星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 契約

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「だって、そうだろう? 。これ以上、巻き込むわけにはいかないよ」

 もちろん、そう言ったのは故意だった。
 本当はアルファだって知っている。彼があのスメラギに関係のある、いやありすぎるほどある人だということは。しかし、それはアルファが<感応>の力を使って彼の心を勝手に覗いて知りえたことだ。彼の口からは飽くまでも「俺は単なる先祖返りをした人間型ヒューマノイドだ」と語られているだけなのだから。

「ここまでは、やむなく手伝ってもらってしまったけれど。それは私の力不足によるものだ。本当に済まないと思ってる。そして、心から感謝している。でも……」
 アルファはそこで、ほんのわずかに言いよどんだ。
「もう、いいんだ。君は、君の住むべき場所に戻ってくれ」
「…………」

 男は相変わらず、気味が悪いぐらいに沈黙を続けている。その瞳は気のせいか、先ほどよりもさらに鋭い光を放ってるようだった。黒くて吸い込まれそうな深い瞳が、なんだか怖いようだった。
 アルファは自分の胸がわけもなくとくとくと鳴りはじめるのを意識したが、ぐっとこらえて言葉をつづけた。
「もちろん、ここまでの報酬は支払うよ。だけど正直、これ以上手伝ってもらっても私には君に支払うべきものがない。君の技術や能力に見合うような、十分な見返りなんかは支払えないんだ。……だから」

 いや、そうじゃない。
 そうではなかった。
 支払い能力云々は事実だとしても、それがこのことの本当の理由ではない。
 これ以上、自分のするべきスメラギでの戦いに彼を巻き込みたくなかった。本来彼は、自分と兄、両陣営のどちらにくみするのもおかしな立場にいる人だ。彼はスメラギの皇族と貴族たちのすべてを憎んでいるのだから。それこそ、互いが互いを食い合って共倒れになれば嬉しいぐらいのことで、どちらか一方に加担して働く立場にはそもそもない人なのだ。

(それは……私だって)

 本音を言えば、もちろん彼とは一緒にいたい。いたいが、こんなことに彼を巻き込んで、それでもしも彼の身に何かがあったら。
 それはきっと、自分は耐えられないだろうと思うのだ。
 ……本当に、それだけだった。

 と、いきなり地の底から聞こえるかのような低い声が耳朶を打った。
「あいつらが、戻ったからか」
「え? ……うわっ!」
 ダン、と耳のあたりに腕を出されて驚いた。気が付けばアルファの背中は背後にあった桜の木の幹に押し付けられていて、ベータはアルファの顔の横に片腕をつき、そこに追い詰めるようにしていた。
「ベ──」
「臣下のあいつらがお前の元に戻ってきたから、もう俺なんぞは必要ないと?」
「い、……いや。そういうことじゃなく──」

 が、ベータはアルファの返事など聞いてもいないようだった。その声が、ひと言ひと言いうたびにどんどん怒りによじれていく。
「まずい」とは思ったが、もうあとの祭りだった。
 そもそもアルファには、それでどうしてベータがそこまで腹を立てるのかが分からなかった。

「さすがは皇子殿下だな。勝手なもんだ。利用価値を失ったら早々にポイってわけか」
「ち、ちが──」
「それはそうだな。確かに、俺をまともに雇えば高価たかいさ。こんな仕事内容で俺と普通に契約すれば、もちろん莫大な金がかかる。すでに忠実で腕のいい臣下がいるのにわざわざそれを支払うなんぞ、いかにも勿体ない話だろうよ。金勘定としては間違ってない」
「そ、……そんな」
「で、ていのいいお払い箱か。……俺も随分と舐められたもんだな、ああ?」
 さすがに「お払い箱」はひどい。アルファの胸はきりきり痛んだ。
「いや……だから。私には、君に支払うものが何も──」

 言いかけたところを、あっというまに口を塞がれて黙らされた。ベータの唇が、いつかのようにまた噛みつくようにしてアルファの唇を奪っていた。

「んっ……! んんんっ!」

 アルファはじたばたもがいたが、ベータの人ならざる左腕の力は凄まじいもので、いつのまにやらこちらの両腕をその腕一本で抑え込んでいる。すでに足の間に腰をねじ込まれた体勢で、そのままもう片方の手でアルファの顎をがっちりつかみ、思うさま舌を絡められた。

「あっ……んう……っ」

 舌を吸い上げられる。上顎を舐められる。ベータの舌は巧みすぎた。
 深くて激しいキスに翻弄されて、いつしかアルファはぼうっとなり、無意識に体の力を抜いていた。気が付けば自分から、一心に彼の舌に応えている。
 くちゅくちゅと夜闇の中にふたりで立てる艶めいた水音が響いた。

 やがてひとしきり口づけが終わると、ベータは熱い吐息を流し込むようにしてアルファの耳に囁いた。
「『支払うモノ』なら、あるだろうが」
「え……?」
 ベータのその声は相変わらず皮肉げで、まだ十分に怒りを乗せているようだった。
「お前、相変わらず自分の価値がわかってない。あの蜥蜴野郎にあれだけされて、まだわからんとは笑わせる」
「な……」

 その名を聞いて、アルファはさっと血の気がひいた。
 どういう意味だ。この男、何が言いたい……?

「俺の情報網を甘く見るなよ、皇子様」
「…………」
「クソ真面目なだけのお前の臣下どもより、俺はよほど多くの情報を握ってるぞ。皇家の裏側。だれとだれがつながっていて、どの家とどの家が反目しあっているか。あっちの大臣の弱みはなんで、こっちの大臣の弱みは何か。要するに、奴らの『アキレスのかかと』というやつだ。そいつを俺は握ってる」
「…………」
「まあ、別にこれはあの鷲男や狼男の罪じゃあないさ。なんのかの言ってもあいつらは、皇家内部の機密事項からは離れたところで飼われてたんだ。もちろん、重臣どもの意図によってな。俺は奴らがそうやって女子供を質にとられ、宇宙の果てで働かされている間、何年もかかってあの皇家の情報を集めてきた。……それがどういうことだかわかるか?」

 自分と彼の唾液にまだ濡れて光っているその唇で、まるで剣を紡ぐかのようにして男がしゃべり続けている。アルファはまたそこに吸いつきたくなっている己を自覚しながら、ぼんやりと彼の言を聞き続けていた。

「なんでもそうだが、『情報は力』だ。これがお前とお前の兄貴との命がけの戦いだというのなら、それが、それこそが貴様の生命線だぞ」
「…………」

「だから」

 と、男は言った。
 なにか、嘲笑うような声だった。
 そうして大きく息を吸い込むと、一気に言った。

「……俺を買えよ。皇子さま」

 そしてさらに、凶悪なまでの笑みを浮かべてこう言った。

、俺を買え」

(……!)

 アルファは瞠目した。
 そして、我が耳を疑った。

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