星のオーファン

るなかふぇ

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第五章 月下哀艶

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 その瞳を見たとき、アルファは知らず、背筋をぞっと駆け抜けるものを覚えた。
 それはずっとずっと昔、あの宮中でも見たことのある瞳だった。

(同じだ。……兄上と)

 皇太子、ナガアキラ。
 忘れもしない。かの男がかつて、己が妻たるヒナゲシを死に追いやった夜、怪しく輝く真っ赤な目をしていたこと。そのおぞましい瞳をもって、彼女がいたのであろう北東の山地のほうをじっと見つめていたことを。
 が、あれこれと考えている暇はなかった。
 ベータはその改造された左腕をあっという間に変形させ、それを天に向かって突き上げた。

(えっ……)

 驚いて見上げるうちに、その腕はぱっと広がってちょうど魚を獲る網のようになり、ぶわっとアルファの上から覆いかぶさってきた。

「うわ……!」

 そのまま網に絡めとられ、アルファの体があっさりと持ち上がる。見たところ金属的な銀色をしている網なのだったが、触れてみるとそれは不思議に温かかった。人の体温ほどであるのは恐らく、それがベータそのもののぬくもりだからなのだろう。
 そんなことをぼんやりと理解した時にはもう、網は柔らかくアルファを包み、ぐいとベータの方へ引き寄せていた。と思った次の瞬間には、アルファはもうベータの腕の中にいた。彼の片腕はまだ、網目状のままアルファを支えている。

「……姿が見えんでも、このぐらいの芸当ことはできるさ」
 耳元に囁かれ、そのままじゅる、と耳の中に舌を入れられて体が跳ねる。
「っひゃ……!」
 あっという間に<隠遁>は解けてしまい、アルファは今はもうその不思議な形状をしたベータの腕に抱きしめられているだけだった。
「<隠遁>が万能だなんて思うなよ。制する方法なんぞ、いくらでもある──」
「そ、そんなこと、思ってな……っんう」
 
 黙れとばかりに唇を塞がれる。先ほどとは打って変わって、それは荒々しかった。厚い舌がアルファの口内を所狭しと蹂躙する。そのまま息もできないほどに唇を貪られた。

「んっ……んく……ん、ベー、んん……!」

 頭がじんじんする。再び背筋にあのぞくぞくが駆けのぼってきた。
 意識まで蕩けてしまいそうだ。
 気が付けばもう、アルファも夢中で彼の舌に応えていた。
 ひとしきりそんなキスをして、やっと離した唇をベータは一度ぺろりと舐めた。アルファはすっかり上がりきった息でやっと言った。

「ベータ……。その、……」
 途端、男は少し暗い目になった。
「……気持ち悪いか」
「いや……」

 先ほど兄のことを思い出して一瞬だけぞっとしたのは確かだが、今は不思議と彼の瞳に兄に感じたような恐怖や禍々しさは覚えなかった。まことに奇妙な話なのだが、むしろそれとは真逆の感覚がある。
 アルファは片手でそうっと彼の頬に触れた。

「とても……綺麗だ」

 赤い。近くで見ると、ほんとうに赤い。
 まるで血のようなくれないに光る双眸。
 彼が幼少期にそれを気味悪がられ、周囲の人々から忌避されたことは知っているけれど。
 しかし今、アルファはどうしてもそう思うことができなかった。むしろ彼の母親である二の君がこよなく愛したように、ただ美しいとしか思わなかった。

「よく分かるよ。君の母上がどうしてこの目をあんなに愛しておられたのか──」
「…………」
「本当に、とてもきれいだ……」
「…………」

 ベータはわずかに呆気に取られた顔になって、少し黙り込んだ。
 気のせいだったのかもしれないが、アルファを包んだままのベータの網状の腕がぎゅっと力を増したようだった。

「なら、改めて<隠遁>をお願いしようか。なに、ほんのそこまでだ」
「えっ?」
 驚いたことに、腹を立てていたはずのベータの声が一転してずっと柔らかいものになっている。
「お前の言った通りだ。さすがの俺も、早速お前のに見つかって寸刻みにされるのは御免だからな」
「ちゅうけ……あのな──」

 少し肩を落として憮然としたアルファの顔を間近から覗きこんで、ベータが例によってまたあの「悪い顔」でにやりと笑った。



◆◆◆



 連れていかれたのは、ベータの小型艇<ミーナ>を着陸させてある広場だった。
 近くにはマサトビの大型艇やほかのエージェントたちの持ち物である宇宙艇が数機停泊している。しかし、とくに警備の者などはいない。この惑星自体に警備システムがあることと、宇宙艇そのものにも警報装置等々がついているためである。

 アルファに<隠遁>を使わせたまま、ベータは網状の腕でアルファを抱いてそこへ向かった。<ミーナ>の前まで来ると彼は低い声で彼女に語り掛け、あっさりとそのハッチが開く。
 艇内に入るとすぐに入口が閉じられて、ベータはアルファを下ろすと「もういいぞ」と言った。あっという間にベータの腕が本来の形に戻っていく。アルファが<隠遁>を解いたところで、アルトの美声が降ってきた。

《お帰りなさいませ、マスター》
「姿が見えなくて悪かったな、ミーナ」
《問題ありません。マスターのお声と認証ワードで確認できますので》
「ま、だな」
 ベータが軽く笑って肩をすくめた。
「ついでにひとつ、頼みがある」
《なんなりとどうぞ》

 そこでベータが、意味深な瞳でちらりとアルファの顔を見た。

「しばらくになる。悪いがちょっと目をそらしておいてくれ」
「…………」

 その意味するところは明らかだ。アルファの体はかっと熱くなった。
 が、当然ながらミーナは落ち着いたものだった。

《了解いたしました、マスター。御用の際には声をお掛けくださいませ》


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