星のオーファン

るなかふぇ

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第三章 潜入

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「……で、そちらの御仁ごじんは」
「は。紹介が遅れまして申し訳ございません」

 父の言葉と目線の在処ありかに気が付いて、アルファは慌てて紹介した。

「こちらはベータと申す者で、わたくしの命の恩人にございます。この度、とある場所に囚われておりましたわたくしを、危険を冒して救い出してくれた者にございます」

 それを受けて、ベータが父に向かって「よろしく」とばかりにごく軽い会釈をした。それはまことにささやかな一礼で、もしここにミカドの忠実な臣下がいれば「一国の王に対して何事ぞ」となじられるは必定だったろう。が、ミカドは一切関知しないご様子だった。

「そうか……それは。まことに、有難きことをして頂いた。わが子タカアキラをお救いいただき、心より感謝申し上げる」

 父はその言葉どおり、ただただ感謝をこめてベータに向かって頭を下げた。
 が、対するベータの目の中にあるものは「こいつがスメラギの王、ミカドか」というような、ごく冷ややかなものでしかないようだった。

(ベータ……)

 彼のし方を思えば無理もないこととは言え、アルファはちょっと冷や冷やした。いかに温順なマサトビでも、「そこまでは無礼であろう」と言い出さないかと心配したのだ。が、当のマサトビには先日以来なにか思うところでもあるのか、特に何も言いはしなかった。
 ともかくも、アルファは時々ベータの助けを借りながらここまでの顛末とこれから自分たちが為そうとしている計画の概要についてなるべく簡潔に父に語って聞かせた。
 自分がゴブサムに囚われてどんな目に遭っていたかまでを詳細に語ることだけは慎重に避けたけれども、話がそのあたりまでくると、父はさっと青ざめたようだった。

「なんと……。タカアキラ、そなた……さぞや、さぞや……言うに言われぬ辛酸を舐めたのであろうな……。それでも、よくぞ──」

 それ以上は言葉にもならず、父はうなだれて口元を覆い、嗚咽をかみ殺すようにした。恐らくそれだけのことでも、父は多くのことを察したのに違いなかった。
 父とて、それまで知らされていなかった<燕の巣>の子らの消息について今では正確に知っている。純血の人間型ヒューマノイドであるスメラギの若き皇子がそうした者の手に落ちてどうなるかは、十分に想像されたようだった。

「すまぬ……。すまぬな。余がもう少し、そなたらの役に立つ<恩寵>もちであったなら──」

 それがあのナガアキラの強力な<恩寵>に対抗できるほどのものであったら、ここまであの長男に政権を好きにされてはいなかったものを。と、つまり父が言いたいのはそういうことであるようだった。

「不甲斐なき父をどうか、許して欲しい……」
「いえ、父上様。そのことはもう──」

 すべては終わったこと。過去のことだ。
 起こってしまったことは今更、何をどうすることも叶わない。
 すでにけがれてしまったこの身を清めることも。
 それならば、自分はせめても未来を見なければ。これから生まれてくる子らと、すでに生まれてしまった子らとの未来を守ることを考えねば。

 淡々とそう申し上げれば、父はまたぐっと喉を詰まらせるようにされた。傍で聞いているマサトビはまた泣きむせびはじめ、必死に唇を噛んでいる。
 ちらりと見れば、あのベータでさえも何故かその瞳を曇らせて、眉間に皺を立てていた。
 


◆◆◆



 一連の話を聞き終えて、アルファの父、ミカドたるモトアキラは痩せた顔で静かにうなずいた。

「……話は分かった。余もできるかぎり、そなたらの力になりたく思う。今後はなにくれとなくこの父を頼って欲しい」
「それでは、お言葉に甘えて少々質問したいことがあるんだが」

 アルファが返事をするいとまなどあらばこそ。間髪入れずにそう言ったのはもちろんベータだ。マサトビはぎょっと目を剥き、アルファでさえも一瞬、言葉を失った。
 いかに彼がこのスメラギの臣民ではないとは言え、この口のきき方はひどすぎる。が、父は別に意に介する風もなく淡々と「申してみよ」とそれに応じた。
 ベータは少し目を動かすと、困り果てた顔になったマサトビとアルファをちらりと見比べるようにした。そうしてごく軽くため息をつくと、再び父に向かって口を開いた。

「タカアキラ殿下をしいし奉ろうとした一派の件です。陛下にはその黒幕どもについて、なにかお心当たり等々はおありでしょうか」
 なんと、口調が少しマシになっている。

(……なんだ。ちゃんと喋れるんじゃないか)

 やろうと思えばできるくせに、敢えてしない。それがまあ、この男の「外連けれんの鬼」たる所以ゆえんではあるが。
 できるのだったら、初めからそうしておけばよいものを。
 アルファはほとほと呆れつつ、続く彼の言を待った。

「陛下のお耳には、なにか情報は入っておりませんか。こちらは一応、最終的に命令を下した連中、二、三名の名には行きあたっているのですが」
「なに、まことか」

 ミカドは驚いたように目を見開くと、少しベータに向かって上体を乗り出した。

「そやつの名は」
「コレチカ。フクトミ。イイザネ。この三名です。いずれも日頃より宮中に参内する大臣おとどどもでありましょう」
「なんと……。その通りだ。しかし──」
彼奴きやつらには、さらにその上に命令者がいるはずです。その者に心当たりは」
「いや、待て。その上、ということになればもう──」

 父はすうっと顔色を失くして、困ったようにアルファを見た。

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