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おまけのおはなし1 黒衣の忍び・独白

1 なれそめ

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 真面目な少年。
 それも真摯で、まっすぐな。
 それが、かの少年を初めて見たときの印象だった。

 おかの帝国、アルネリオの宮殿に忍び込み、ひそかに内情を探れとの命を受けて自分が動き始めたのは、実のところかなり前からのことだった。ユーリ殿下が海に落ち、落命寸前のところを玻璃殿下がお救いになったあの日から考えても、それは何か月も前からだった。
 アルネリオの人々は知らぬことだが、海底皇国滄海わだつみはずっと昔から陸の人々の状況や国の情勢を細かく観察し、可能な限り記録してきた。自分はその調査班に、ごく最近になって参入した新参者にすぎなかった。

 アルネリオ宮に潜入しはじめたごく初期のころ、黒鳶は全身を完全に透明化する装置を使って王宮内部を縦横無尽に動き回っていたものだった。玻璃殿下からは「できるだけかの王宮内部のことを詳しく調べよ」との命を受けていたからである。
 皇帝エラストには、正妃が生んだ三人の正統な王子がいた。上から皇太子セルゲイ、第二王子イラリオン、そして第三王子ユーリ殿下である。
 即座に人目を引く容姿と才能を持つ上の兄たちにくらべれば、ユーリ殿下は一見凡庸な印象だった。誰よりも殿下ご本人がそのことを十分わかっておられ、隙見をしている自分にすら、それを気にされていることが伝わって来たものである。

 そのユーリ殿下のそばに常に随従していたのが、あのロマン少年だった。立場は侍従に準ずるものだけれども、そうなるには少し年齢が足りない。侍従は本来、もう少し年齢のいった落ち着いた人物がなるのがこの国では通例だからである。かといって、このロマン少年は、もっと下々の身分の者がなる小姓ともちょっと違う待遇だった。
 不思議に思いながら観察を続けるうちに、ユーリ殿下がなぜこの少年をそばに置きたがるのかは、すぐに知れた。
 なにしろ、ロマン少年の「ユーリ殿下愛」とでも呼ぶべきものはすさまじいのだ。ここまでに、さぞや大きな恩義を感じるような出来事があったのであろう。だが、この見るからに心優しい王子であるユーリ殿下であれば「さもありなん」と、黒鳶ですら思ったものだ。
 上の兄王子に比べればかなり凡庸には見えるものの、この王子殿下のお心映えはまことに美しく謙虚なものだったからである。

 ある時期から、黒鳶は姿を隠したまま、こっそりとユーリ殿下とロマン少年の行動を観察することが多くなった。もちろんあの玻璃殿下が、特にそれをお望みになったからだ。
 だがそれはもしかすると、自分がユーリ殿下についてやや「色をつけた」報告をしてしまったからなのかも知れなかった。いや、そんなつもりは微塵もなかったのだけれども。だが、非常に聡いかたである玻璃殿下には、黒鳶の言葉の裏にひそんだものなど最初からお見通しであったのかも知れぬ。

 姿を隠して観察しているからこそ分かること、というのは、大いにある。
 人々が「表の顔と裏の顔」を使い分ける宮殿内部ともなれば、特にそうだ。
 王侯貴族の前ではへらへらと媚びへつらっておきながら、裏では陰口三昧、悪口雑言、悪だくみの巣窟……などという紳士淑女など、決して珍しいものではない。それは残念ながら、こちら滄海の政界でも似たようなものである。
 だがこのユーリ殿下は決してそうではなかった。またその側近たるロマン少年も、ことユーリ殿下に対してだけは、非常に真摯で誠実に務めていた。


──美しい。

 と、正直思った。
 いや本当のことを言えば、自分のごとき身分の者にそんな感情が許されるはずもない。第一、いまだ友好国なわけでもない国の王子とその側近のことを、下手に慕わしく感じたりするべきではない。それは当然だ。だが、この黒鳶にあってさえ、この二人にたいするそういう好印象は否むべくもなかったのだ。
 この主従は、まことに心から繋がり合い、互いを大事にしていたからである。文字通り、どこが裏でどこが表かもわからぬほどに。これにはさすがの黒鳶も、なかば呆れたものだった。後ろ暗い部分の多い貴人たちの中にあって、彼らは燦然と綺羅星きらぼしのごとく輝いて見えたのだ。

 黒鳶は、自分が見聞きしたことをそのまま玻璃殿下にお伝えしていた。もちろん、自分の私見などはまじえない。
 実は、当初さほどのご様子でもなかった玻璃殿下は、いつの頃からかこの地味な顔つきをした第三王子に、ひどく興味を示されるようになったのだ。

 そしてあの日、玻璃殿下が初めてアルネリオ宮にの姿を現されたとき、黒鳶自身も初めて彼らの前にこの姿を見せた。
 ユーリ殿下とロマンの驚きようはひと通りのものではなかった。だがまあ黒鳶自身、ああいう事態は慣れっこである。
 驚いて、完全にどんぐりまなこになったロマン少年は、最初こそユーリ殿下と抱き合うようにして飛び上がったが、青ざめながらもなんとか殿下をお守りしようと、必死に黒鳶とユーリ殿下の間に立ちはだかっていた。
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