星のオーファン

るなかふぇ

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第四章 恩寵部隊

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「いや、本当に──うわっ!?」

 と、今まで黙って傍で聞いていたベータが、いきなりアルファの肩にぐわっと腕を回して引き寄せた。

「ベッ、ベータ……!?」
 子供たちの目をはばかって必死に表情を取りつくろおうをしたのだったが、あまりうまくいかなかった。彼に触れられた場所が一気に熱を持つ。
「な、なにを──」
 が、ベータはアルファの反応には無関心で、子供たちの方しか見ていなかった。
「遠慮するな。『殿下』ご自身がそうお望みなんだ、お前らは大手を振ってご命令通りにすればいいのさ。それに」
 ぐい、とそのままさらに抱き寄せるようにされ、ほとんど頬が触れるぐらいになる。アルファの鼓動は跳ね上がり、瞬く間に体の芯が熱くなってくるのを覚えた。
 この男、一体なにを考えているのだろう。

(こ、こんな子供の前で──!)

 一瞬そう思いかけ、思った自分をアルファはまた叱咤した。

(ち、ちがう! 何を考えているんだ、私は……!)

 自分と彼は男同士なのだ。子供たちにも「彼とは仕事仲間だ」とすでに説明もしてある。仕事仲間の男二人がちょっと肩を組んだからといって、何も恥じる理由はない。人目を憚る理由もないのに。

「なんだかんだ言って、こいつは結局、ただの『ちょっと上品な泣き虫のお兄ちゃん』に過ぎん。そうだろう? それは俺なんかより、お前らのほうがよーく分かっているんじゃないのか。ん?」
「おい、ベータ!」

 むっとして肩に回った彼の腕をひきはがそうとするが、生憎それは例の改造された左腕のほうだった。彼がひとたび本気になれば、ちょっとやそっとのことではびくともしない。ベータはにやにや笑いを貼り付けたまま、至近距離からこちらの目を覗き込むようにした。
 アルファの胸はその瞬間、不覚にもまたどきりと跳ねた。
 彼の唇がすぐそこにある。ちょっと顔を動かせば触れられそうなほど近くに。
 ちなみに今はもう、彼の瞳はあの星の色に戻っている。彼は<ミーナ>の中でとっくに髪も目も元に戻してきたからだ。ついでながら、アルファにとって非常に目の毒だったあの無精髭も綺麗に剃られてしまっている。

「また改めてお前らにも話があると思うが、面倒だから先に言っておく。こいつはこれから先、そういう面倒な身分やら何やらのないスメラギを作りたいと言っている。人がそういう身分や何かに左右されずに、自分の努力と能力とでちゃんと道を切り開ける世をな」
「えっ……。そうなの?」
 ユウナの脇にいた小さな少年が目を丸くして見上げてきた。他の子供たちも同様だ。ベータは不思議なほど屈託のない笑顔を浮かべてうなずいた。
「そうさ。だからお前らはそのだ。こいつがどこの誰だとしても、普通に対等に付き合えばいい。つまり、今まで通りにな。本当に尊敬に足るやつなら敬えばいいだろうし、そうでないならそれなりに。ま、要するにそういうことだな」
 言って軽く片目などつぶって見せている。
「…………」

(まったく……)

 アルファは頭を抱えてしまった。
 なんでそんなに楽しそうなんだ。
 どうでもいいが、皮肉まみれのそのにやついた顔、どうにかならないのか。

「そういうことだろう? 皇子サマ」
「え? あ、いや……」

 なんだか、だいぶ違うような気がするが。
 ともかくも、アルファはちょっとため息をつくと、ベータの頬を押し戻し、どうやら力の緩んだ彼の手を肩からぺいっと弾き飛ばして、にっこりと子供たちに笑って見せた。

「そういうことだよ。どうかお願いだから今までどおりに。ね? みんな」
「え? ほんとう……?」
「じゃ、じゃあ、アレックスって呼んでいいの……?」
「ああ、もちろん」
 小さな子供たちの目がきらきらと輝きはじめる。
「なんなら『タカアキラ』でも、別に私は構わないけどね」
「……!」
 途端、ユウナをはじめとする年嵩の子供たちがさっと顔色を変え、ぶんぶん首を横に振った。が、かれらのそれは杞憂に終わった。
 なぜなら子供たちは一点の曇りもない声ですぐにこう答えたからだ。

「ううん! やっぱり、アレックス!」
「うん、ぼくもアレックスがいいよ……!」
「アレックス、アレックス……!」
「お帰りなさい、アレックス……!」

 そこでやっと子供たちはいつもの澄んだ笑顔を取り戻し、先を争うようにしてアルファの腕の中に飛び込んできた。
 いつものように子供たちに取り囲まれ、もみくちゃにされて笑うアルファを、ベータは微苦笑を浮かべつつ、しばらくじっと見下ろしていた。が、やがて周囲をちらっと見ると、アルファの肩をちょいちょいとつついた。

「とりあえず先に、何か返事をしてやれよ。みなさん、お待ちかねみたいだぞ」
「え……?」

 見れば、先ほどまで久しぶりの家族の再会を喜んでいたエージェントたちが、しんとなって砂地に膝をつき、こちらに向かって低く頭を垂れていた。周囲の子供たちも親に倣ってその脇で同様にしている。タケルとカンナ兄妹の傍にいるのは、あの映像で見た燕の顔をもつ女性のようだ。
 アルファは子供たちの体から手をはなすと、困った顔になって立ち上がった。

「あ、……ええと。そういうことはよしにしてくれ」
「そういう訳には。殿下、このたびは、わたくしどもの家族をお救いいただき──」
 先頭に座った黒馬の顔をした男が重々しく続けようとするところを、アルファは慌てて両手で遮った。
「いやもう、本当に! こ、子供たちも、長旅でさぞや疲れているだろう。早く食事にして、寝かせてやらねば。さ、みんな立って立って。住居の方へ案内しよう」
「いえ、殿下。それでは……」
「ミミスリとザンギの奥方が、皆を迎える準備をしてくれているはずだ。この子供たちも一緒に、皆をもてなす料理を作ってくれたそうだよ」
「で、殿下──」
 なおも追いすがろうとする男の前でくるりと踵を返す。
「さあさあ、行こう。料理が冷めてしまっては一大事だ。皆のせっかくの歓迎の意を無にすることになってしまう。そうだろう? みんな」
「うん!」
「わたしも、いっぱいおてつだいしたよ!」
「早くみんなで食べようよ、アレックス!」
「ぼくもう、おなかぺっこぺこー!」

 あとはもう振り向きもせず、子供たちをつれて早足にぐんぐん歩く。
 すぐ後からついてくるベータの顔はきっととんでもなくにやついているに決まっていたが、アルファはもうそちらを振り向くことはしなかった。
 
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