星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
170 / 191
第七章 兄二人

10 ※※

しおりを挟む

 物心のついた頃には、とうに母から引き離されていた。
 もちろん、それは兄、ナガアキラとても同じだった。だが、皇太子として文武両道において厳しく育てられながらも大切にされている兄とは違って、<恩寵>なしの只人たる第二皇子など皇家にとってほとんど無用の存在だった。
 このまま長じても何らの<恩寵>も受けぬままとなれば、いずれは臣下にくだり、兄たる皇太子がミカドにのぼったときその手助けをする立場になる。それ以上のことは何も、彼に期待されてはいなかった。

 とは言え無論、腐ってもミカドの子だ。周囲の臣下らや身の回りの世話をする女房たちは当然ながらツグアキラのことだとて下にも置かぬ扱いだった。だがそれでも、ツグアキラは知っていた。それが単なる表面上のことに過ぎず、彼らの目の中には間違いなく、この第二皇子を侮り見る色があることを。
 聞けばまだ母のもとで育てられている弟、第三皇子タカアキラにはすでに素晴らしい<恩寵>が片鱗を見せているのだという。このままいけば恐らくはあの弟が第二皇位継承者になるのは間違いなかった。

 成人の儀を終えてから後は、男子はたとえ親子といえども母に直接会うことを許されなくなる。万が一見つかれば、重い罰を受けることは避けられない。だからツグアキラは、成人する直前までなるべく暇を見つけては、そっと「曙光ひかりの宮」へ忍んでいくことが多かった。

 母、光の上は、すでに男子おのこを三人もお産みになったとは思えないほどに若く華やいだ姿の女人だった。それは単に外面的なことのみならず、お心映えまでが清く美しい方なのだというのが、宮中でのもっぱらの評判だった。そうして、上の二人の子は早々に手元から離されてしまったため、母は今では一人だけ手元に残してもらえた末弟をひどく愛しているようだった。
 「ははうえさま、ははうえさま」と幼い声をたて、子供の着る童水干の袖をはねさせて母にとびついていく小さな皇子を、少年はいつも物陰から恨めしい目で見つめていた。
 もしもこの視線に憎しみという名の矢がつがえられるなら、あの弟はそれによって何度貫かれ、命を落としていることだろう。仲睦まじい二人の姿を見るにつけ、ツグアキラの胸の壁には真っ黒な澱がぬかるみ積もり、こごり、へばりつきつづけていった。

 やがて、ふとしたことから病を得た母はあっという間に他界した。
 さらに数年後、そんな「はなたれ小僧」だったはずの弟も十四になり、正式に成人の儀を経てミカドや兄たちに挨拶に来た。その時、上座にいる父のみならず、兄も周囲の大臣たちも思わず息を呑んだのが分かった。
 弟はまさに、光輝くばかりの美貌の少年に成長していた。涼やかな目元。品のある顔立ちと物腰。それらすべては、もはやあの母に生き写しかと思われた。たとえそれと知らない者であっても、彼をひと目見ればすぐさま、あの「光の上」と呼ばれた母の面影を彷彿とさせるほどのものだった。

 一のきさきたる母を深く愛していた父ミカドが、そんな弟を愛するのは当然の成りゆきだった。もちろん父はその思慮深さを遺憾なく発揮して、息子たちを分け隔てなく扱おうとはなさっていた。しかし当然、その目つきやら言葉の端々で抑えきれぬ愛情を表現してしまうほどには素直でありすぎた。
 ツグアキラにはよく分かっていた。兄、ナガアキラは長男として、また皇太子として最も大切にせねばならない立場だ。だから父もそれなりの配慮をする。しかし何と言ってもことが「愛情」ということになれば、それは間違いなく、あの弟タカアキラに対して最も多くの部分が注がれていたのだった。
 そうなれば、ツグアキラの立つ瀬などはどこにもなかった。皇太子のお立場を持つ兄と、父の愛情を一身に受ける弟。その二人に挟まれて、臣下たちからもひそかに侮り見られるだけの少年は、急速にその心を萎えさせ、水気を失い、病んでいった。

(気に入らぬ。気に入らぬ……!)

 少年は女房や下働きの者に命じてときどき小さな犬や猫などを所望した。当然、可愛がるためのものと思ってかれらがつれて来るそれは、どれも愛らしく美しい生き物ばかりだった。
 だが、少年はそれを、決して可愛がるために所望したのではなかった。
 追い回して矢を射かける、刺し殺す。あるいは水に沈めて苦しみ抜かせ、絶命させる。体の一部を少しずつそぎ取って、その悲鳴と断末魔を聞き、やがて最後の痙攣を見せて動かなくなり、冷たくなっていくのをじっと見つめる。生きて動いていたものが、ただの「物」になり果てていく様は、どうしようもなく少年の心を暗く癒した。
 それらの生き物は、彼のそういう歪んだ「楽しみ」のための供物でしかなかった。それが可愛ければ可愛いほど、美しければ美しいほど、少年の嗜虐の度合いは強まった。彼らの発する痛みを訴える悲鳴が、最期の足掻きが、彼の心をやっと瑞々しく保たせてくれるような気さえしていた。

 兄とのことは、弟が成人する少し前から始まった。
 初めは勿論、ツグアキラが自ら望んでそうしたことではなかった。

 とある夜、寝所で横になっていたツグアキラは、突然自分の体が思うように動かせなくなっていることに気づいた。「これはいったい」と思っているうちに、自分の体は勝手に動いて寝具から這い出し、周囲の宿直とのいの者らに「ついてくるでない」と勝手に言い渡して歩き出した。
 あれよあれよと思う間に、ついたのは兄の寝所の前だった。ツグアキラの口はまた勝手にそこを守っている衛士だの女房だのに「邪魔をするでない」と言い渡し、部屋の奥、御帳台の手前に立ててある几帳ごしに奥に声を掛けた。

「兄上。……兄上。ツグアキラにございます」

 途端、兄がばさりと几帳台の帳を跳ねのけて現れた。

(これは……?)

 さすがのツグアキラも息を呑んだ。
 その瞳は、凶兆といわれる赤い月の色よりも赤く、暗い中で輝いていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

首輪をつけたら俺たちは

倉藤
BL
 家賃はいらない、その代わりペットになって欲しい。そう言って差し出された首輪を、林田蓮太郎は悩んだ末に受け取った。  貧乏大学生として日々アルバイトと節約にいそしむ林田。いつも懐は寂しく、将来への不安と絶望感が拭えない。そんなどん底の毎日を送っていたところに話しかけてきた謎の男、鬼崎亮平。男はルームシェアという形で林田に住む場所をタダで提供してくれるという。それだけならば良かったが、犬用の首輪をつけろと要求された。  林田は首輪をつけて共に暮らすことを決意する。そしてルームシェアがスタートするも、鬼崎は硬派で優しく、思っていたような展開にならない。手を出されないことに焦れた林田は自分から悪戯を仕掛けてしまった。しかしどんなに身体の距離縮めても、なぜか鬼崎の心はまだ遠くにある。———ねぇ、鬼崎さん。俺のことどう想ってるの? ◇自作の短編【ご主人様とルームシェア】を一人称表記に直して長編に書き換えたものです ◇変更点→後半部、攻めの設定等々 ◇R18シーン多めかと思われます ◇シリアス注意 他サイトにも掲載

[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます

はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。 果たして恋人とはどうなるのか? 主人公 佐藤雪…高校2年生  攻め1 西山慎二…高校2年生 攻め2 七瀬亮…高校2年生 攻め3 西山健斗…中学2年生 初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!

ママ活男子を釣ろうとしたら犬系イケメンが釣れた件

田中 乃那加
BL
考えるな、感じろ エロです注意報 むしゃくしゃして、ママ活男子を釣ってやろうとアプリ登録。 適当に選んで待ち合わせたら、やたら甘い顔したワンコ系イケメンがやってきて――。 社会人×男子高校生 とりあえずヤッてから考えるタイプのBL

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

専業種夫

カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。

僕は社長の奴隷秘書♡

ビビアン
BL
性奴隷――それは、専門の養成機関で高度な教育を受けた、政府公認のセックスワーカー。 性奴隷養成学園男子部出身の青年、浅倉涼は、とある企業の社長秘書として働いている。名目上は秘書課所属だけれど、主な仕事はもちろんセックス。ご主人様である高宮社長を始めとして、会議室で応接室で、社員や取引先に誠心誠意えっちなご奉仕活動をする。それが浅倉の存在意義だ。 これは、母校の教材用に、性奴隷浅倉涼のとある一日をあらゆる角度から撮影した貴重な映像記録である―― ※日本っぽい架空の国が舞台 ※♡喘ぎ注意 ※短編。ラストまで予約投稿済み

彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。 それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。 俺の自慢の兄だった。 高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。 「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」 俺は兄にめちゃくちゃにされた。 ※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。 ※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。 ※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。 ※こんなタイトルですが、愛はあります。 ※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。 ※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。

処理中です...