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第一章 黒髪の皇子
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しおりを挟むしかし。
そんな見通しは甘すぎた。
それから半年、つまりあの大海戦から一年あまりが過ぎ去っても、アルファの行方は杳として知れなかった。
ベータはその後、己のあらゆる情報網を駆使してわずかな噂でもないものかと愛機「ミーナ」を駆り、宇宙の隅々まで飛び回った。だが、いくらかの誤った情報をつかまされたのみで、彼らしい青年の噂もその「体の一部」の情報すらも、ちらとも入ってはこなかった。
オッドアイの小さな子らにももう誤魔化すことは無理になり、ある日とうとう、ベータはマサトビとともに彼らの住処を訪れて事実を話すことにした。
「う、……うそでしょ? アレックスが……?」
十分に予想の範囲内ではあったけれども、呆然とする幼い子らの顔を見るのは、ベータにとってもやはり胸の締めつけられる経験だった。
いつもの食堂で暗い面持ちで言葉をつむぐ大人たちを、小さな子らは互いに身を寄せあうようにしながら怖々と見つめていた。が、語られたことが次第に理解できてくるにしたがって、何人かがひくひくと肩を震わせ始めた。そのうちに中ぐらいの年の子たちがべそをかきはじめると、ここまで話の内容がよくわかっていなかったらしい幼い子供たちが遂に火がついたように泣きだした。
そうなるともう、ダメだった。場に集まった子供らにその悲しみはあっというまに伝播して、必死に我慢していたらしい大きな子まで大粒の涙をこぼしはじめた。
ふと隣に座っていたマサトビを見れば、この男までこらえ切れずに直衣の袖を濡らしていた。
「も、……申し訳も、ござりませぬ。わたくしの力及ばず……」
マサトビ自身は宮中にあってその職分が<恩寵博士>という特殊なものであり、政治に直接口出しのできる立場ではない。とはいえ、以前にアルファ、つまり第三皇子タカアキラとミカドであるモトアキラとが手を結んだとき、彼はいわばミカド側についた人なのだ。
かつてはそこまでのことは出来なかったようなのだが、この頃では少し位も上がり、時にはミカドのお傍に侍ることも許される立場にあるらしい。それゆえここしばらくは、マサトビも宮中におけるタカアキラの扱いについてモトアキラから詳しく話を聞いていたのだ。
それによると、大海戦からちょうど一年後の評定の場で、ナガアキラはタカアキラの捜索を打ち切ることを決めてしまったのだという。ミカドたるモトアキラが「いや、それは是非とも続けてほしい」と必死に食い下がったのだったが、「いえ、父上。これ以上は臣らの負担が大きゅうなりすぎまするゆえ」とその長兄から冷ややかにつっぱねられたというのである。
「ミカドも、まことお心を痛めておいでにござりまする。ひどくお力落としもなさって、このところはお食事も喉を通られぬご様子。無理もないことにござりましょう。ミカドはタカアキラ殿下をまことに愛しておいででしたゆえ。わたくしが、もう少し自由の利く身でありますれば……」
彼の口からは周囲の子らに聞かせるには相当に憚りのある表現まで飛び出して、ベータは内心冷や冷やした。だが、子らは子らでもう自分たちの悲しみで手一杯で、マサトビの言などほとんど聞いてはいなかった。
小さな子はもう手放しでわんわん泣いているし、それを宥めようとする年嵩の子らでさえ涙をこぼして必死に嗚咽をこらえている。やがて皆の視線は、自然とベータに集まってきた。
「さがしてよ……」
だれかがぽろりとそう言ったのを機に、皆はわっとベータのもとに駆け寄ってきた。
「さがして。さがしてよう……ブラッド」
「アレックスを探して。お願いだよ……!」
「これであきらめたりしないよね?」
「だって、アレックスは生きてるよ」
「ぜったい、ぜったい生きてるもん……!」
「まだ、探してくれるんでしょう? ねえ、そうでしょう? ブラッドったら……!」
それぞれにシャツの裾だの袖だのにとりついて、ぐいぐい押したりひっぱったりされながらベータは甲高い泣き声の嵐に囲まれる羽目になった。
驚いたことに、なんとあのマサトビまでが「お願い申しまする、お願い申しまする」と言って子供らに混ざり、ただひとり床に頭をこすりつけるようにして男泣きに泣いていた。
これにはさすがのベータも参った。
正直、本気で眼前が暗くなった。
(……勘弁してくれ)
無論、ベータとてまだ諦めるつもりはなかった。
ここまで調べても確かな情報のひとつも出てこないことが、逆に今ではベータにひとつの希望を抱かせていた。つまり、アルファ生存の希望をだ。
ここまで情報が出ないということは、本当にアルファがどこかで死んでいた場合を除き、どこかでだれかが情報操作をしている可能性が高い。だとすれば、そいつのもとにアルファが囚われていると考えるのが妥当なのではないか。
そして、自分の情報網にすら引っかからないほどそれをやりおおせることが出来る者など、この宇宙でも限られてくる。ベータは次に、かの皇子に関する情報収集をそちら方面から攻めてみるつもりでいたのだ。
だからベータはそのことを分かりやすく説明し、皆に向かって敢えて明るい笑顔を作って言った。
「心配するな。希望を捨てるのはまだ早い」
「ほ、ほんとう?」
「まことですか、ブラッド殿……!」
しかし、こんな風に子供らばかりでなくいい年をした男であるマサトビからまで懇願されると、なにやら身の置きどころというものがなかった。
これまで生きてきて、ここまで真摯に心の底から何かを「お願い」されたことのない自分だ。それも無理のない話だった。これまで自分に何かを頼んだ人間は、金を対価にそれを命じる立場にある者ばかりだったのだから。
いま子供らから押し寄せてくる懇願の熱量は、その比ではなかった。
そうしてやはり思うのは、かの青年のことだった。
(バカ野郎。……これで死んでいたら許さんぞ)
お前には、これほど待っていてくれる人々がいるのではないか。
そんなにも簡単に命を投げ出すなど、許されん。
何があっても、どんな目に遭おうとも、生きていろ。
俺がそこに行くまでは、どんなことをしても生き抜いていろ。
(必ず、見つけ出す。だから──)
俺の皇子。
清くて優しくて世間知らずで、
ちょっと生意気なところはあるが、
実は泣き虫な可愛い皇子。
(俺に無断で死ぬなど許さん。決して、決して許さんぞ……!)
そしてひそかに、心の中で硬く拳を握った。
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