星のオーファン

るなかふぇ

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第十章 星のこどもたち

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 目を開くと、どこぞの豪奢な部屋にいた。スメラギ式の御帳台とはまた違う、天蓋のついた寝台の上である。
 部屋は荘重な雰囲気で、全体に異星の設えとなっているようだ。ふかふかした寝具には手の込んだ刺繍がふんだんに施されている。ただ、照明がひどく暗いために詳しいことまでは観察できない。

(どこだ……? ここは。あいつは──)

 ミミズク男の姿を求めてあちらこちらへと目をやるが、体が痺れたようになってうまく動いてくれなかった。

「っひ……!」

 と、天蓋からおりた帳の陰から小山のようなものがぬうっと顔を出して、ツグアキラは悲鳴をあげそうになった。しかし実際は喉がひきつり、痙攣して、ひゅっと音を立てただけだった。

「ほうほうほう……。目が覚めたか、ようしよし……」

 げひげひげひ、と奇妙な音がすると思ったら、それはそいつの笑声であったらしい。高級な織物製らしいてろてろ光る長衣がでっぷりとした腹に巻き付けられている。布地を通しても、それが何段にも折り重なった脂肪の層であるのが分かるほどだった。
 が、驚くのはそこではなかった。たそいつの顔は、故郷にもいる蛙という生き物にまるきりそっくりだったのだ。それも、かわいらしいアマガエルではない。いぼいぼのあばた面をした、油ぎったヒキガエルだ。
 男はぶよついた皮膚をぬらぬらと光らせながら、じわりと寝台の上にのぼってきた。
 とびのきたいのに、体がうまく動かない。

「あの時はまこと、惜しいことをしたからな……。弟皇子ほどの器量でないとは聞いておったが、なかなかどうして。そなたも十分、美しい」

 それはそうだろう。お前のような薄汚いカエル男に比べれば、世の大抵の男は美しい生き物だと言えるのに違いない。
 と、反対側の部屋の奥、思わぬ場所から声がした。

「約束ですよ、お大尽。どのようになさっても結構ですが、命を取るのばかりはおやめください。その場合の違約金は事前にお知らせした通りです。そして期限はきっかり三年。それが私の依頼主クライアントのご要望ですのでね」
「な……。きっ、貴様っ……!」

 間違いない。
 あのミミズク男の声だった。
 ツグアキラは必死にもがいてそちらへ顔を向けようとした。が、がくんと衝撃を覚えて息が詰まりそうになる。

「うぐ……っ?」

 ヒキガエルにぐいと引き戻されたのだ。そいつが、いつのまにか自分の首につけられていた首輪の鎖を引いたらしい。

「こらこら。お前の『ご主人様』はこちらぞ。さあさあ、存分に私を楽しませておくれでないか。げひ、げひ、げひひ……」

 ヒキガエルが舌なめずりをしながら楽しげにツグアキラの着ていた白い衣を剥いでいく。なにも抵抗できなかった。体が痺れているのも事実だったが、相手になにか反抗的なことをしようと考えるだけで、ツグアキラの脳はぎりぎりとひどい痛みを訴えたからだ。

「では、確かにお願いしましたよ。三年経ったら、引き取りに参りますのでね」
 遂にヒキガエルがげこげこと不快げな鳴き声をあげた。
「わかったからさっさと消えろ。お楽しみの邪魔だわ、下郎めが」
「無粋の段はご容赦を。ご存分にお楽しみなさいませ」

 そうしてふっと、ミミズク男の気配は絶たれた。
 途端、ツグアキラはぐいと足を開かれた。
 あとは勿論、なんの抵抗もできなかった。

「あ……あ、あっひいいいっ……!」

 げひげひと下卑た荒い息。
 卑猥な水音。
 それらとともに、暗い寝室にツグアキラの悲鳴が響き続けた。



◆◆◆



「お世話になりましたな、エリエンザ殿」
《……いえ。何かの助けになれたのでしたら幸いでした》

 いかにも軍人らしいきりりとした女性の声が宇宙艇のモニターを通じて聞こえてくる。豊潤な香りをはなつ珈琲のカップをそっとソーサーに戻して、「ハカセ」と呼ばれるミミズクの男は密かに笑った。
 声を聞くだけなら結構な美人としか思えない。しかし彼女はそのような一般的な判断の非常にしづらい容姿をお持ちの女性だ。彼女はとても特異な生き物の形質をもつ人だから。

《例の件では、わたくしも多くの部下をうしないました。……これで少しは、部下へのはなむけができようかというものです。こちらこそ、お声掛け下さりありがとうございました》
「こちらこそ」

 実は今回、自分はあのツグアキラを拉致するにあたり、かの護送艦に近づくためにユーフェイマス軍にいるこの女性に連絡を取ったのだ。このことも、実は例の依頼主クライアントからの提案だった。
 宇宙のそこここには、ユーフェイマス軍の監視施設が点在している。誰かがその道の途上でうかうかと護送艦に近づいたなら、記録データによっていずれ自分の正体がばれる恐れがあったのだ。
 幸いにして、その方面の監視と護送艦の護衛を担当した戦艦の艦長に、この女性がいたのである。自分はまずその戦艦に乗り組ませてもらい、それらしい理由を作って小型艇に乗り、護送艦に近づいた。そして自分の<恩寵>を使ったのだ。

 実際、自分の<恩寵>は<置換>である。
 さほど強い能力ものではないが、他人の認識に齟齬を生じさせ、あることをないことと思わせてしまう。その逆もまた然り。
 護送艦の乗務員は、ツグアキラを無事に流刑星へ送り届けたと思い込み、惑星の手前で反転して故国へ帰る。一方、流刑星で待っている役人たちには「予定が変わり、ツグアキラは丸三年、他惑星での預かりとなった」と思い込ませる。
 三年経てば、何食わぬ顔でまたあの第二皇子を本当の流刑地へと連れて行く。
 そのすべてが、今回自分があの「最高傑作」でもある青年から請け負った仕事だった。

「そういえば、かの海戦で昇進なさったと聞きましたが」

 男は再びカップに口をつけながら彼女に訊いた。
 確か彼女は大海戦時、タカアキラ殿下の副官として側におり、階級は中尉だったと聞いている。しかし今、艦隊を預かる司令官となり、階級も少佐になっているという話だ。
 しかし女性の声は、それを聞いても少しも高ぶる様子がなかった。

《部下を死なせておきながら、お恥ずかしい限りです。それも、いち早く兵らを退避させたことをもっての昇進でした。あれはタカアキラ殿下のご判断によるものでした。にも関わらず、わたくしばかりが……。ただただ、お恥ずかしいばかりです》
「そんなことはありますまい。そのご判断を良しと見なされ即座に動いた、あなたの明察でもありましょう」
《……恐れ入ります。もしも機会がありましたら、どうか殿下によろしくお伝えくださいませ。エリエンザが、『どうかお幸せに』と申していたと》
「承知しました。依頼主に伝えましょう。……さて、そろそろ異空間飛行ジャンプに入ります。もうご連絡することはありますまい。どうかお元気で。エリエンザ少佐殿」
《はい。……それでは》

 通信が切れ、宇宙艇のコクピットには静寂が戻って来た。
 ミミズクの瞳を深淵なる宇宙空間にさまよわせ、男はひとつ、くすりと笑った。

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