星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 黒髪の皇子

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 行為のあと、皇子は生まれたままの姿でベータの腕に包まれるようにしてしばし眠った。それはひどく安らかで、ベータに対して何の疑いも抱いておらず、至って平和そうな寝顔だった。

(まったく。こんなにスカスカ寝やがって)
(俺を誰だと思ってるんだ)
(このまま寝込みを襲われて、首をひねられるとは思わんのか、ぼんくら皇子)

 どこか忌々しい思いをいだき、心中けっこうな悪態をきながらも、ベータは眠ったままの青年の体を清め、再びその体を腕の中におさめて彼の隣に横になった。皇子は皇子で、まるで幼子がするようにして眠ったままベータの胸元にもそもそと顔をすり寄せ、抱きついてきた。
 それは、どうしようもなく可愛かった。
 ベータは彼が眠っているのをいいことに、その唇を何度も吸った。そんなもの、彼が出すといった報酬の範囲内でないことなど百も承知だった。しかしなぜか、それでも我慢できなかった。その理由についてはやっぱり考えることを放棄していたけれども。

 が、そんな穏やかな時間は長くは続かなかった。
 黒髪の皇子はその後、大声をあげてとび起きたのだ。ベッドから転がり出るようにしたその姿を見れば、ひどい汗をかき、激しく肩を上下させている。どう見てもただ事ではなかった。ベータは思わず後ろから彼の肩を掴んだ。
 皇子はその手を払いのけた。が、すぐにハッとしたようにひどく申し訳なさそうな顔で謝った。「すまない、ちょっと悪い夢を見た」とかなんとかと必死に言い訳していたが、とてもそれだけには見えなかった。
 結局その夜、アルファはそのまま何事もなかったかのようにそそくさと衣服を整えると、懐から財布を取り出し、テーブルに置いて帰っていった。

 ひとり寝室に取り残されたベータは、彼があっという間に出ていった部屋の扉と、その財布とをしばらく無言で見比べていた。なんとなく、それに手を出す気にならなかった。
 ベッドの縁に腰を掛け、シーツの上をそっとなぞると、そこにはまだ彼のぬくもりとあの色香をまとわせた匂いとが残っていた。

(……なんだろうな)

 いや、貰って当然の金銭かねなのだ。
 そういう約束で、自分は彼を抱いたのだから。
 しかし。

 ベータは遂に、その金に手をつけなかった。
 「なぜか」と問われても困る。
 つける気にならなかったのだから仕方がない。
 ベータは逆に、それがどうしてだったのかをわざわざ自分に問い詰めることをしなかった。恐らく分かっていたからだと思う。それで導き出される答えは、恐らくこの先、自分を苦しめるだけだということが。
 それで、それをそのままスーツの懐に突っ込んで、次のアルファの呼び出しに応じたのだ。

 気のせいだったかもしれないのだが、その時のアルファの笑顔はなんとなく虚ろに見えた。本当は笑う気などないのに無理をして笑っている、そういう人間の顔に見えた。それがなぜであるのかを、ベータが知る由もなかったけれども。
 「ちょっと来てほしい場所があるんだ」と言ってベータを自分の小型宇宙艇にいざない、とある惑星に向かう道すがらも、彼の発する言葉といい何といい、いつもの覇気やキレがまったくなかった。
 何度か「なにかあったのか」と訊ねようとしたのだったが、結局はやめておいた。自分は彼にとってそんなことを訊ねられるような立場の人間ではない。彼のプライベートに踏み込めば、彼は嫌でも自分の出自を話さざるを得なくなるだろう。それは彼にとって負担になるのに決まっていた。
 彼はスメラギの皇子なのだ。彼の故国であるスメラギ皇国からは、あれやこれやと政権内でのいろいろに胡散臭い話も聞こえてくる。その中心にいるのは彼の実の兄、皇太子ナガアキラだ。

 本来であれば形ばかりの従軍であり、戦場に出されるなどありえないはずのタカアキラがこのほど出陣することになった。その裏に蠢いている黒い陰謀の存在は、ベータにしてみれば誰かに示唆されるまでもないことだった。
 彼は故郷のスメラギに、なんらかの問題を抱えているのかも知れぬ。だが少なくとも今の自分に、そこにくちばしを差しはさむ理由は見当たらなかった。
 自分が一枚噛むとなれば、当然、有料にはさせてもらうことだろう。だが、そうしてやればこの世間知らずの皇子様がそれらの陰謀から逃れるために大いに役立ってやれることはわかっていた。しかし少なくともその時のベータには、自分がそこまでする理由を見いだすことができなかったのである。

 だが。
 結局、その判断は大きな間違いだった。
 その判断の結末がもたらしたものは、それからほどなく大いなる悔恨となって、ベータを死ぬほど苦しめることになったのだから。


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