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第五章 月下哀艶
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しおりを挟む「申し訳なかった……いや、申し訳ございませんでした、ムラクモ殿」
「…………」
「スメラギ皇家があなたに対してしでかしてきた数々の愚行と仕打ち。もちろん、謝って済むことではありません。しかしどうかひと言だけ、この場を借りて申し上げさせてください」
ベータは沈黙したままだ。
頭を下げてしまっているため、彼の表情は窺えない。
「まことに、まことに申し訳ございませんでした……」
アルファはさらに深く深く、彼に向かって頭を下げた。まさに平身低頭である。
「……いい。やめろ」
頭の上からそんな声が降ってきて、次の瞬間にはもう、アルファはベータに襟元を掴まれて、元通り彼の右側に引きずり上げられていた。
「お前にそんなことをして貰おうとは思わん。……少なくとも、今はもう、な」
「…………」
アルファが幹の上に腰を落ち着けたあとも、彼の左腕はアルファの襟元を掴んだままだった。なぜ放してもらえないのかがよく分からず、アルファは戸惑う。
と、ぐいとそのまま体を引き寄せられて顔を近づけられた。
(……え?)
唇を優しいタッチで食まれ、どくんと胸が跳ねる。お互いに目を見開いたまま、二度、三度と軽い口づけを落とされた。
「ベ……、んぅ」
問いかけの最後は、深い口づけで遮られた。
ねっとりと舌を絡めとられ、歯の裏側や口蓋の上あたりを存分に味わわれる。
彼のシャツの胸元を握りしめて、アルファは知らず目を閉じた。
「ん、……ん、んく……」
くちゅ、ちゅぷと音がする。
ベータの舌は熱かった。
久しぶりの感覚に、頭の真ん中がじんと痺れる。
(……なぜ)
どうして今、自分にこんな口づけを。
腹を立て、怒りに任せて嚙みつくように奪われるというならまだわかる。しかしこれは、もっとずっと甘くて優しいものに思えた。何がどうしてこういうことになったものか、さっぱり分からない。
そもそもこの男、大事なことは何ひとつちゃんと言おうとしないのだから。
そんな風に思うのに、体のほうは心よりもずっと正直だった。自分たちの立てる水音が次々に夜風の中に送り出されていくにつれ、ぞくりぞくりと背筋を駆け上がってくるものが抑えられない。やがてこうした行為にすっかり慣れてしまった体の奥のほうが、勝手にせつなく疼き始めた。
アルファはいつのまにか彼の背中に腕を回し、与えられる愛撫に応えていた。
角度を変え、互いの唾液も惜しむようにして何度も唇を重ねあわせる。
「ん……ん、ベータ──」
もしかして、これはそういうことなのだろうか。
「別に言葉などは要らない。謝罪する気持ちがあるなら、せいぜいその体で支払え」と?
「そうやって自分を楽しませろ」と……?
そう考えればまた、胸に言いようのない疼痛が襲ってきた。それはやっぱり「お前の心なんて必要ない」と、「お前は体さえ差し出していればいいんだ」と言われているということか。
が、アルファは彼の唇に応えつつも、以前のように下手に涙など見せることのないようにと自分を必死に叱咤していた。そんなことをしてしまえば、またこの体を放り出されることは分かりきっている。
(それは……イヤだ)
別にもう、こんな体に意味はない。
どこかの深窓の姫君でもあるまいし、何を勿体ぶることがあるものか。
(三年だ……)
三年もの間、あの蜥蜴男によってすっかり汚され、堕落しきったこんな体。
だったら彼の欲望の捌け口でもなんでも、いいではないか。嘘でもなんでも、こうして抱いてくれるというなら、喜んで受ければいいことだ。
そこに心のつながりだの、彼の気持ちだの、求めていいわけがない。
自分は彼に、そんなことを求められる立場にはいないのだから。
「待って……ベータ」
何度目かの深いキスから唇をほどいたところで、アルファはそっと彼の胸を押し返して囁いた。そうして軽く片手を上げ、周囲に例の帳をおろす。
ベータがちらっと周りに視線を走らせた。
「……<隠遁>か」
「ああ。誰かに見られても困るだろう。ここには子供たちだっているわけだし」
「ま、そうだな」
言ってまたこちらの体を抱きすくめ、ベータは今度はアルファの首筋に唇を這わせ始めた。その器用な片手がシャツの上からアルファの胸の突起を探し当て、巧みにこりこりとなぞっている。待ちわびていた刺激を受けて、それはシャツをくいと押し上げ、淫らにその形を露わにしている。
ベータがふっと笑うと、布の上からそれをぺろりと舐めてきた。
「ひっあ!」
その刺激がそのままずくんと足の間のものを貫く。
「んんっ、あ……の、ベータ──」
背中を思わずのけ反らせ、アルファは何とか言葉を紡いだ。
「……嫌か」
鎖骨のあたりで低く問われて、またぞくりと肌が粟立つ。
「そう、じゃない……。そうじゃなくて」
イヤなはずがない。
本当は、ずっとこうされるのを待っていた。
今夜の彼は乱暴ではないし、できることなら自分だって、最後まで抱いて欲しいのは山々だ。しかし。
「あ、あまり……その、夢中になると、まずい……から」
理性が飛ぶようなところまで抱かれてしまうと、せっかくの<隠遁>が勝手に解除されてしまう恐れがある。アルファは快感で震えてしまいそうになる声を叱咤しながら、どうにか訥々と説明した。
「……ふむ。なるほど」
「だ、……だから」
言って、アルファはするりとベータの手から体を抜くと、座っている彼の足の間に座り込んだ。す、と彼のスラックスに手を添わせ、下から彼を見上げる。
「今夜は、こちらで……させて欲しい。……ダメだろうか」
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