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第八章 愛別離苦
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しおりを挟むその後しばらくして、今回の事件に関与した主だった者らの処分が決定した。
もと皇太子、第一皇子ナガアキラ、遠流。
同じく第二皇子ツグアキラ、遠流。因みに二人は別々の惑星へと流される。
続いて臣下、右大臣派筆頭、元右大臣ヨリナガ、死罪。
中納言イイザネ、死罪。
そのほか、右大臣派に与していた大臣以下の貴族たちはそれぞれに官位の剥奪や財産の没収、都からの追放などなど、それぞれに処分が決まっていった。
◆◆◆
「あれが、<燕の巣>か……」
皇室専用機である飛行艇の中から下界を見下ろして、アルファは思わずつぶやいた。とはいえ眼下に広がるのは、皇家のものである山々と、その中ほどにある美しい寝殿造りを擁した別邸だ。
現代的な設備などかけらも見えないのは、その重要部分の多くが邸の背後の山中、地下に造営されているからである。
実は先日、罪人たちの処分関係が大体落ち着いてきたころに、マサトビから連絡が入ったのだ。ちなみに連絡は、宮仕えをする者なら大体が腕に着けているごく薄い形状のバンドで行われる。
《よろしければ一度、殿下にこちらにお渡り頂きたいのでござりまするが》
いま、彼はあの<燕の巣>にあって事後処理そのほかを一手に任されている。あの事件の折に、行きがかり上その場の最高責任者を騙ったのだが、今ではそれが事実になったというわけだ。<燕の巣>の具体的な扱いについてはアルファには口を出す知識もないうえ、他の仕事が山積していてここまで中々顔を出すこともできなかったのだ。
《できますれば、ベータ殿もご一緒に。是非ともお願いいたしまする》
その要請を受け、アルファとベータはミミスリとザンギを伴い、はじめて<燕の巣>を訪れることになったのだった。
飛行艇には今、この四名だけが乗っている。皆それぞれのシートに座り、操縦席に座るザンギとミミスリが時折り言葉を交わす以外、船内は静かなものだった。後部の座席に座ったアルファは、隣で沈黙している蜂蜜色の髪の男の横顔をそっとうかがった。
(ベータ──)
胸の奥にうまく形容することのできない痛みをちくりと覚えて、アルファは目線を窓外へ戻す。
あれ以来、罪人の処罰だの政府内の要職にあちこち空いた穴を誰で埋めるか、つまり後任問題等々で自分たちはまことに多忙だった。だから仕方がないとは言えるのだったが、これまでベータとろくに個人的に話もできずに来てしまっている。
(聞こえて……いなかったのだろうか。あのとき)
思い出すだけで、体がついかっと熱くなる。
自分はとうとう、彼に思いをぶちまけてしまった。ずっと秘めてきて、決して彼には言うまいとすら思っていた自分の気持ちを。あの時、ツグアキラ兄に胸を貫かれて死に追いやられたあの瞬間に。
あんなどさくさのことだったし、自分でもちゃんと声を発することができていたかも怪しいので、実際のところは分からない。だからと言って、耳のいいミミスリか誰かに「聞こえたか」と確認するなどとてもできる話ではなかった。
彼に聞こえていなかったのなら、それでもいい。いや、本当は良くないけれども、こうして無事に生還してしまった今となってはただただ羞恥ばかりが先に立つ。確かめるなどとんでもなかった。
(でも、もし……聞こえていて、なのだとしたら)
彼がわざと聞こえなかったふりをしているのだとしたら、答えはおのずと明らかだ。今からわざわざ自分から「聞こえていたのか、いなかったのか」「聞こえていたなら返事はどうか」と彼にわざわざ尋ねるなんて、とてもではないができなかった。
アルファは恨めしい気持ちで、ごく普通に涼しい顔をしているだけにしか見えない男の横顔をまたそうっと横から見つめた。男は黙って、窓の外に広がるスメラギの景色を眺める様子だ。
ちくちくと、胸が痛む。
もはや変な期待などすまいと思っていたはずなのに、どうしてこうも、自分の心は自分の思うようにはいかないのだろう。
やがて、飛行艇が別邸に設えられた発着場に静かにおりると、早速あのころころした体躯の男がこちらに向かって駆けて来た。飛行艇のハッチが開くと同時に、もわっとした湿気を含む夏の空気がアルファの頬を包みこんだ。周囲はしゃんしゃんと蝉の声で騒がしい。
「殿下、お待ち申し上げておりました。早速にご案内いたします」
「ああ。手数を掛けるが、よろしくたのむよ、マサトビ」
「はい、お任せくださりませ」
宮中の仕事に忙殺されているほかの者らとは違い、この男だけは何となくこの仕事に就いてからさらに色つやが良くなっているようだ。そもそもは<恩寵博士>としての仕事を旨とする男であり、この<燕の巣>の総責任者になることはその職の中でも最高位なのだから無理もないのかもしれない。
<恩寵博士>の中でも最高位の者たちだけが着る銀鼠の小直衣姿をしたマサトビの先導で、やがて皆は別邸の奥に設けられたやや物々しい観音開きの扉の前にたどり着いた。扉そのものは木づくりに見えるが、その実それを制御するシステムも警備システムもすべて現代の最先端の技術によって作られたものだという。
マサトビが自分の腕のバンドをかざすと、扉はほとんど音もたてずにすうっと開いた。そこから奥は、まさにスメラギの一般的な景観とはまるきり違う、硬質な金属や人工樹脂などでできたごく現代風の内装になった。いかにも他惑星の科学的な研究施設といった風情だ。
ここにいると、直衣姿の自分やマサトビがかなり異質な存在に思われた。逆に、いつものバーテンダー姿のベータや相変わらずユーフェイマスの軍服を着たままのミミスリ、ザンギなどはしっくり来る。
通路を歩いて行く途中で、すでにここで生まれていた者らしい小さな子供たちが世話係の女性にまつわりついて歓声をあげている遊び場の部屋などがちらりと見えた。あの子らについても今後のことをきちんと考えてやらねばならない。勿論、今までのように彼らをどこぞの完全体の人間型を偏愛する輩に売りつけるという選択肢だけはない。
ふと見れば、背後を歩くミミスリとザンギがどこか懐かしいものを見るような目で子供らの様子を見ていたようだった。
「見せたいもの、というのは何なのだい? マサトビ」
「は。もう少しにござりまするゆえ」
そんなことを言いながら辿りついたのは、重層になったその施設の地下深く、恐らく最奥だろうと思われる場所だった。そこに至るまでに、アルファたち一行は何度も銀色の円形をした板のような反重力エレベーターに乗ることになった。
「こちらにござりまする」
小ぶりな両開きの銀色をしたドアの前で、遂にマサトビは足を止めた。「どうぞ」という彼の言葉に従い、開いたドアの中へと歩を進める。
中は寝殿とほぼ同じほどの広さの空間だった。天井は半球状になっており、随分と高い。照明器具らしいものは何もなく、壁そのものが光る仕組みになっているようだ。そうして、床にも壁にもずらりと子供の背丈ほどの卵型の物体が並んでいる。
卵型のカプセルは透明なものもあれば半透明なものもあり、どれもぼんやりと緑色の光を帯びていた。中は何かの液体で満たされているようだが、そのほかに何かが見えるわけでもなかった。
マサトビはそこで働く者らしい他の<恩寵博士>たちに部屋を出るよう申しつけ、彼らが皆外へでたことを確認してから、とある場所を目指した。
並んだカプセル群のちょうど中央あたりに、床から天井まで届く大きな円筒状の施設があった。不思議な温かみのある銀色をした金属でできたそれは、なぜかとくとくと心臓の音のようなものを立ててそこにあった。
マサトビはその前で立ち止まり、くるりとこちらを振り向いた。
「こちらが、歴代の皇家の皆さまと、子らから採取された遺伝物質を蓄えた装置です。すなわち、卵子や精子にございまするな」
「…………」
アルファをはじめとする一同は、声もなくそれを見つめた。
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