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第四章 恩寵部隊
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しおりを挟むその夜。
子供たちを寝かしつけてから、<恩寵>もちのエージェントたちはいつもの食堂に集まっていた。
テーブルにつける人数は限られており、アルファは椅子に座っていたが、座りきれない者の多くは床にじかに座っている。ザンギとミミスリ、それにマサトビとベータはアルファの斜め後方に立っていた。
広い食堂だとは言え、なにしろ大人数なのでけっこうぎゅうぎゅう詰めだ。一団の後方、ほとんど壁際の位置には、タケルとカンナの母でツバメの顔を持つアヤメという女性も座っている。
集まってくれたエージェントたちの自己紹介がひと通り終わったところで、彼らを代表して昼間にも話をしたあの黒馬の男──ヨイヤミという名前らしい──が、まずアルファに向かって深く頭を下げた。彼はザンギよりも年上らしく、態度はごく穏やかながら心胆の座った雰囲気をまとった男である。
「殿下。改めまして、このたびはわたくしどもの家族一同をお救い下さいましてまことに有難うございました。自分たち一同、殿下には幾重に御礼を申し上げても足りぬ心持ちでおります。心より感謝を申し上げます」
彼が頭を下げたのに合わせて、一同もまた深く頭を下げた。
「いや。本当にもう、それはいいから。みな、頭を上げてくれ」
アルファは静かな声でそれに応じると、皆が顔を上げるのを待って言葉を続けた。
「そもそも礼には及ばないことなんだ。大切なご家族の命を質にとって、君たちの能力と貴重な時間を搾取していたのは、我がスメラギ皇家にほかならない。そのはしくれたる私が君たちから礼を言われる筋合いはないことだ」
「いえ、殿下──」
言いかけたヨイヤミを軽く片手で制して、言葉を続ける。
「むしろ私は、君たちに謝罪しなくてはならないと思っている。皇家がこれまで君たちにしてきた仕打ち……。まことに惨いことだった。謝って許されるようなことでは到底ないことは分かっている。けれど、どうかひと言、言わせて欲しい。まことに、まことに、申し訳なかった……」
言って、あらためてアルファは頭を垂れた。
そんな皇子を前に、場の空気がざわっと揺れた。それと同時に背後から、間違いなくベータの視線が自分の背中に注がれているのをアルファは感じ取っていた。
やがて一同のざわめきがすっと収まり、皆の思いを代表するようにしてヨイヤミがまた口を開いた。
「とんでもないことでございます、殿下。どうか、お手をお上げくださいませ」
彼の声はごく穏やかで、聞く者の耳に優しい響きを帯びている。
「皇家がどうであれ、今回わたくしたち家族をお救いくださったのは殿下です。自分の家族もそうでありましたが、あのまま放置されておりますればいずれ非常な危難や憂き目を見た者も多かったやに聞いております。ですからわたくしどもは、殿下には感謝しかございませぬ。それはここにいる者みな、同じ思いのはずにございます」
ヨイヤミの背後でうんうんと頷く者、「そう、その通り」と低く言う者がちらほら見える。
「ありがとう、ヨイヤミ殿……」
少しうつむきがちになったアルファの気分を変えるかのように、男はちらりとその視線をアルファの背後に投げて言った。
「ところで、大変失礼ではございますが。そちらのお方は、どなたでいらっしゃいましょうか。不躾ながら自分たちは、いまだ正式にご紹介いただいておらぬのですが」
「あ、ああ……」
彼の視線の先に居るのはベータである。
ザンギとミミスリについては今回みなを集めてくれた主要人物ということで、彼らの中ですでに共通認識があるようだ。一方で、ベータに関してはまったくの初見という者も多いのだろう。
「紹介しておく。ベータだ。彼はこの三年、とある場所に囚われていた私を探し出し、危険を冒して救い出してくれた当の者である。まさに命の恩人だ。どうか見知りおいてもらいたい」
「おお」「それでは、あれが……」といったような声が各所から上がった。
「一応、巷では<鷹>などとも呼ばれている凄腕の情報屋兼、なんでも屋……というのが本人の謳い文句ではあるが──」
そこまで言って、アルファはちらりと背後を見た。
ベータは例によってすっとぼけた顔で、腕組みをしたまま明後日の方を見ているだけだ。
アルファは皆の方に向き直ると、こほんと軽く咳をした。
実は、これはずっと考えていた。
本人からきつい雷を落とされることは覚悟の上だ。
それでもいつかは、言わねばならないと思っていた。
……ほかならぬ、ベータのために。
「ご本名までは、ここでは伏せるが。そもそも彼は、君たち同様<燕の巣>に生まれた、とある女性の忘れ形見でいらっしゃるのだ」
──その、瞬間。
場はざわっと驚愕の気に包まれた。
さすがのザンギとミミスリも、それにマサトビも呆気に取られ、驚きの瞳でベータを凝視したのがわかる。
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