星のオーファン

るなかふぇ

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第六章 舞楽の宴

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(なぜ……。何故だッ……!)

 笏で顔を隠しつつ、ツグアキラはきりきりと奥歯を噛みしめた。
 この時になって、彼はようように周囲の事態のさらなる異様さに気が付いた。空気の中からいきなり現れたかに見えた人々は、よく見ればその多くの者が異形と言ってもよい姿をしていた。
 タカアキラを挟むようにして立っている男の一人は非常な巨躯で、鋭い鉤型の嘴と猛禽の瞳を持つ鷲の顔をしていたし、もう一人は明らかに狼の相貌をもっていた。舞台下にいる者らの中にも、馬やら鳥やら豹やらといった獣の顔を持つ者が多い。

(まさか、こやつら──)

 思考がそこまで達しかけたときだった。ツグアキラの背後から、厳かでありつつも冷ややかな声が凛と響いた。

「無事の帰着、重畳である。よう戻ったな、タカアキラ」

 長兄、ナガアキラだった。彼は自分の御座から立ち上がり、鋭い視線を自分の父と弟に向けて投げている。

「さ、父上。ご安堵もお喜びも一通りではございませぬでしょうが、まずは落ち着かれませ。ミカドがいつまでもそちらにおわしましたのでは、皆が落ち着きませぬゆえ。タカアキラも共にこちらへ。ますます凛々しく、美しゅうなったではないか。近う寄って、私にもよう顔を見せてくれぬか」

 至極やわらかに聞こえぬこともないけれど、そこには欠片の親愛の情もない。そのことはツグアキラには嫌と言うほどわかっていた。この兄はかの美しき弟を疎んじこそすれ、愛したことなど一度もない。……とは言えそれはまあ、「歪んだ形でないものならば」という但し書きが付くのだけれども。
 ところが、普段であれば兄のちょっとした要請にも素直に「そうか」と従う様子を見せる父が、今回はどうやらそうではなかった。父はしっかとタカアキラの手を両手に握ったまま、ナガアキラをまっすぐに見返して言った。

「……いや、ナガアキラ。余にはこの場をもって宣言せねばならぬ、まこと緊要の儀があるのだ。まずは聞け。皆にも共に聞いてもらいたい」

 ぴく、と兄の片眉が跳ね上がったのをツグアキラは見逃さなかった。が、形ばかりのこととは言え一応はこの国の王たる父に公式の場でたてつくことは得策ではない。
 一瞬「なにを」という顔にはなったものの、兄は大人しくその場に元のように座り直した。ツグアキラもまた、あまりの珍事に思わず膝立ちになっていたところ、兄に倣って再び腰を落ち着ける。
 周囲の大臣以下の者らも同様に静まった頃合いを見計らって、父は静かに口を開いた。

「本日ただいまをもって、第一皇子ナガアキラをその位より遷ず。すなわち廃嫡なり。次いでこの第三皇子タカアキラを新たなる余の皇太子と為すものなり」

 場はしん、とまた静まり返った。
 みな呆気に取られ、耳に入った言葉を咀嚼しきれぬ顔ばかりだ。
 ミカドの声はそれには構わず、更に朗々と響き渡る。

「ナガアキラは早々にこの惑星くにを去り、以降再びこの地に足を踏み入れること罷りならぬ。わずかなりともこの儀に逆らう動きあらば、即刻反逆の意ありと見なす。しかとそう心得よ」
「な……、にを、言うかッ……!」

 ダンッと石板の床を踏み鳴らす音がして、猛然と兄が立ち上がった。怒りに燃えあがったナガアキラはまさに、鬼神の形相に変わっている。
 つと見れば、手を取り合うようにした父とタカアキラを取り囲む人々はさらに増えている。その中に、金色の髪と氷のような瞳を持った野性味のある男がひとりいる。その男もまた、楽人の着る直垂姿をしていた。

「陛下、お疲れであられましょうや。いったい、いかがしたというのです。寝言は休み休みおっしゃりなされ」
 兄の声は必死に怒りを押し隠そうとして果たせず、ぶるぶるとわななくその手と一緒になって震えている。
「寝言など申しておらぬ。無礼な言葉は慎むがよい」
 対する父はごく静かな瞳のままだ。
 
(信じられぬ)

 これが、あのいつもびくびくおどおどして兄の顔色ばかり窺っていた父であろうか。兄に比ぶるべくもないささやかな<恩寵>しか持たず、すでに朝議にあってはいっさいの発言権もなきに等しく、ただ皇太子ナガアキラの言うままに「良きにはからえ」と言うばかりでまつりごとを放り出していた父か。

「では、せめても理由わけをお教え願いたい。わたくしを左遷なさる理由は何か。納得のいかぬ理由では通りませぬぞ」
「そう、それよ」
 兄の歯ぎしりの間から出された問いを、父はさらりと受け流した。痩せてやつれた顔の父が、今はきりりと頭をあげて真正面から我が長子を見据えている。

「理由と申すならばまさにそのそなたの態度、これまでの在り様のすべてがそれである。考えてもみよ。そなたは飽くまでもこの国の皇太子、第一皇子。だと言うに、長年このミカドたる余を大いに侮り、差し置いて、まつりごとより退けてきた。大臣おとどどもを囲い込み、まさに思うまま、ほしいままに臣下らを動かしてきた」
 父の声と表情は、勝ち誇った者のそれではなく、むしろただただ悲しげだった。
 それは父の隣にいるタカアキラも同様に見えた。

「息子が父に対するものとしても無論そうだが、ミカドたる余に対してはさらに大いなる不敬であろう。その不敬こそが、そなたの罪だ」

「わ……ら、わせるなッ……!」
 兄の口から血を吹くような怒号がほとばしった。
 
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