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第六章 罠
7 喫茶店にて
しおりを挟む約束の日の午後。
俺はゆづきちゃんと約束していた、街の喫茶店の一角に座っていた。
すかっと晴れた天気のいい日で、街には人出も多く、にぎやかだ。このあたりはショッピングモールや映画館、ちょっとした遊園地やゲームセンターなどのアミューズメントスペースになっていて、休日は大体こんな感じだ。
窓の外を楽しそうに行きかう友達同士、恋人同士らしき人たちや、小さな子どものいる家族連れなんかを眺めながら、俺はぼんやりとアイスコーヒーのストローを咥えている。
世の中はすっかり夏だ。俺の大学の前期試験は九月だから、七月に入ると同時に夏休みに入る。これからほぼ丸々二か月の間、自由で楽しいヴァケーションってわけだ。一応課題は出てるけど、高校時代じゃ考えられない自由さと長さだよな。まあ「その時間をどう使うかが、今後にとって大事になってくるんだからね」なんて、怜二だったら言うんだろうけど。
すでに蒸し暑くなりかかっているし、陽射しはきつくて、ちょっと帽子が欲しい感じ。キャップぐらいかぶってくりゃあよかったかなあ。
約束の時間よりかなり早めに着いているので、ゆづきちゃんはまだ来ていない。
俺は敢えて奥まったテーブル席に陣取って、それとなく店内を見回している。
先払い方式のコーヒーショップのチェーン店。広めに取られた店内のスペースには、カップルらしい男女や友達同士らしいグループが大勢座って、にぎやかな会話を繰り広げている。どこかのスペースから、時々楽しそうな笑い声があがる。
このうち何組かはヴァンピールで、何組かはウェアウルフだ。ウェアウルフの中には、あの麗華さんも含まれている。凌牙はゆづきちゃんに面が割れているので、今回は人目につかないところで周囲を警戒してくれている。
そして、もうひとり。
客の何人か──特に女性──が、さっきからちらちらと窓際のテーブルに座った人物をこっそりと盗み見ている。
そこに、なんかこの場で明らかに異質な客がいるからだ。
見るからに仕立てのいいピンストライプのスリーピース・スーツ。年は二十代後半あたり。そんな品のいいイケメンが、普通のカフェラテを片手に足を組み、のんびりと英字新聞を読んでいるんだ。目元には、銀縁のシャープな眼鏡。それがまた、この男には異様に似合っている。
それだけのことなのに、なんだろうこのちぐはぐ感。そこだけ光り輝いてるように見えるのは、俺の目がおかしいからじゃないはずだ。だってみんな見てるもんな。視線が勝手に吸い寄せられちまうんだろう。
そこだけ明らかに空気が違う。
場違い極まりない姿。
もちろん俺は、その人の表向きの名を知っている。
鷹曽根怜也。タカゾネグループ会長の孫にして、怜二の兄。ってのはまあ建て前で、つまりは怜二が変身した姿なんだけどな。設定としては二十八歳なんだそうで、俺らよりちょうど十コ上。
(にしたって、怜二。それ、明らかにチョイスをミスってるぞ)
俺は思わず半眼になり、ずずーっとアイスコーヒーを吸い上げた。
店内の若い女の子たちが──いやまて、妙齢のお姉さまがたもだな──さっきからちらちらちらちら、お前のことばっか見てんじゃん!
目立ちすぎなんだって。どうにかしろ。
それで変装した意味ってあるのか? ねえよな。バカじゃね?
なんだろうなー。「掃き溜めに鶴」って、まさにこんな感じなんだろうな。大衆に埋没することだけが特技みてえな俺なんかとは、もはや次元が違うわな。
とかなんとか思っていたら、入り口にさっと爽やかな風が吹いた感じがあった。ゆづきちゃんが入って来たんだ。
俺は、ぱっと片手をあげた。
「あ、ゆづきちゃん。ここ、ここ」
「あ、渡海さん……」
真っ白なワンピース姿のゆづきちゃんは、清楚そのものの姿だった。女の子たちの視線が怜也に集中してるのとちょうど対になるみたいに、今度は店内の男どもの視線がゆづきちゃんに集中する。
おい、やめろ。視線だけで穢れるからやめろ、お前ら。
「ごめんなさい。お待たせしてしまいました?」
「あ、ううん。実は近くに用事があったんで、ちょっと早く来ててさ。そっちが早く終わったもんだから」
俺は用意しておいた言い訳を適当に並べて見せた。「お待たせして」って、それでも十分も前じゃないか。
ゆづきちゃんは「こちら、よろしいですか」と丁寧に断ってから俺の前に座ろうとした。
あ、いけね。きっとこれ、俺が立ち上がって椅子を引いてあげないといけなかったのかな? いや無理。いきなりそんな紳士モードを要求されても困るわ、俺。
「あ、えっと……。先に飲み物、注文しなくていい? この店、先に注文して自分で持ってくるシステムで──」
「えっ? あっ、そうなんですか? ごめんなさい!」
ゆづきちゃん、慌ててテーブルから離れる。
そうか。本物のお嬢様は、こういう店にも来たことがありませんかあ!
「ご、ごめんなさい。本当になにも知らなくて……」
「い、いやいや。大丈夫だから」
真っ赤になって恐縮しまくってる姿も謙虚で可愛い。彼女が必死で俺に頭を下げると、この間もつけていた赤いペンダントが胸元できらりと光った。
こんな子がヴァンピールとか、ありえねえよなあと思う。
と、ゆづきちゃんは頭を上げた拍子に、彼女からは死角になる場所にいた怜也さんに気付いたようだった。ハッとした顔で、俺に「すみません、少しだけ失礼いたします」と会釈をし、そっちに近づいていく。店内の男女の視線が、彼女の姿を追っている。
「こんにちは。あの……失礼ですが、鷹曽根怜也さまではありませんか」
怜也さんの顔をした怜二が、新聞からゆるりと目を上げた。少し意外そうな目だったけど、すぐに紳士然とした笑みを浮かべて立ち上がり、華麗な一礼をする。
「これはこれは、柚月さん。お久しぶりです。このような場所でお目に掛かれるとは思わず、失礼をいたしました。お父様には、いつもお世話になっております」
一連の動きに、まったく非の打ち所がなかった。なんていうか、卒がねえ。
さすが怜二。完璧な「紳士」だわ、俺とちがって。
「いいえ、こちらこそですわ。先日は、父が事業で大変お世話になったそうで。いつもまことにありがとう存じます」
ゆづきちゃんが、いかにも「お嬢様です!」って感じのしとやかな一礼をした。
なるほど。怜也さんとゆづきちゃんは顔見知りってことらしい。
「いえいえ。こちらこそ、いつもお父様の経営手腕には学ばせていただくことばかりです。今後とも、どうぞタカゾネとご懇意にして頂けましたら幸甚です」
「はい。ありがとうございます。こちらこそ、どうぞ父をよろしくお願い申し上げます。今日は友人と一緒ですので、これで失礼いたします」
「ええ。どうぞ」
ゆづきちゃんは再び深々と怜二に頭を下げてから、すすっと注文カウンターの方へ歩いていった。一連の動きが、本当に洗練されたお嬢様の身のこなしだった。
(あれっ……?)
ちらっと見えたゆづきちゃんの横顔が耳まで赤くなっているのに気づいて、俺はどきりとする。
まて。ちょっとまてよ。
もしかしてゆづきちゃん……そうなの? えええ?
もしもそうなんだとしたら、めっちゃ話がややこしくならねえか?
じゃあ俺は?
やっぱり所詮は「お友だち枠」? そういうこと?
ぐはあ! なんか心の一番柔らかいとこに、モロに何かがぶっ刺さったわあ。
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