ルサルカ・プリンツ 外伝《小さな恋のものがたり》

るなかふぇ

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おまけのおはなし2 ロマン君のおたんじょうび

13 指輪

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 すったもんだの挙げ句の買い物もどうにか済んで、ふたりは海辺を目指した。道ゆく人々──それも特に女性──の視線は、やっぱりちらちらと姿勢のいい黒鳶に集中しがちだ。ロマンは内心ハラハラしつつも、今その人の気持ちを射止めているのが自分だという変な自負と、ほんのちょっぴりの誇りを感じて背筋が伸びる気もしていた。
 立ち並ぶ商店の前は、帝都ではよくあるような「動く歩道」にはなっていない。ショーウインドウを見てもらわねばならないのだから当然といえば当然の仕様である。
 と、とある店のまえでロマンはふと視線を止めた。
 
(あ……)

 そこは貴金属の店だった。ネックレスや腕輪、そして指輪など様々に意匠を凝らした商品が並べられている。安価なものが多いようだが、店の奥にはそれなりに値段の張るものも置いてあるようだった。
 いろいろな商品がある中で、ロマンの目はたった一か所、ショーウインドウの隅にある二本のペアリングに吸い寄せられた。
 ペアリング。恋人や婚約者や、結婚した者同士でつけるための指輪だ。
 そう言えば皇太子殿下とユーリ殿下も、随分早い段階からお揃いの指輪をおつけだった。滄海の皇室では別に一般的なことではなかったらしいけれど、玻璃殿下がアルネリオの習慣にも配慮してユーリ殿下に贈られたのだ。

「どうなさいました」
「あっ、いえ」
 黒鳶に低く問われて、無意識に足が止まっていたことに初めて気づく。
「別に、なんでもありません。行きましょう」

 にこっと笑いかけて、ロマンは何事もなかったようにまた歩き出した。
 黒鳶の視線がほんのわずか自分に注がれていたことには気づいていた。が、彼も特に何も言わず、そのまま砂浜へと足を向けた。





「わあ、やっぱり綺麗ですねえ……」

 ホテル側から見ていた時からそう思っていたけれど、その場に来てみるとやっぱり浜辺は壮観だった。
 白い砂浜がどこまでも続いている。快晴で、大勢の海水客が大きな日よけを使いながら砂浜にねそべったり、海水浴にいそしんでいる。家族で来ている者も多いようだが、もちろん自分たちのようなカップルも多い。

 海岸に来る前に、二人は専用の脱衣所ですでに水着に着替えている。荷物などはあちこちにある「手荷物預かりシステム」に預けてあった。
 大人ふたりぐらいで抱えられそうな大きさの、白い円筒形をしたシステムである。手をかざすと、中からひと抱えもありそうな卵型の容器がでてきて、ボタンを押すと扉が開き、中に荷物を入れられるのだ。それをまたシステムに戻す。

 「卵」は地下の集積場所に集められ、必要に応じて呼び出される仕組みらしい。手続きは基本的に「生体認証」と呼ばれるもので管理される。手や瞳などをかざすことでそれぞれに個別認識され、受け取るときもそれを鍵にするようだ。
 黒鳶は貴人づきの忍びという特殊な立場であるためか、「こちらはあなたにお願いできませぬか」と頼んできた。ロマンはおっかなびっくりシステムに手をかざし、卵に不要な荷物を詰め、システムに戻したのだった。
 なかなか面白い経験だった。「ご利用ありがとうございます」などと言いながら荷物をつるりと飲み込んだシステムは、ほんのしばらく低い振動音を立てていた。黒鳶が言うには、「卵」についた余計な砂やごみなどを中で清掃しているらしい。
 実は子どもの悪戯などを避けるため、成人していない者には反応しないよう設定されているそうだ。よくできている。ロマンは感心しきりだった。


 まあそんなことがありつつも。ふたりはいよいよ水着姿で浜辺に立った。
 例の店で履物なども購入したので、そのへんにいる海水浴客たちと変わらぬ姿だ。これですっかり人々に紛れることに成功していると思われた。
 が、しかし。ロマンの考えは甘かった。

「あの……。すみません」
「良かったら一緒に泳ぎません?」
「あたしたち、友達同士なんですけど~」

 案の定というのか、早速黒鳶が女性だけのグループに声を掛けられてしまった。あちらは三、四人ですべて女性だ。なんだか目のやり場に困るほど、身に着けた布が少ない。みんな、豊満な胸がぶるんぶるんと目の前で揺れている。
 恐らくそういう目的でこの砂浜に来ている人たちなのだろう。よく見てみれば、男性グループが女性たちに声を掛けているのもあちこちで散見される。

(まったくもう──)

 どうせ自分なんて、黒鳶の弟かなにかだと勘違いされているのだろう。そう思ったらロマンの機嫌は急速に下降した。なんとなく、黒鳶の着ている黒いラッシュガードの裾を握って俯いてしまう。
 だが。
 黒鳶の返事はもなかった。

「申し訳ありませんが。自分には、すでに心に決めた人がいますので」

 言ってぐいと抱き寄せたのは、もちろんロマンの肩だった。
 ロマンはひゅっと息を吸い込んだ。「身が縮む」とはこのことだ。
 女性たちは「あっ」と小さく声を上げ、「そうだったのね」「ごめんなさい」とかなんとか言いながら蜘蛛の子を散らすようにして居なくなった。そうしてあちらで早速、別の男性グループに声を掛けている。なんというか、へこたれない人たちだ。
 残されたのは、首まで真っ赤になったロマンを抱きよせた黒鳶である。

「あっ……あああああのっ!」
「事実を申したまでです。即答した方が、あちらも時間の無駄を避けられます」
 しれっと言う黒鳶は眉ひとつ動かしていない。が、こっちはそういうわけにはいかなかった。
「いや、それはそうですがっ……」
「参りましょう。我らは泳ぎに来たのですから」

 そのまま人々の間をぬって、黒鳶はロマンの手を引き、ざぶざぶと波間に足を踏み入れていく。海の中に入ってしまえば、ああいう女性たち(あるいは男性たち)の目を引きにくくなるからだろう。ロマンもそこは納得だった。
 水面近くで泳ぐのかと思っていたら、黒鳶はすぐに足のつかない辺りまで進んでいくと、するっと水の中に潜ってしまった。まるで水の生き物だ。ロマンも続く。鰓がすぐに機能しはじめ、苦しい時間はほとんどない。
 ただし、尾鰭をつけていない状態で泳ぐのはまださほど上手くないため、黒鳶についていくのは難しかった。あっという間に引き離されて焦っていたら、すぐに黒鳶がくるりと回転して戻って来た。尾鰭がなくても、さすがに鮮やかなものである。

《ゆっくり参りましょう。水底みなそこなら静かです》

 手を握られ、頷かれる。事前に耳に入れていた小さな通信機器で、互いの声を聞くことは可能だった。
 ロマンは男に手を引かれ、明るい水面を背にしながらゆっくりと水底へと泳いでいった。

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