星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
138 / 191
第四章 恩寵部隊

しおりを挟む

「お、お許しくださいませっ……!」
「え? ア、アヤメさん……!」

 アルファは驚いて席を立ち、彼女のそばに駆け寄った。
 その近くに片膝をつくと、聡明で気丈な人であるはずの彼女の肩もぴたりと床につかれた手も、ぶるぶるとわなないていた。

「家族の命を握られていたからとは言え……ほかならぬ殿下のお命を亡きものにしようなど……! 返すがえすも、恐ろしい陰謀に加担してしまいました……。そちらのミミスリ様にも、本当に申し訳ないことをしてしまいました──」
 母たる人の声は震えている。テーブルの向こうに立っているミミスリが、やや耳をしおたれさせ、困ったように視線をそらした。皆の背後に控えていたマサトビは気の毒げな目をして女性をじっと見つめている。
「この命をもってしても贖えぬ罪にございます。まことに、まことに……申し訳ございませんでした……!」
 本来毅然とした人であるのだろうに、彼女の声は震えきって、目には光るものがある。
「わたくし自身は、いかようなご処分もいといません。けれど、どうか……どうか、子供たちの命ばかりはお助けいただきたく──」
「そんなこと……! 当然だ!」

 何を言うのか。
 なんで自分が、この人を重い刑に処したりできると言うのだろう。
 頼みの綱だった夫を亡くし、庇護者を失くした大事な子らの命を盾にされ、従うほかなかったこの人を。
 ましてやあのなんの罪もない子供らを、なんで酷い目に遭わせられよう。

「もういい。……もう、いいから」
「いえ……。いいえ……!」
「わかったから、アヤメさん。まずは手を上げてください。これでは話もできません。……どうか、お願いですから」

 アルファは彼女の手を取ると、無理にも立ち上がらせて席につかせた。





 ツバメの顔をもつ女、アヤメ。先日アルファたちが救い出したタケルとカンナの母であり、女だとはいえ<恩寵>もちであったために宇宙の果てで特殊任務に就くことになった人だ。彼女はその特別な<恩寵>により、ザルヴォーグ艦隊司令官の秘書官として何年も前から敵軍内部に潜入していた。
 そうして、あの大海戦の直前。彼女はスメラギにいる自分の「飼い主」から、これまでにない非常に奇妙な指令を受けた。

「ミンティアの……あの事件か」
「はい。その通りでございます」

 艦隊司令官をあやつって、アルファの乗っていた補給医務艦ミンティアを攻撃するための戦艦を一隻、その目の前へ異空間航行ジャンプさせよというのである。この企みにはほかにも何人もの<恩寵>もちが関わっていたはずだった。

「わたくしの<恩寵>は、本来さほど大した力ではございません。その種別といいますのは主に、ごくわずかのものを『置き換える』ことのできる能力ちからなのですが」
「なるほど。<置換>というやつか」
 独り言のように言ったベータの言葉に、アヤメはひとつ頷いた。
「人の脳と、それが認識していることは、思った以上にあやふやなものなのでございます。ですからわたくしのそれまでの仕事というのは、スメラギからの命令があるたびに艦隊の司令官やザルヴォーグ内の要人の脳にちょっとしたをすることでございました」

 たとえば、「Aであり、またBであるからCである」などと、本人としてはごく論理的に思考を構築して結論を導いているつもりの脳に、そのAとBとCの順番をちょっといじって混乱させる。同様にして、「上層部からこう命令された」と認識している脳にまったく違うことを思い込ませる。彼女の<恩寵>を用いれば、そういうことが実際に簡単にできてしまうのだ。
 だから聡明さを買われて出世してきたはずの将軍やら政治家などを「すっかり気がおかしくなられた」とか「もうろくした」とかと周囲に思い込ませ、左遷させるのも思いのまま。

「さすがスメラギ。えげつないねえ……」

 ベータの笑顔もコメントも、これ以上ないほどに皮肉まみれだ。
 実際、ひどい話である。

「ともかく、そのような方法で、わたくしたちは戦艦のひとつをミンティア号の前に飛ばすことに成功しました。お察しするに、ミミスリ様は殿下のお傍を片時も離れぬようにと命令されておられたのでしょう」
「…………」
 ミミスリが黙って陰鬱に頷いた。
「あとはその戦艦に乗り込んでいた仲間の一人がミミスリ様に仕掛けられていた発信機を狙って主砲を撃つ。勿論、ピンポイントで殿下をお狙い申し上げるため……。おおむね、そのような作戦だったのでございます」
「なるほど……」
「で? あんたの命令者は」

 すかさず切り込んだのは、もちろんベータだ。
 アヤメは濡れたように美しいツバメとしての瞳を一瞬だけくるっと大きくしたが、ひとつ息をついてから言った。

「……中納言、イイザネ様にございます」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

狐に嫁入り~種付け陵辱♡山神の里~

トマトふぁ之助
BL
昔々、山に逃げ込んだ青年が山神の里に迷い込み……。人外×青年、時代物オメガバースBL。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

僕の調教監禁生活。

まぐろ
BL
ごく普通の中学生、鈴谷悠佳(すずやはるか)。 ある日、見ず知らずのお兄さんに誘拐されてしまう! ※♡喘ぎ注意です 若干気持ち悪い描写(痛々しい?)あるかもです。

渇望の檻

凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。 しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。 支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。 一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。 外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。 ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?

処理中です...