星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 スメラギの少女

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 大きな月が中天にかかる夜だった。
 その夜、スズナたちの住む小さな小屋に、三人の男が訪ねてきた。
 本来であればあの声が言う通り、この小屋を訪れる者たちは「監視者」たちの許可を得ている者か、あの作業場に関係する普通の村人などしかいなかった。しかし、声の主の言った通り、彼らはその監視の目をくぐりぬけて易々とこの場所にたどり着いたのだ。
 あとでわかったが、すでに事前にこの場所については調査済みだったということらしい。

 母キキョウは、帰宅するとすぐにとこにいる父の世話をするふりをしてその耳に口を寄せ、このことを小声で告げた。父は大きく目を見開いて、ひどく驚いた様子だった。しかし用心深くわずかに頷いただけで、何も言いはしなかった。
 例の声が言うところによれば、この小屋自体も普段から監視や盗聴をされているらしい。用心にこしたことはないのだった。

 あの声と約束をしていた通り、スズナたちはかわやを使うふりをして夜中に小屋の戸を開けた。父の介助をしなくてはならないため、このときには普段から戸を長いこと開けておくことが多い。だから不自然には見えないはずだった。
 男たちはそのわずかな時間を使ってそこから小屋の中に入ったらしい。しかし、彼らの姿はまったく見えず、足音すらも聞こえなかった。
 いつもどおりに用を済ませて小屋に戻ると、突然周囲の様子が変わった。

(えっ……?)

 スズナは息をのんだ。
 いや、何が変わったのかを説明するのは難しい。でも、確かに変わったのだ。
 その変化が起こるとすぐ、自分たちの暮らす小さなみすぼらしい住居に三人の見慣れない人が座っているのが見えるようになった。灯火なんて買う余裕のないスズナの家だ。いつもなら戸を閉じてしまえば真っ暗になるはずなのに、男たちの周りだけがぼうっと明るくなっていた。なんだか幽霊でも現れたかのようだった。
 わかっていたのに、スズナは思わず「きゃっ」と声を立ててしまって、慌てて両手で自分の口をふさいだ。

「ああ、大丈夫。もう君たちの声は監視者たちには届かなくなっているから。向こうにはいつも通り、君たちが床に入っている映像が流されている。だからもう、安心して普通に話をしてくれていいからね」

(ああ、このひと──)

 スズナにはすぐに分かった。その優しい声音と物腰のひとが、昼間に自分に声を掛けてきた人だということが。そうして、あまりじっと見てはいけないことはわかっていたのに、どうしても目をはなすことができなくなってしまった。
 艶やかな黒い瞳と黒髪をしたその青年は、信じられないぐらいきれいだった。美しくあでやかな都の貴族の女の人にだって、こんなにきれいな人はいないだろうと思うぐらいに。

(タカアキラさま……。そうなのね)

 そう思ったら、スズナの足は震えてきた。
 彼を挟むようにして、同じような体格のもっと精悍な風貌をした青年と、鷲の顔をした非常に大きな体の男も座っている。三人とも、この界隈で目立たないようにするためか質素な麻の水干すいかん姿だ。

「殿下……。殿下ッ……!」
 父が呻くようにそう叫んで地面にはいつくばり、必死にそちらへ這い寄った。母が慌ててそれを助けるように父の脇に膝をつく。
「殿下……よくぞ、よくぞご無事で……!」
 あとはもう、さすがの父も涙をこらえるのに苦労しているようだった。うまく座れない姿勢ながら、それでも床に手をついて頭を地面にこすりつけるようにしている。
「その節は、まことに……まことに、申し訳もなきことを──」
 声はそこで詰まって、もう言葉にもならない様子だ。
 それを見た青年は、とても悲しそうな顔で少し笑った。

「ミミスリ……。どうか、顔を上げてくれ」

 その声はやっぱり優しくて、微塵も父を責める風ではなかった。そんな声で自分の名を呼ばれたら、だれだってきっと嬉しくなってしまうだろう。本当にそんな声だと思った。

「そなたもよくぞ、生きていてくれた。とんでもないよ。その節は本当にありがとう。あれがあの時、君にできたぎりぎりの選択だったことはよく分かっている。君がああしてくれなかったら、私はきっと、今ここにこうしていることは叶わなかったに違いない」
「とんでもない……。自分ごときに、そのような──」
「いいや。むしろ、君には礼を言わねばならないよ。まことに、君には感謝している。本当に本当に、ありがとう……」
「も、もったいなきことにございます……」

 父の言葉が嗚咽に沈む。
 その肩が震えているのを見て、スズナまで胸が痛くなるほどだった。それではじめて、スズナにも何となくわかった。父が何年もの間、この殿下のことについて深く悔恨してきたのだろうということが。
 父は喘ぐようにしながら顔をあげ、今度は皇子の隣にいる鷲顔の男のほうを見た。

「ザンギ、お前も……。よくぞ、よくぞ無事で──」
 相手の男が重々しくうなずいた。
「ああ。まあ、どうにかな」
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