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第六章 舞楽の宴
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しおりを挟む「ぬ……。生意気なことを!」
兄がそう叫んだ刹那、ごうっと風の勢いが増した。
ベータはそれに抗いながら、他の数名と共にじりじりと前へ進み始めた。前庭に敷かれている土の粒ばかりでなく、大極殿の中やら周囲に置かれていた長椅子、そこに敷かれていた緋毛氈や日よけの大きな和傘等々が風にあおられ、好き勝手に空中を乱れ飛んでいる。
ミカドとアルファを中心にザンギが後方、ミミスリがすぐ前に寄り添い、それをぐるりと囲むようにして<恩寵部隊>の面々もじりじりと動いている。先頭にいるのはベータだ。
「その目……。貴様、単なる卑賎の身ではないな。何者だ!」
「別に何者でもないさ。あんたの弟に雇われた、ただの情報屋だ」
ベータの声はこんな中でも落ち着き払ったままで、相変わらず相手を小馬鹿にしきった調子を崩していない。決して兄の能力を侮ってなどはいないのだろうが、だとしてもこの余裕綽々は一体どういうわけなのか。
そうこうするうち、二十メートルばかり離れていた両者の間が遂に十メートルばかりに狭まった。
「ええい、鬱陶しい──!」
兄がそう叫んだときだった。
「うお!?」
「ひいっ!」
周囲を囲んでいたエージェントたちの様子が急に変わった。
はっと見れば、中の一人が軍刀を振り上げて近くの仲間に斬りかかっている。「すわ、裏切りか」と一瞬だけ思ったが、そうではなかった。
「ち、違うんだ! 体が、勝手に……!」
軍刀を振り回しているそのゴリラ顔をした男は、必死に何かを叫んでいる。
「逃げてくれ! お、俺にはどうにもならんのだッ……!」
言いながら振り下ろした軍刀に、すぐ脇にいた別の男がばさりと斬りつけられて悲鳴を上げた。腕を深々と斬られたようだ。
(……!)
アルファはバッと兄を見上げた。
大極殿、高御座の前に立ち、ナガアキラが口の端を奇妙に歪めて笑っている。先ほどまで風を操っていたはずのその片腕が、今はゴリラの男に向かって突き出されていた。
男は必死に周囲の仲間に謝り倒している。
「すまん! すまん……! 逃げてくれ、みんな俺から離れろおおおッ──!」
(そうか……! この能力は……!)
あの日、あの夜。
あのヒナゲシを襲った時に発動させた長兄の力。
それは恐らく、本人の意思を無視して相手の体を意のままに動かすことのできる能力なのだろう。だからヒナゲシは自分の意思とは関係なく、あの北東の山中に走らされ、やがて滝つぼに身を投げることになったのだ。
かよわい女の身で、あのような遠方までを無理やりに走らされ。やがて待つのは惨たらしい死だと分かっていて、彼女は必死に最後の思念を自分に送ってくれたのだ。
それはどんなに、どんなにか苦しかったことだろう。
悲しく、虚しかったことだろう──。
(なんという……!)
もちろん、そんな思考は一瞬だけだった。ぎりっと唇をかみしめてアルファは叫んだ。
「精神攻撃だ! シールドを強化しろ! 奴は脳を操作するぞッ!」
ベータも一瞬だけ振り返り、大きくこちらに頷いて見せた。
「アルファの言う通りにしろ! 奴の能力は<傀儡>だ。勝手に体を乗っ取られるぞっ……!」
「了解です!」
あちこちから応答があり、ぐんとその対精神攻撃のシールドが厚くなったのがアルファにも感じられた。
ゴリラの男がどさりとその場に膝をつき、肩で大きく息をしている。
「怪我人の手当てを! 残りの者は進むぞ、いいか!」
ベータの指示と共に、また集団はじりじりとナガアキラに向けて進みだした。と、耳の中で声がした。
《アルファ。聞こえるか》
ベータだった。
《あ、……うん。なんだ》
実のところ、ここにいる皆が全員、耳の中に仕込める通信機をつけている。<感応>もちたちには一応は不要だが、この場で何が起こるかは未知数だからだ。
《<隠遁>を使え。兄貴は恐らく、最初の瞬間だけでも相手を視認しなければ、そいつを傀儡にはできないはずだ》
《あっ……》
なるほど。そういう手もあったか。
アルファは手短に「わかった」とだけ答えると、すぐに気を集中させ、周囲に<隠遁>の帳を下した。
「ぬ、……うっ?」
兄の顔色がさっと変わった。
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