、目元をごしごし擦ってそんなことを言ってたような気がする。
「ごめん。そうじゃないんだ。……泣かないで、勇太」
するっと指がのびてきて、俺の手をどかせると、俺の目元を優しく拭った。
いつのまにか床に膝をついていた俺を、怜二が上から抱きかかえるようにしてくれている。
「どうしたらいいのか、わかんねえ……っ」
怜二の胸元で叫んだとたん、ぎゅうっと背中を抱きしめられた。
「そうだよね。僕が煮え切らないせいだよね。……ごめん、勇太」
「れいじ……」
「本当のことを言うとね。君の相手は月代のほうがいいんだってわかってるんだ。僕だってね」
「え、怜二──」
「だってそうだろう。僕もあいつも人でこそないけれど、彼のほうが人には近い。僕らヴァンピールはもともとは人だったけれど、ヴァンピールに咬まれることで人ならざるものに変化してしまった生きものだ。どこから始まったのか、それは知らない。あのシルヴェストルでさえ知らないのかもしれないけどさ」
そう言って、怜二は俺を立ち上がらせると、ソファに座らせて隣に座り、俺を抱きながらゆっくりと語り始めた。
◆
そもそも怜二は、まだ人間だった頃、人からまともな愛情を受けたことがない。姿の美しい少年だったから、妙な関心を寄せられることは多かったが、それはいわゆる「愛情」からは遠いものだった。
以前聞かせてもらった通り、ある程度の年齢になったら変態のお大尽に身売りをさせられ、その男の性奴隷のひとりになった。男の少年少女たちの扱いは、それは酷いものだった。
当時もすでに媚薬みたいなものが存在していて、それは服用した者の健康を大いに損なう恐れのある薬だったけれど、男は遠慮なく子どもにもそれを使った。最後には脳と体を侵されて死んでいく部屋子は大勢いたけれど、男はまったく平気だった。使っていた玩具が壊れた程度にも残念がるそぶりはなかった。
あのシルヴェストルが現れて、怜二をヴァンピールに変えてから後も、怜二の心はずっと乾いたままだった。
もちろんヴァンピールとして人の血を啜らねば生きてはいけない。これまで完全に搾取される側だった怜二は、そこで立場を逆転させた。美しい容姿で人間を誘い込み、生き血と生気を吸い取る。生かしておけば自分の噂が広まって危険だと判断した場合は、相手をあっさりと死なせることが多かった。
もっとも、互いの利害が一致するような場合には、生かしておいて何度も繰り返し血を吸わせてもらったような相手もいるにはいる。もちろん、金を介してのことが多かった。
その場合でも、決して相手を愛していたなんてことはない。相手ももちろん、ビジネスとして考えていただけだった。やがて「もっと金を払わなければ正体をバラす」等々と脅しをかけてくるような者も出てきたが、そういう者はあっさりと屠ったし、顔を変えて住処も変えた。それだけの話だった。
中には本気で「あなたを愛している」と、熱く寝物語に言い続けるような者もいた。
だが、怜二は優しくその体を愛撫しながらもその言葉は聞き流した。
「人間は、ただの『食事』だった。そこは僕だって、あのシルヴェストルとなんら変わりはない」
でも、俺に出逢って何かが変わった。
最初はもちろん、やっぱり「ちょっと味のいい、珍しい子どもが生まれたな」ぐらいのものだった。
でも、俺が生まれて成長し、友達としてそばにいる時間が増えるに従って、怜二の内面は少しずつ変化していった。
「最初は、なんなのか分からなかった。胸の奥がざわざわするこの感覚が、一体なんであるのかも」
怜二はそう言うと、俺のこめかみに優しくやわらかなキスを落とした。
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