星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
131 / 191
第四章 恩寵部隊

しおりを挟む

 父への訪問を済ませたあと、アルファはまずベータとともにマサトビの大型宇宙艇に乗り、それをとある地方の山中へ隠しに行った。その上でベータの小型艇<ミーナ>を使い、スメラギの各所へ飛んだ。

「なんと……。そんなにも賛同してくれる者がいたとは」

 事前に決めた定時連絡の時間になると、ザンギとミミスリからの通信が入る。使うのはベータ自慢の<ミーナ>による秘密回線だ。
 すべてはミミスリとザンギの仕事の成否にかかっていると言って良かったが、アルファの心配に反して彼らは着々と賛同者を集めてくれているようだった。むしろ「願ってもないこと」と感謝感激する者も少なくないという。
 つまり、皆それだけ、大切な家族を質にとられて遠方でひとり任務をこなすことに疲れ果てているということだろう。そのことは、それがいかに孤独で厳しい任務であるかを物語っているとも言える。

「有り難い限りだ。それもこれも、君たちの人徳と努力の賜物だね。感謝するよ、ザンギ、ミミスリ」
『いえ、殿下。すべては殿下の人望によるものです』

 通信回線の向こうから、ザンギの堂々とした低い声が響く。

『ほとんどの諜報部員は、意外にも殿下とスメラギ皇家とのこれまでの経緯いきさつをよく存じておりました。中には例の大海戦時、その裏で殿下を陥れるべく働かされたと申す者までいる始末』
「なんだって──」

 アルファは思わず息をのみ、隣のシートのベータを見た。彼の瞳がぎらっと光ったのが分かる。

『その件につきましては、その者みずから殿下にお話し申し上げる所存だとのことです。当人はその件について深い慚愧ざんきを抱えておりますれば、このたびのタカアキラ殿下のご生存とこれまでの顛末を聞き及び、殿下にもしお許しいただけるのであればぜひとも自分をその末席に加えて頂きたいと懇願して参りました』
「そ、そうなのか……」
「何よりだ。そいつから聞き出せることは大いに役に立ちそうだ」

 横合いからベータがさらりと口を出す。「ああ、また悪い顔をしているな」とアルファはひそかに苦笑した。
 そうこうするうち、あっという間に連絡の時間は終わってしまった。

『それでは、また次の連絡時に──』
「ああ。くれぐれも気を付けてな、ザンギ。ミミスリ」

 定時の通信が途絶え、<ミーナ>のコクピットに沈黙がおりる。
 ここまででザンギやベータから聞かされた話によると、エージェントの家族たちは互いの在所が分からないようにされた上で普段は庶民と同じ生活をしているらしい。もちろん、自分の身分を周囲の人々に明かすことは厳禁である。そんなことをすれば仕官している方の家族の命はない。
 ほかの庶民あがりの武官らと同じように、かれらの夫(もちろん妻の場合もある)は仕官して遠くの地域で働いているのだと、飽くまでもそういうていで暮らすようにと宮廷から命ぜられているのだった。
 と、不意に隣からベータが吐き捨てるようにつぶやいたのが聞こえた。

「つまり、互いが互いの人質というわけだ。最悪だな」
「…………」

 アルファは何も答えられなかった。
 そうして沈黙したまま、コクピットの窓ごしに眼下に迫る山々のほうをじっと見やった。



◆◆◆



 夕刻になるのを待ち、旅装に変わって<ミーナ>をとある山林の中に隠すと、二人は山の尾根伝いにゆっくりと目的の谷を目指した。すでにベータとザンギによって調べのついているエージェントの家族の在所を回って、彼らに接触することになっているのだ。

 今、アルファとベータは都から数百キロ離れたとある山地にやってきている。二人とも庶民のよく着るような粗目の麻の水干姿だ。ベータは少し長めの黒髪を適当に後ろでたばねたのみで素顔を晒しているが、アルファは「その顔では絶対にまずい」というベータの強硬な意見を受けて薄いマスクを着用している。
 以前のような獣の顔になるのではなく、それはまさに人が他人の顔になるための精巧なマスクだった。獣のものほど性能は多くないけれども、こまかな表情まで再現できる優れものだ。今回は素顔を隠すことが最大の目的であるということで、いまのアルファはどこからどう見ても平凡なそこいらの庶民の青年でしかない姿になっている。

 周囲はまだ冬枯れた灰緑色の山々だ。都ではすでに藤の花さく季節であるが、緯度の高い寒冷な地方にあっては春はまだまだ遠いのである。冬に大雪が降るというこの地方では、ちらほらと見える桜の枝についた蕾もまだ茶色く、固く閉じたその衣を冷たい夕刻の風になぶらせていた。
 アルファとベータは薄手のしなびた水干を身にまとい、旅の者らしい風体でそれぞれに背負子しょいこを負っている。
 そんな姿で二人してごろごろとした石ころと土がむきだしの農道をゆっくりと歩いて行くと、やがて山の谷あいにちいさく村が見えはじめた。
 急な斜面にへばりつくようにして作られた村。その周囲に、豆や穀物の畑が細くだんだんに刻まれている。

(ああ。貧しいのだな……ここも)

 これまでにも何度か見かけてきた、何となく閑散と立ち枯れたような村の様子を見て、アルファの胸はまたふさいだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます

はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。 果たして恋人とはどうなるのか? 主人公 佐藤雪…高校2年生  攻め1 西山慎二…高校2年生 攻め2 七瀬亮…高校2年生 攻め3 西山健斗…中学2年生 初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!

コンサル上手なΩの伴侶が有能過ぎて尻に敷かれそうです

天汐香弓
BL
βだと思っていた優は検査でΩだと告げられてしまう。病院の帰り道助けてくれた男と触れた瞬間雷に打たれたような衝撃が走り逃げ出すが、数日後、鷹臣財閥の子息が優を迎えにやってくる。運命の番である優を手にいれた鷹臣は優をふさわしい立場にするため手を焼く。ただαに依存するだけではない優は鷹臣の気遣いを逆手に社交界だけでなく……

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

渇望の檻

凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。 しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。 支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。 一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。 外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。 ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?

こんな異世界望んでません!

アオネコさん
BL
突然異世界に飛ばされてしまった高校生の黒石勇人(くろいしゆうと) ハーレムでキャッキャウフフを目指す勇人だったがこの世界はそんな世界では無かった…(ホラーではありません) 現在不定期更新になっています。(new) 主人公総受けです 色んな攻め要員います 人外いますし人の形してない攻め要員もいます 変態注意報が発令されてます BLですがファンタジー色強めです 女性は少ないですが出てくると思います 注)性描写などのある話には☆マークを付けます 無理矢理などの描写あり 男性の妊娠表現などあるかも グロ表記あり 奴隷表記あり 四肢切断表現あり 内容変更有り 作者は文才をどこかに置いてきてしまったのであしからず…現在捜索中です 誤字脱字など見かけましたら作者にお伝えくださいませ…お願いします 2023.色々修正中

敗者は勝者に辱められ性処理道具と化す -体育会サッカー部vsサッカーサークルの試合結果の行方は…-

藤咲レン
BL
ひょんなことから同じ大学にあり体育会に所属するサッカー部と同好会扱いのサッカーサークルが試合をすることになり、まさかの体育会サッカー部が敗北。それにより体育会サッカー部のキャプテンを務めるリョウスケを含め部員たちは、サークルのキャプテンを務めるユウマたちから辱めを受けることになる。試合後のプレイ内容というのは・・・・。 あとがき:前半は勝者×敗者によるエロ要素満載、最後はちょっと甘々なBLとなっています。

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

処理中です...