星のオーファン

るなかふぇ

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第六章 舞楽の宴

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「わ……ら、わせるなッ……!」
 兄の口から血を吹くような怒号がほとばしった。

 その時、アルファはザンギやミミスリたちに守られつつ、わずかに父を自分の背後に隠すようにしてじっと兄の様子を観察していた。
 兄はあまりのことで怒りに我を忘れているのか、その後ろに劫火を背負ったかのように真っ赤に燃え盛る「気」が見て取れるほどだった。もちろんこれは、自分がある程度の<感応>もちであるからこそ見えるものだ。

(しかし、これは──)

 実はアルファは先ほどから、激怒している長兄よりもさらに不穏な色をまとった「気」をその近くに感じていた。
 もわもわと黒い毒霧のようなそれをまといつかせてこちらを睨んでいるのは、<恩寵>を持たぬがゆえに皇位継承権を与えられなかった次兄、ツグアキラだ。彼は怒りに再び立ち上がった兄の斜め後ろあたりから膝立ちになってじっとこちらを見つめている。その双眸は暗くよどんで、さながらけがれた底なしの沼のように見えた。

(なるほど、これは……)

 そこではじめて、アルファはこれまでにベータから言われてきたことを思い出していた。
 ここしばらく、この舞楽の宴の準備をするためあれこれとアルファたちは奔走してきた。その中で、ベータがふと自分に漏らしたことがあるのだ。
「皇太子の兄上は確かに危ない。……だが、次兄も結構曲者くせものだ。<恩寵>がないからといって侮るな。せいぜいお前も気をつけろ」と。

 実はここに至るまで、アルファは次兄ツグアキラについてさほど危険だとは考えたこともなく、さしたる用心が必要だとも思わなかった。しかしここへ来て、その全身からこちらに向けて放散されてくる「気」のあまりのおどろおどろしさに面食らったというわけである。
 もちろんベータはこの情報について、ザンギやミミスリをはじめとする<燕の巣>出身のエージェントたちにも知らせている。だから防備を施す際にも単に<恩寵>もちのナガアキラのみならずツグアキラにも気を付けよと何度も注意喚起もしてきたのだ。

 と、ナガアキラが憤怒の形相そのままに腹に響くような声でまた言った。
「これ以上の茶番は無用。さ、父上。こちらへお戻りくださいませ」
 貴公子としての美麗な面差しとは裏腹に、その瞳は至って冷たいもので、どこまでも情の薄さしか伝わってこない。
「聞こえなかったのか、殿
 それに応じたのはベータだった。
 彼は先ほどから楽人の中に潜んでいたのだったが、ここへきて目立たぬようにそろそろとアルファの身近にまでのぼってきていた。さりげなくアルファの前に立ち、父とアルファを庇う位置を占める。

「父上殿はもはやあんたに、そういうことを言う権利すら認めんと仰せなのさ。あんたこそ立場をわきまえて、さっさと壇上から降りるがよかろう」
「な、……にを……?」
 兄は思わず絶句したようだった。
「いつまでもそこに居れば居るほど、恥が上塗りされるばかりだと思うがな。なんにしろ、引き際は大事だと思うぞ? 兄上殿」
「貴様はなんだ? 下賤の者が滅多なことを口にするな!」

 兄の目がぎらりと気味の悪い光を帯びる。が、ベータはすべて「どこ吹く風」といった風情だった。いつものように皮肉げな色をその声に乗せ、よく通るその声で悠々と言葉を紡ぐ。

「まあ、そういきり立つな。すでに父君からに下らされた以上、あんたも俺と大差ない。あんたにどんな<恩寵>があるにせよ、ここにいる<恩寵>もち全員を一度に相手にするのは骨のはずだ。やるだけ体力の無駄だと思うぞ」
「<恩寵>もち……なるほど、そうか……!」
 兄の目がまたぎらっと光って、今度はまっすぐにアルファの目を射抜いてきた。
「貴様ッ、タカアキラ……! それでここのところごそごそと、そ奴らの家族を取り籠めておったのか……!」
「取り籠めてなど、おりませぬ」

 アルファはなるべく静かな声を作るように意識しながら、兄に向かって頭を下げた。

「勝手に申し訳ございませぬ。なれど、かれらのあまりに貧しくひどい境遇を見るに見ておれませず……一時いっとき、わたくしの所へお預かり申し上げたまで」
「詭弁を弄しおって。それでは何も変わらぬであろうが──」

 冷笑しつつふん、と兄は激しく鼻を鳴らすと、今度はアルファの周囲を固めている獣の姿をしたエージェントらを見下ろした。

「そなたら、今が思案どころぞ。今ならば、そちら自身もその家族も大いに寛恕してやろう。そこな青二才にくみするをやめよ。さすれば今まで以上によき待遇をもって、そちらも家族も安泰に暮らせるようにして進ぜよう。どうか」
「お言葉にはございますが」
 アルファのすぐそばで、低く野太い声が答えた。ザンギだ。
「タカアキラ殿下のお言葉は、まこと真実にございます。われらも我ら家族も、一人いちにんたりともこの御方にたばかられたりなどしておりませぬ。まさに命にも関わるほどの苦境からお救いいただき、まことの恩愛をもって子らや妻らをお護りくださり……われら皆、殿下にはただただ感謝の心よりほかはございませぬ」
「ザンギの申す通りにございます」
 脇のミミスリも短く言った。周囲の者らも何人か「そうだ、そうだ」と頷くのが見える。

「うぬっ……。そんな小僧に易々とだまされおって──」
 言うが早いか、兄は片方の袖の下、自分の手首にさっと手をやった。兄のみならず多くの者がそこに極薄の腕輪状になった通信機器をつけているのだ。

「者ども、出合え! ここな反逆者どもを捕らえるのだっ!」

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