星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 契約

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 つづいてザンギはその猛々しい目をぎろりと自分の同僚に向けた。
「ミミスリ、お前もだ。おぬしは病み上がりではないか。いまだ体力も十分に戻ってはいまい。殿下はお前を心より案じておられるのだ。そのお気持ちがなぜわからぬ」
「ザンギ! しかしッ……!」
 ミミスリがバッと顔をあげる。その狼としての目は怒りとも悲しみともつかぬものがあふれて揺れていた。

(ミミスリ……)

 なにやらもはや一触即発の様相である。アルファはハラハラした。
 放っておいたらこの二人、このまま目の前で殴り合いでも始めそうな勢いだ。
 こうなることはある程度予想の範囲内ではあったけれども、アルファは思わず隣にいるベータと目を見かわしてしまった。
 あちらはあちらで、それぞれの妻たる人が心配げな瞳をして己が夫や息子とアルファたちに交互に視線を投げている。

「いや。ちょっと待ってくれ。二人とも、どうか落ち着いて」

 目の前でギリギリと奥歯を軋らせるようにしてにらみ合っている二人の男に、アルファはなんとなく肩を落としながら声を掛けた。この二人がひとたび何か言いだしたら、それはそうそう覆えらない。そのことは以前から、アルファも十分に身に染みている。

(さて、どうするか──)

 少しは関わってくれてもよさそうなものなのに、ベータはと言うとさっきから完全にとぼけた顔で、面倒臭そうに顎の下など掻きながら「我関せず」のていを貫いている。

(どうしてそんな顔ができるんだ、この男──)

 アルファはついつい、恨めしい気持ちになる。なるがとりあえずは自分を叱咤し、また目の前の二人に向き直った。
「済まない、ミミスリ。申し訳ないがザンギの言う通りだと思う。もちろん申し出は嬉しいのだけれど、君はまだ以前の通りに働くというわけには行かないだろう?」
「そ、……それは」

 ミミスリは一瞬だけ、そのふかふかの耳をちょっとしおたれさせて言いよどんだ。しかし、またくわっと両眼を怒らせて顔を上げた。

「な、なれど……! 自分にも一応、この<恩寵>がございますれば。必ずや殿下のお役に立てるものと存じまする。決して邪魔になどなりませぬ。少なくとも、皆々様の足手まといにだけはなりませぬッ! もしも万が一、そのような事態になりますれば、どうぞその場にお見捨ておきくだされば結構にございますゆえ……!」
「いや、ミミスリ──」

 その途端、彼の隣に座る奥方のキキョウがさあっと青ざめたのを見て、アルファはもう気が気でなかった。彼女は今にも倒れそうに見えた。だが、ミミスリは構わず言葉を続けている。
「ですからどうか、自分だけを置いて行かれるなどとはおっしゃらないでくださいませ。殿下、どうか、この通りにございます。どうか、どうかッ……!」
 ミミスリはもう床に頭をこすりつけんばかりだ。奥方がその隣でさらに小さくなる。
 
 と、その時だった。

「あー。ちょっといいか。提案があるんだが」

 ついにようやく、ここまで沈黙を守っていたベータが声を発した。
 それでも相変わらずこの男はただひたすらに面倒くさそうだ。学校などで生徒が発言前にそうするように、軽く片手など挙げている。これはあれだろうか。自分が「はい、ベータ君」などと指名せねばならないのだろうか。
 が、ベータはそんなものは待たず、勝手に発言を始めていた。

「別に、あれだろう。<恩寵>もちのスメラギのエージェントは、なにもあんたらだけじゃないんだろう?」
「それは……そうだ」
 答えたのはザンギ。「全部でどのぐらいがスメラギに仕えているかは知らんが、恐らく百名は下るまい」
「なら、ほかの奴らやその伴侶、それに子供なんかも今現在、ヤマトたちと似たり寄ったりの状況だということじゃないのか」
「ああ……それは。状況は様々だろうが、まあ恐らくは」
 今度はミミスリ。「我ら<燕の巣>の出身者は、同じ時期にあそこで生まれた者以外、お互いほとんど親交がない。その時その時で与えられた職務をこなすが、いつも同じ面子メンツであるとも限らん。勝手に互いの連絡先などを交換することは厳に禁じられてもいたしな」
 ふたたびザンギがそれを受けた。
「左様。事実、自分とミミスリも殿下の護衛についたあの日が初見だった」
 ミミスリが「その通り」とばかりに無言でうなずく。
「なるほどな」
 ベータがすべてわかったような顔でにやりと笑った。そうして腕を組んだまま、片手の指をひょいと立てた。

「さて、ここからが提案だ。大事な奥方やらダンナやら子供やらの命を質に取られてスメラギのもとで働かされている<恩寵>もちが、少なくともこの宇宙に百人はいる。そいつらの能力、こいつが非常に勿体ない。というか、最低でも敵には回したくない。そうは思わんか? あんたたち」
「え……?」
 きょとんとした一同を見回して、ベータは口角をさらに引き上げた。
「俺は思うぞ。大いにな」
「ベータ、何を──」
 ぽかんと目を丸くしてしまったアルファを余所よそに、ベータはゆっくりと部屋の中を歩き回りながら先を続けた。
「つまり、こうだ。そんな非道な鎖でつないで働かされている<恩寵もち>に、まことにスメラギへの忠誠心があると思うか?」
 そこでベータは言葉を切って、再びぐるりと室内の面々を見渡した。

「……『いな』、というのが俺の意見だ。当事者であるあんたらの意見はどうだ?」
 今は黒いその瞳が、ぐいとミミスリとザンギを見る。
「む。……それは」
 見つめられた二人の武人は顔を見合わせ、図ったかのように沈黙してしまった。
 ベータの皮肉げな笑みが深くなった。
「そうだ。あんたらがいい例なのさ。奴らには別に、純粋なスメラギへの忠誠心があるわけじゃない。ただただ、家族が大事なだけだ。大事な連れ合いや子供らの命を盾にとられて、しかたなく働いている。それだけだ。……実際、なにかのミスでもして家族をスメラギに殺されたやつらはその傘下から離れていってる。つまり、逃亡だな。俺はたぶん、そういう奴を一人知ってる」
「…………」
 ザンギがふと、何かに思い至ったかのようにじっとベータを見つめたようだった。アルファ自身もなんとなく、ベータの言わんとする人物を知っているような気がした。

「……だから」
 ベータは持ち上げた指をぴたりと止めると、まっすぐにアルファを見た。
「まずはそいつらの家族を救出する。そのままここにつれて来るのもありだろう。今の俺たちならそれが可能だ。その上で、<恩寵>もちのご当人の意思を尋ねる。つまり『こちら側』にくみする意思があるやなしやをな」

 食堂は今や、しんとしている。
 ベータ以外に声を発する者はない。
 外では再び、遠慮がちに虫の声が聞こえはじめた。

「逃げたい奴ももちろんいるだろう。それはまあ、それでいい。家族と一緒にどこぞの辺境へでも逃がしてやればな。とは言えそのままこの企みの情報をもってスメラギに通じようとする奴がいる可能性もなきにしもあらず。だから事前の人選と口止めには工夫がいる。そこでおっさんたちの出番というわけだ」
「ふむ……」
「なるほど」
 答えたのはザンギとミミスリだ。
「この一件が先にスメラギに漏れたのでは本末転倒、ということか」
「ゆえに我らの目でまず相手の為人ひととなりを見極めよと──」
 ベータが「しかり」とばかりにうなずいた。
「しかし、裏切りは多くはないだろう。恐らく俺たちに同調する<恩寵もち>のほうがはるかに多いと俺は見ている」
「ベータ、それは──」
 アルファは驚きすぎてしまって、それ以上を言えなかった。

「そいつらを集めて、お前にくみする『恩寵部隊』とでもいったものを組織する。もちろん秘密裡にだ。当然だな」

 食堂はふたたび、しんとした。
 アルファには自分の鼓動だけが、どくん、どくんと聞こえる気がした。
 やがてベータは満面の笑みを湛えて面白そうにミミスリを見た。

「と、いうことで、必然的に人手がいる。二、三人でこの仕事は到底無理だ。相手の人選についても、鷲のおっさん一人では手が足りるまい」
「……つ、つまり──」

 呆然と見上げてくる狼顔の男を見下ろして、ベータはくはは、と軽く笑った。そうしてミミスリの目の前に片膝をつくと、まっすぐに彼の赤褐色の瞳を覗き込んだ。

「泣くなおっさん。あんたにも、これからイヤというほど働いてもらうということさ」
「……!」

 そのとき。
 このたび再会してから初めて、ミミスリの尻から生えたふさふさなもの、アルファが昔から大好きなそのふさふさなものが、ぱたぱたっと嬉しげにはねまくった。

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