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閑話
犬の士官
しおりを挟む(ふざけるなよ、あの野郎──)
ユーフェイマス宇宙軍士官の軍服に身を包み、場所によってはアキタイヌなどと呼ばれる犬顔のマスクの中で、男はひっそりと何度目かになる舌打ちをした。
周囲はあの大海戦跡の宙域である。瞬かぬ星の海が、ただただ無限に広がっている。
中型の宇宙艇を駆り、男は今回、この大海戦の事後処理の一環である生存者救助活動に潜り込むことに成功したのだ。
豊富な男の伝手を使えば、こんなことは造作もない。とはいえもちろん、まったくの無報酬というわけには行かなかった。今回もこの犬顔をした士官にある程度の金を掴ませ、そいつの代わりにこの宇宙艇の艦長の座にすべりこんだという訳である。
すでにこれで、救助活動も数度目になっていた。
大海戦そのものはおおむねはユーフェイマス優勢のままに終結したということである。だが、今回の海戦ではひとつだけ、非常に奇妙な事件が起こったのだ。
あのアルファ──ユーフェイマス内ではスメラギ皇国の第三皇子タカアキラと言ったほうが通りがいいが──が艦長を務めていたという中型の補給医務艦が、艦隊の後方にいたにもかかわらずピンポイントで敵の攻撃を受けたというのだ。敵艦はいきなりその重巡洋艦ミンティアの眼前に異空間航行して現れるなり、迷うことなくその艦の艦首側を狙い撃ちした。
その後は艦全体への攻撃に移ったものの、周囲にいた駆逐艦からあっという間に蜂の巣にされ、当該の敵艦はほどなく沈んだのだと言う。無論、乗組員は全員死亡とのことだった。
ミンティアの損壊は甚だ激しく、相当数の乗員が命を虚しくしたという話だった。だが幸いにもというべきか、不思議な<予知>の能力を持っていたらしいタカアキラが事前に強く副官に勧めたことで、乗員のほとんどはすでに宇宙服を着用していた。それがため、本来であればさらに損耗したはずの人命は奇跡的な確率で難を逃れたとのことだった。
事実、生存者の一人でありその副官であったというエリエンザとかいう中尉によって、これらの事実はユーフェイマス軍の知るところとなった。彼女も大破した艦の乗員ということで無事という訳にはいかなかったようではあるが、ともかくも命に別状なく生還を果たしたらしい。
(あの、バカが──)
危うく口に出しそうになり、周囲の耳目を憚って男はどうにかそれを抑えた。救助艇には自分のほかに二十名ばかりの乗員がいる。
(貴様が行方不明になったのでは本末転倒だろうが、バカ皇子)
他人の心配など、している場合か。
それはどう考えてもお前自身を狙った陰謀だったのに違いないのに。
黒幕はおそらくスメラギの何某かで間違いなかろう。やつらはその当初から、アルファを陥れることこそを目的にしていたに相違ないのだ。そう考えれば実はことの初めから、奴らはこの大海戦にアルファを参加させるように裏で糸を引いていた可能性まであるではないか。
(そんなものに、やすやすと引っかかる奴があるか。大バカ野郎──)
と、隣からやや控えめな声がした。
「艦長。そろそろ行方不明者の宇宙服の生命維持機能が停止して十日になる頃合いです。これ以上は──」
救助艇の副官を務める士官の一人が、少し気の毒そうにこちらの顔色をうかがいながら言ってきたのだった。
「タカアキラ殿下には、まことにお気の毒なことでした。しかし、もはや……」
「…………」
犬顔の士官は重い沈黙でそれを聞いた。
この救助艇のみならず、今回の救助作戦の第一の目的は、ほかならぬかの美麗な皇子殿下を見つけ出すことにあった。
かのスメラギ皇国からは「いったいどういうつもりか。どんなことがあっても探し出せ」とユーフェイマス軍上層部に矢の催促がきているらしい。もちろんそれが果たせなかった暁には、目の玉が飛び出るほどの補償金を要求されるに決まっていた。
しかし残念なことに、今に至るまでユーフェイマス側もザルヴォーグ側もあのスメラギの皇子を発見するには至っていない。当該宙域に漂っていた多くの兵らと彼らのものだったらしい体の一部の回収はかなり進んだのだったが、今のところかの皇子の体の一部はもちろんのこと、かの御方のものと思われるどんな持ち物も名残すらも発見されてはいなかった。
なお、常に彼の傍に控えていたという二人の側近の士官についても行方不明のままとなっている。
「……頃合いでは、ないでしょうか──」
おずおずと紡がれる副官の声を、真正面の宙域をじっと睨んだままでベータは聞いた。ずっと腕組みをしたままのその指先が、上腕に痛いほどに食い込んでいる。
マスクの下で、ぎりぎりと奥歯を軋らせた。
そんなはずはない。
これしきのことで、お前が死ぬはずがないではないか。
こんなことで死ぬとわかっていたら、いっそその命の灯を奪うのはこの手であればよかったものを。
もっと早くにその決断をし、この長年の恨みつらみをその体で支払わせてやればよかったのだ。
(それを……俺は)
あんな風に頼まれたからといって、結局金こそ受け取らなかったものの唯々諾々とただ抱いて。
何を伝えることもせず、むしろ皮肉なぐらいに優しく抱いて、ただあの青年を気持ちよくさせてやっただけだなど。
(くそッ……!)
あのとき思わず「生きて戻れ」などと願ってしまった、この気持ちをどうしてくれる。
一生をかけて恨み続けるのだと、復讐せずには決して死なんと、そこまで思い定めていたはずのこの俺が。
(違う。ちがう……!)
どうせ復讐するならあの皇子を最後の最後まで苦しませて、ほかならぬこの手で息を止めてやりたかったからこそだ。決してあいつの命を惜しんで、傍に置きたかったからなどではない。
でなければ、おかしいではないか。
奴を不倶戴天の仇とまで思っている俺が、あいつをそんな風に思うなど。
(そうだとも──)
アルファを。
スメラギ皇国のタカアキラを。
この自分が、
ムラクモが、
愛するはずなどないのだから。
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