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第四章 恩寵部隊
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しおりを挟む父への訪問を済ませたあと、アルファはまずベータとともにマサトビの大型宇宙艇に乗り、それをとある地方の山中へ隠しに行った。その上でベータの小型艇<ミーナ>を使い、スメラギの各所へ飛んだ。
「なんと……。そんなにも賛同してくれる者がいたとは」
事前に決めた定時連絡の時間になると、ザンギとミミスリからの通信が入る。使うのはベータ自慢の<ミーナ>による秘密回線だ。
すべてはミミスリとザンギの仕事の成否にかかっていると言って良かったが、アルファの心配に反して彼らは着々と賛同者を集めてくれているようだった。むしろ「願ってもないこと」と感謝感激する者も少なくないという。
つまり、皆それだけ、大切な家族を質にとられて遠方でひとり任務をこなすことに疲れ果てているということだろう。そのことは、それがいかに孤独で厳しい任務であるかを物語っているとも言える。
「有り難い限りだ。それもこれも、君たちの人徳と努力の賜物だね。感謝するよ、ザンギ、ミミスリ」
『いえ、殿下。すべては殿下の人望によるものです』
通信回線の向こうから、ザンギの堂々とした低い声が響く。
『ほとんどの諜報部員は、意外にも殿下とスメラギ皇家とのこれまでの経緯をよく存じておりました。中には例の大海戦時、その裏で殿下を陥れるべく働かされたと申す者までいる始末』
「なんだって──」
アルファは思わず息をのみ、隣のシートのベータを見た。彼の瞳がぎらっと光ったのが分かる。
『その件につきましては、その者みずから殿下にお話し申し上げる所存だとのことです。当人はその件について深い慚愧を抱えておりますれば、このたびのタカアキラ殿下のご生存とこれまでの顛末を聞き及び、殿下にもしお許しいただけるのであればぜひとも自分をその末席に加えて頂きたいと懇願して参りました』
「そ、そうなのか……」
「何よりだ。そいつから聞き出せることは大いに役に立ちそうだ」
横合いからベータがさらりと口を出す。「ああ、また悪い顔をしているな」とアルファはひそかに苦笑した。
そうこうするうち、あっという間に連絡の時間は終わってしまった。
『それでは、また次の連絡時に──』
「ああ。くれぐれも気を付けてな、ザンギ。ミミスリ」
定時の通信が途絶え、<ミーナ>のコクピットに沈黙がおりる。
ここまででザンギやベータから聞かされた話によると、エージェントの家族たちは互いの在所が分からないようにされた上で普段は庶民と同じ生活をしているらしい。もちろん、自分の身分を周囲の人々に明かすことは厳禁である。そんなことをすれば仕官している方の家族の命はない。
ほかの庶民あがりの武官らと同じように、かれらの夫(もちろん妻の場合もある)は仕官して遠くの地域で働いているのだと、飽くまでもそういう体で暮らすようにと宮廷から命ぜられているのだった。
と、不意に隣からベータが吐き捨てるようにつぶやいたのが聞こえた。
「つまり、互いが互いの人質というわけだ。最悪だな」
「…………」
アルファは何も答えられなかった。
そうして沈黙したまま、コクピットの窓ごしに眼下に迫る山々のほうをじっと見やった。
◆◆◆
夕刻になるのを待ち、旅装に変わって<ミーナ>をとある山林の中に隠すと、二人は山の尾根伝いにゆっくりと目的の谷を目指した。すでにベータとザンギによって調べのついているエージェントの家族の在所を回って、彼らに接触することになっているのだ。
今、アルファとベータは都から数百キロ離れたとある山地にやってきている。二人とも庶民のよく着るような粗目の麻の水干姿だ。ベータは少し長めの黒髪を適当に後ろでたばねたのみで素顔を晒しているが、アルファは「その顔では絶対にまずい」というベータの強硬な意見を受けて薄いマスクを着用している。
以前のような獣の顔になるのではなく、それはまさに人が他人の顔になるための精巧なマスクだった。獣のものほど性能は多くないけれども、こまかな表情まで再現できる優れものだ。今回は素顔を隠すことが最大の目的であるということで、いまのアルファはどこからどう見ても平凡なそこいらの庶民の青年でしかない姿になっている。
周囲はまだ冬枯れた灰緑色の山々だ。都ではすでに藤の花さく季節であるが、緯度の高い寒冷な地方にあっては春はまだまだ遠いのである。冬に大雪が降るというこの地方では、ちらほらと見える桜の枝についた蕾もまだ茶色く、固く閉じたその衣を冷たい夕刻の風になぶらせていた。
アルファとベータは薄手のしなびた水干を身にまとい、旅の者らしい風体でそれぞれに背負子を負っている。
そんな姿で二人してごろごろとした石ころと土がむきだしの農道をゆっくりと歩いて行くと、やがて山の谷あいにちいさく村が見えはじめた。
急な斜面にへばりつくようにして作られた村。その周囲に、豆や穀物の畑が細くだんだんに刻まれている。
(ああ。貧しいのだな……ここも)
これまでにも何度か見かけてきた、何となく閑散と立ち枯れたような村の様子を見て、アルファの胸はまたふさいだ。
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