星のオーファン

るなかふぇ

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第四章 恩寵部隊

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 それは、凄まじい殺気だった。

 うっかりすると気を失いかねないほどの容赦のない圧力。
 ごうごうと放散されてくるそれはもちろん、かの男のものだった。

「……!」

 ザンギとミミスリが音もなく動いたのは、それとほぼ同時だった。もはや本能的な動きと言ってもよかった。
 ミミスリは驚くべきことに、ほんの瞬きの間にアルファとベータの間に立ちはだかっていた。ザンギはそれに一歩遅れはしたものの、それでも素早くアルファの盾になる位置に仁王立ちになっている。明らかにベータからアルファを守る体勢だ。
 ほかの皆は驚きつつもこの状況を固唾をのんで見守っている。背後ではマサトビがおろおろとこの顛末を見つめていた。
 男二人の背中に隠れ、アルファからは見えなくなってしまっていたが、その場の空気からだけでも、二人とベータが厳しくまなじりを決してにらみ合っているのは分かった。
 と、静かな低い声がした。

「……やめんか」
 ベータだった。
「まさかこんなところで、俺がお前らの大事な皇子サマに何かすると思うのか。そこまでバカじゃないつもりだぞ」
 底流に流れているのはとてもそんなものではなかったけれども、彼の声音と口調はごく軽くて、いつもと変わらないように聞こえた。
「…………」
 ザンギとミミスリが無言で目を見かわすようにする。そうしてゆっくりと体をずらした。
 それでようやく、アルファにもベータの顔が見えるようになった。

(ベータ……)

 案の定だった。その蒼き星色の瞳には、まだ怒りの炎が燃えていた。しかし彼は飽くまでもそれをおもてには出すまいとしているようだった。その瞳が一瞬だけ刺すようにアルファを見たが、その視線はすぐに集まったエージェントたちの方へ向けられた。

「ご紹介の通りだ。これで俺の立場についてはある程度ご理解いただけたかと思う。もっと詳しいことが訊きたいという奴は、あとで個別に対応するから遠慮なく来てくれ。いいな」
 一同は沈黙している。先頭にいるヨイヤミをはじめ、ところどころで頷く様々な生き物の顔が見えた。
「ということで、頭を切り替えてくれ。さっさと必要な話をしてしまうぞ」

 言ってベータは手元のパネルを操作した。これは食卓の端にもともと設置されているものだ。
 皆の目の前、空中に、大きな立体画像が映し出された。中心に見えるのは惑星スメラギ。その周囲を大小さまざまな星や小惑星群などが取り巻いている。これはその近辺の宙域を表わした映像だった。軍隊における作戦会議や交戦中などにもよく使われる、ごく一般的なものだ。
 話題がそちらに移ったのにも関わらず、ザンギとミミスリはアルファとベータの間からどこうとはしなかった。だが、ベータはそんなものはもう一顧だにもしない様子で、予定どおりに今後の作戦説明を淡々と始めただけだった。



◆◆◆



 数時間後。
 作戦概要の説明とそれに付随する皆の役割分担の決定等々が終了し、その場は一旦解散となった。三々五々、皆は決められた就寝スペースに向かう。
 もともと数十名の子供たちがいただけの居住スペースだが、今後もさらに子供を増やす予定だったため、寝床や食料についてある程度の余裕はある。しかしそれでも、一気に数百名が泊まるには手狭だった。先ほどの会議中でも話題に出たが、今後はキキョウとカエデをはじめこの惑星の警護にあたるエージェントの力も借りて、住居の建物や栽培システムなども増やす予定になっている。

 食堂から大半の人々が去ったあとも、ミミスリとザンギはその場を動こうとはしなかった。つまり、アルファとベータの間に立ちはだかったままだった。
 ベータはひょいと立ち上がると、少しこきこきと肩を回しつつ、うんざりしたように目を細めて二人を睨んだ。

「あんたら、いい加減にしろ」
「そういう訳には行かん。とりあえずすぐに裏切るとまでは思ってないが、それでも貴様が殿下に無体な真似をせんという保証は何もない」
 唸るように応じたのはミミスリ。
「無体なマネ、……ねえ」
 くくっとさもおかしげに含み笑うその理由は、おそらく違う方面での「無体な真似」について思いめぐらしたからだろう。アルファはかっと体の芯が熱くなるのを覚えた。
「心配せんでも、何もしないさ。今やそいつは、俺たちの大事な旗印だ。そいつがいてこそ、今回の活動には意味がある」
「……あの、お話の途中、申し訳ありません。よろしいでしょうか」

 ぴりぴりした空気の中に涼やかな女性の声が割って入って、アルファはおやと目を巡らした。見れば、散会した人々のあとに一人だけ、先ほどのアヤメが残ってこちらを見つめ、直立不動の姿勢になっていた。
 先ほどの自己紹介によれば、彼女はかのザルヴォーグ艦隊にあって司令官付きの秘書官をしていたという話だった。今もそのままあちらの軍服に身を包んでいるが、その姿はごく聡明かつ凛々しいものだ。きらきらした黒い鳥の瞳はつぶらなもので、彼女の声そのものも鳥の囀りを彷彿とさせるように耳に心地よかった。

「なんだい、アヤメさん」
「どうぞ、『アヤメ』とお呼び捨てくださいませ。ザンギ様にはすでにお伝えしておりますが、わたくし、どうしても殿下に聞いていただかねばならないお話がございます」
「ああ……。では、もしかして君が?」
 アルファがとあることを思い出してそう言った途端、アヤメはぱっとその場で床に平伏してしまった。

「お、お許しくださいませっ……!」

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