星のオーファン

るなかふぇ

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第五章 月下哀艶

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「もう、数十年も前の話にござります」

 マサトビの昔話は、そうやって始まった。

「当時のわたくしは、まだほんの若造にござりました。いずれ<恩寵博士>となることを夢見まして、かの<燕の巣>への仕官が叶うたときにはもう、天にも昇る心地だったこと……。今も、ありありと思い出せまする──」

 その当時、青年マサトビはまだ十代で、とある<恩寵博士>の付き人のような仕事を任された。要は見習いのようなものである。
 <燕の巣>は都から少し離れたやや鄙びた地域にある小高い山の麓にある。そこはちょうど皇家の別邸の体をなしていて、小ぶりではあるけれども全体に皇居とよく似たつくりになっている。
 実際の<燕の巣>は現代の科学技術の粋を集めたものであり、当然ながらいにしえより守られてきた皇家の住まいの外観を損なうということで、すべては背後の山の地下に建設されているらしい。

「わたくしはそこで、様々な恩寵を持つ子らの調査にあたる博士がたのお手伝いをしておりました。そうする中で、とある少女二人を何度かお見掛けしたことがあるのでございます……」
「少女? ふたり……?」

 アルファが問うと、マサトビはまるでそこに何かの面影を探すようにしてベータの顔をじっと見た。

「はい。おひと方は一の君。もうおひと方は二の君と呼ばれておいででござりました──」
「一の君と、二の君……?」
「はい」

 そもそも、<燕の巣>で育てられている間、子供たちに固有の名前が与えられることはない。かれらは育つに従って性別と<恩寵>の有無によって選別され、やがて別れ別れに巣立ってゆく。そして与えられたその場所で、初めて名をつけられるのだ。
 まず<恩寵>のある少年少女は、その力をさらに強めるための訓練施設へ送られることになる。選別はかなり幼いうちに行われるため、あまりほかのグループの子供たちと知り合いになることもないようだ。
 次に<恩寵>のない少女たち。これはいずれ皇子がたの妃になるための教養や立ち居振る舞い、宮中での決まり事や芸事そのほかを幼いころから徹底的に叩き込まれる。このなかから容姿、才能、性格とも秀でていると目された者が選ばれ、さらに厳しい選別を受けてはじめて入内することになるのだ。

 最後にもっとも不遇な者。<恩寵>のない少年たちと、皇子たちの結婚相手としてふるいに掛けられ、不幸にして選ばれなかった少女たち。かれらの行く末については、今ではアルファも十分理解しているとおりだ。
 彼らは闇の人身売買ルートに乗せられ、売りさばかれる。その主たる目的は大体不健全なものと相場が決まっている。そうして得られた巨額の収入は宮中に吸い上げられることになり、おもに皇家や貴族連中の華美で贅沢な暮らしを支えることに使われる。
 ただ、彼らにも例外はある。<恩寵>もちの少年少女の誰かが、かれらを自分の伴侶に選んでくれた場合だ。その場合だけは、彼らは人身売買の憂き目を逃れ、スメラギで自分の子らとともに遠くで働く伴侶の帰りを待つ身になれる。要するに、あのアヤメの夫やザンギ、ミミスリの妻たちはそうした者だったということだ。

「一の君と二の君は、<恩寵>のない少女がたでござりました。ゆえにわたくしがあまり関わることもなかったのではござりまするが……」

 <恩寵博士>に連れられて<燕の巣>に訪問するとき、ごくたまに、マサトビは邸内に引き入れられた水でこしらえられた池のはたで二人たたずむ、美しい少女たちを見かけることがあった。
 もちろん彼女たちには、直接の血のつながりはない。<燕の巣>の奥深くに隠された科学技術によって、往年の皇家の種と卵とから作り出された親のない子らなのだから当然である。

「しかしそれでも、あの姫さまがたはまるで……まるで、姉妹のように見えたものでござりました。面差しもどこか似ておいででしたし、どちらもまことにお美しくご聡明で大変たおやか。さらに遠目ではありましたが、心根もお優しく──」

 そこで思わずマサトビは声を詰まらせ、着ていた直衣の袖で目元をぬぐった。

「やがてどちらかが皇太子殿下に──ああ、つまりいまの陛下にということにござりまするが──殿下に嫁されるのだろうことは分かっておりました。以前にはそうした少女がたの間で血を見るような醜きいさかいもあったやに聞いております。しかしながら、あのお二方はそうではなかった……」

(それは……もしや)

 アルファはもう、胸の高鳴りを抑えることも難しかった。
 そっと隣に座る男を見やれば、さすがのベータも物思う暗く深い瞳をして、じっとマサトビを見つめている。
 マサトビは濡れた目を上げて二人を交互に見やるようにすると、またうわっとあふれた涙をおさえた。

「よう……似ておいでです。お二方ともにござります。とは言えお恥ずかしい話ながら、ベータ殿については黒髪、黒い瞳になられたときになってやっと『もしや』と思ったのではありまするが──」
「マサトビ……マサトビ! 早く、教えてくれ。それは、それは……つまり」

 アルファの声は掠れている。
 心臓の音はもう、早鐘のようだ。

「その一の君が、殿下のお母上、光の上さまにござりまする」

 アルファを見つめて一気にそう言ってから、マサトビは今度はベータをまっすぐに見た。

「そうしてその二の君が、おそらくはベータ殿……いえ、殿の、まことのお母上であられるのに違いございません……!」

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