116 / 191
第一章 スメラギの少女
4
しおりを挟む大きな月が中天にかかる夜だった。
その夜、スズナたちの住む小さな小屋に、三人の男が訪ねてきた。
本来であればあの声が言う通り、この小屋を訪れる者たちは「監視者」たちの許可を得ている者か、あの作業場に関係する普通の村人などしかいなかった。しかし、声の主の言った通り、彼らはその監視の目をくぐりぬけて易々とこの場所にたどり着いたのだ。
あとでわかったが、すでに事前にこの場所については調査済みだったということらしい。
母キキョウは、帰宅するとすぐに床にいる父の世話をするふりをしてその耳に口を寄せ、このことを小声で告げた。父は大きく目を見開いて、ひどく驚いた様子だった。しかし用心深くわずかに頷いただけで、何も言いはしなかった。
例の声が言うところによれば、この小屋自体も普段から監視や盗聴をされているらしい。用心にこしたことはないのだった。
あの声と約束をしていた通り、スズナたちは厠を使うふりをして夜中に小屋の戸を開けた。父の介助をしなくてはならないため、このときには普段から戸を長いこと開けておくことが多い。だから不自然には見えないはずだった。
男たちはそのわずかな時間を使ってそこから小屋の中に入ったらしい。しかし、彼らの姿はまったく見えず、足音すらも聞こえなかった。
いつもどおりに用を済ませて小屋に戻ると、突然周囲の様子が変わった。
(えっ……?)
スズナは息をのんだ。
いや、何が変わったのかを説明するのは難しい。でも、確かに変わったのだ。
その変化が起こるとすぐ、自分たちの暮らす小さなみすぼらしい住居に三人の見慣れない人が座っているのが見えるようになった。灯火なんて買う余裕のないスズナの家だ。いつもなら戸を閉じてしまえば真っ暗になるはずなのに、男たちの周りだけがぼうっと明るくなっていた。なんだか幽霊でも現れたかのようだった。
わかっていたのに、スズナは思わず「きゃっ」と声を立ててしまって、慌てて両手で自分の口をふさいだ。
「ああ、大丈夫。もう君たちの声は監視者たちには届かなくなっているから。向こうにはいつも通り、君たちが床に入っている映像が流されている。だからもう、安心して普通に話をしてくれていいからね」
(ああ、このひと──)
スズナにはすぐに分かった。その優しい声音と物腰のひとが、昼間に自分に声を掛けてきた人だということが。そうして、あまりじっと見てはいけないことはわかっていたのに、どうしても目をはなすことができなくなってしまった。
艶やかな黒い瞳と黒髪をしたその青年は、信じられないぐらいきれいだった。美しくあでやかな都の貴族の女の人にだって、こんなにきれいな人はいないだろうと思うぐらいに。
(タカアキラさま……。そうなのね)
そう思ったら、スズナの足は震えてきた。
彼を挟むようにして、同じような体格のもっと精悍な風貌をした青年と、鷲の顔をした非常に大きな体の男も座っている。三人とも、この界隈で目立たないようにするためか質素な麻の水干姿だ。
「殿下……。殿下ッ……!」
父が呻くようにそう叫んで地面にはいつくばり、必死にそちらへ這い寄った。母が慌ててそれを助けるように父の脇に膝をつく。
「殿下……よくぞ、よくぞご無事で……!」
あとはもう、さすがの父も涙をこらえるのに苦労しているようだった。うまく座れない姿勢ながら、それでも床に手をついて頭を地面にこすりつけるようにしている。
「その節は、まことに……まことに、申し訳もなきことを──」
声はそこで詰まって、もう言葉にもならない様子だ。
それを見た青年は、とても悲しそうな顔で少し笑った。
「ミミスリ……。どうか、顔を上げてくれ」
その声はやっぱり優しくて、微塵も父を責める風ではなかった。そんな声で自分の名を呼ばれたら、だれだってきっと嬉しくなってしまうだろう。本当にそんな声だと思った。
「そなたもよくぞ、生きていてくれた。とんでもないよ。その節は本当にありがとう。あれがあの時、君にできたぎりぎりの選択だったことはよく分かっている。君がああしてくれなかったら、私はきっと、今ここにこうしていることは叶わなかったに違いない」
「とんでもない……。自分ごときに、そのような──」
「いいや。むしろ、君には礼を言わねばならないよ。まことに、君には感謝している。本当に本当に、ありがとう……」
「も、もったいなきことにございます……」
父の言葉が嗚咽に沈む。
その肩が震えているのを見て、スズナまで胸が痛くなるほどだった。それではじめて、スズナにも何となくわかった。父が何年もの間、この殿下のことについて深く悔恨してきたのだろうということが。
父は喘ぐようにしながら顔をあげ、今度は皇子の隣にいる鷲顔の男のほうを見た。
「ザンギ、お前も……。よくぞ、よくぞ無事で──」
相手の男が重々しくうなずいた。
「ああ。まあ、どうにかな」
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます
はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。
果たして恋人とはどうなるのか?
主人公 佐藤雪…高校2年生
攻め1 西山慎二…高校2年生
攻め2 七瀬亮…高校2年生
攻め3 西山健斗…中学2年生
初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
渇望の檻
凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。
しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。
支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。
一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。
外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。
ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】
華周夏
BL
かつての恋を彼は忘れている。運命は、あるのか。繋がった赤い糸。ほどけてしまった赤い糸。繋ぎ直した赤い糸。切れてしまった赤い糸──。その先は?糸ごと君を抱きしめればいい。宿命に翻弄される神の子と、眷属の恋物語【*マークはちょっとHです】
キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。
専業種夫
カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる