星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 黒髪の皇子

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 彼は何を思ったのか、急に「抱いてほしいんだ」と、この自分に頼んできた。
「君の言い値でいいんだ」と、震える声でそう言った。
 つまりそれは、自分にを依頼する内容だった。

 さすがのベータも度肝を抜かれた。
 そしてこれは後で考えてもちょっと頭を抱えたくなるほどの痛恨事だったのだが、思わず持っていたグラスを落とした。

 「本気か」と問えば、彼はひどく戸惑ったような、羞恥に耐えるような顔をしつつも少し笑った。やがてその羞恥に耐えられなくなったものか「忘れてくれ」などと言い出したので、ベータは急いで彼を捕まえに行った。そうしなければ、彼は今にも店から出ていってしまいそうだったからだ。
 聞けば彼は、女には興味のもてないタイプなのだという。だからこれまで、女を抱いたこともない。当然ながら、男に抱かれたこともなかったのだろう。
 初陣に臨むにあたり、そういう後悔はないようにしておきたい。
 要はそういうことのようだった。

 それで、身近にいて金さえ払えばある程度望みをかなえてくれそうな男ということで、自分に白羽の矢が立ったという経緯らしかった。
 はじめのうち、ベータはわずかないら立ちを覚えた。

(バカにするなよ)
(そんな理由か)
(金を介して、この俺に抱かれようというのか)

 そんな思いは確かにあったが、しかしその時それ以上に問題だったのはまた別のことだった。つまり、ここで自分が断れば彼はどこかで誰かほかの男に金を払い、そいつに抱かれることになるだろう、ということだ。
 ベータはそれを想像することがどうにもこうにも嫌だった。
 どうせ誰かに抱かれたいというのなら、相手が誰でもいいと言うなら、それは自分であるべきだ。

(どうせだったら、俺に抱かれろ)

 なんでそんな風に思うのかまでを突き詰めて考えることは意識的に避けたけれども、ともかくその時のベータはそう思った。
 そうしてそのまま、その夜、彼を抱いたのだ。
 




 抱いてしまってから、後悔した。
 正直、彼の体は素晴らしかった。はじめてだというのに感度もよく、時おりあがる甘く掠れた声はほどよく色にまみれて堪らなかった。性欲を覚えると強くなるのか、そのいい匂いもいつもにも増して濃厚になり、目がくらみそうだった。
 十分にほぐして準備してやったからということが大きいが、彼は初めてとは思えないほどその行為に快感を覚えてくれたようだった。それもあってか、彼の体はベータを誘い込んだあと、まことに貪欲なまでにそれを咥えこんで激しくうねり、離さないかのようだった。
 おそらく無意識なのだろうが、こちらの腰に両足を絡めて腰を振り、皇子は何度も気持ちよさそうに全身を震わせて達した。こちらは一応例のスプレー・ゴムの世話になり、彼の中に直接注ぎ込むことばかりは遠慮したが、それでも彼の中で何度も達した。
 認めよう。最高だった。

 これまでいろんな男女を仕事上、またそれ以外でも抱いてきた自分だったが、ここまで溺れそうになった者はいなかった。そもそもベータは、愛だの恋だのにまつわるすべてのことに何の期待も夢想もしない男だったから。いや少なくとも、それまではそういう人間だと思い込んでいたから。
 実のところ、ベータはこれまで自分よりも体格のいい男に抱かれることだけは、たとえ仕事といえども避けてきた。まあそれは間違いなく、幼い頃の体験からくるトラウマの影響だろうと思われる。が、たとえそうでなくともベータにとってこうした行為は自分にとって何の心理的な影響も与えない、ただ純粋に性欲を処理するための「下世話な行為」に過ぎなかったのだ。
 だが、アルファとのその行為はまったくそれまでのものとは違っていた。
 まるで本物の恋人同士であるかのように素直にキスを求めてくる皇子に、ベータは何度も不覚にも溺れそうになった。
 それは、驚くべき発見だった。
 そう、まさに発見したのだ。この行為に、こんなに溺れられる自分を。
 こんなことは初めてだった。

 曲がりなりにも金を貰って抱くのだから、この場合は何よりも「客」を気持ちよくさせることを第一に考えねばならない。だというのに、ベータはともすれば彼の魅力的すぎる体にがっつきそうになる自分を抑えるのに随分と苦労した。
 だからこそ、まだ彼のなかに踏み込む前、自分に言い聞かせるために「客」という単語を使ったのだが。そのとたん、彼はくしゃっと眉をゆがめて泣きだしそうな顔になった。いつものあのふてぶてしい「アルファ」としての仮面はどこへやら、素のままのただの青年としての──いや、その時ばかりはまるで子供のような顔で──ベータを見上げてきたのだ。

 その瞬間。
 ベータの中で、理性の鎖がぶち切れる音が聞こえた気がした。

 「だめだ。これ以上はもう、だめだ」と、何度も思いながら。
 ただ金を貰って抱くだけの場合なら決してしないような回数と密度をもって、ベータはその後、彼を思うさま抱いたのだった。

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