星のオーファン

るなかふぇ

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第七章 大海戦

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「直撃! 直撃!」

 誰かがモニターを見て叫ぶ。厚いシールドの壁を破壊せしめて、遂に艦首のほうにビーム砲が直撃した瞬間だった。
 警告音が鳴り響き、場は騒然とする。直撃を受けたのは案の定艦首側のようだったが、それでもこんな後方で海戦の支援をするだけと思って参加している乗員にしてみれば驚愕の事態には違いなかった。
 彼らの感覚にしてみれば、なぜか艦長補佐であるエリエンザ中尉の指示によって艦首側にいた自分たちのほとんどがこちら側へ退避済みであり、人員の大いなる損耗には繋がらなかったのが不幸中の幸いといえただろう。

(ミミスリ……!)

 アルファは喧騒のただ中にあって、機関室内の部屋の隅に立ち尽くし、奥歯をギリギリと噛みしめていた。怒りのあまりに、痛いほど握りしめた拳が自分の意志とは無関係に震えてくる。
 じっと傍に立って周囲に鋭い視線を走らせつつも、ザンギが気の毒げにちらりとアルファを見下ろした。
 と、さらなる激しい振動がやってきて、周囲の乗員たちがどよめいた。

「第二波、Cブロック外装に直撃!」
「反撃は!」
 その場の指揮官であるらしい獅子顔の男性士官が怒鳴る。
「当艦はすでに開始している模様!」
「周囲駆逐艦も、回頭して攻撃態勢に入っています!」
「くそっ……遅いわ!」
 士官が叫んだのと、下士官の報告とは同時だった。

「第三波、第四波! 来ますッ!」
「あと、二秒ッ!」

 その報告の直後、さきほどよりはよほど大きな衝撃が周囲を包んだ。その場から投げ出され、互いにしたたかにぶつかったり壁や床に激突した兵らの悲鳴が響く。ザンギがアルファをほとんど抱き寄せるようにして己が体を盾にし、壁側に庇った。

《奴のことを心配してばかりもおられませんぞ。殿下、奥へ移動しましょう》
《ああ……。そうだな》

 思念だけでそうやりとりすると、それぞれの担当するモニターやら動力装置の機器にかじりつくようにしている兵や士官の間を抜けて、二人はそっと走り出した。
 が、次の瞬間だった。
 すさまじい爆音がして、周囲にあった空気の流れがいきなり変わった。周辺のどこかに大穴が開いたのに違いない。内部の空気が吸い出され、固定されていないもの、つまりあらゆる機器や乗員たちがその流れに呑まれて宇宙空間へと吸い出され始めた。

《殿下ッ……!》

 無重力時に体を固定するための堅牢な壁面のバーを片手でつかみ、ザンギがもう片方の腕でがっしりとアルファの胴を抱き込む。アルファも彼の体に抱きつく形になった。そんな余裕のなかった周囲の乗員たちが、宇宙服のヘルメットのなかで目も口も大きく開けて、なにか呆然とした顔のままに吸い出されていく。アルファはただただ、それを見ているしかできなかった。

(艦首だけを狙うのではなかったのか。ミミスリは……?)

 だが、そんな思考を続けていられる状況ではなかった。敵はどうやら、攻撃の目的をこの艦ごとアルファを宇宙の藻屑にすることへとシフトしたようだ。ことの経緯は定かでないが、あのミミスリの想定していたようには事態が容易く進まなかったということなのだろう。やつらはおそらく、自分を殺すのみならず、この事実を知っているあらゆる口をも同時に塞ごうとしているのだ。
 ミミスリはもちろんのこと、このザンギも、周囲の無辜むこの乗員たちも含めて、皆殺しにしようというわけか。
 アルファの怒りは燃え上がった。
 まるでその一瞬だけ、少年だったあのムラクモ──つまりはベータ──が、自分に乗り移ったかのようだった。

(スメラギめ……!)

 このように簡単に、まるで人を虫けらのように。
 これほど多くの人々を、しかも友軍である兵たちを、ただ己が政治的な都合だけでこんなにも容易く消し去ろうというのか。豊かに衣食住のととのった宮廷で、まるで碁盤の石でも動かすように。

(そんなことは、させん……!)

 こんなふうにあっけなく、人の生き死にを左右して笑っている輩が現実にいる。それはおそらく、自分をはぐくんだあのスメラギの宮廷の中にいる奴らなのだ。
 あの惑星ほしの支配者たちの考えは、つまるところ一事が万事、こういうことなのに違いない。邪魔者は消せばいい。そんなもの、奴らにとっては指先ひとつで臣下に命ずれば済むことだ。
 利用できるものは、たとえ幼い子供であっても利用しつくし、骨までしゃぶる。
 そこに何の罪悪感も、疑問すらも覚えない。

(貴様らのようなやつばらに……!)

 そうやって自分たちが、安穏と贅沢な暮らしと安定した権力の座にいられさえすればそれでいいのか。
 彼らの価値観のすべては、ただそこに集約されているばかりだと?

(嘆かわしい──)

 そのときアルファは、はっきりと理解した。
 あのベータの、激しい怒りの根源を。
 そうして体の芯から震えるように、彼の本質をも理解した。


──『スメラギ、許すまじ』。


 まさに耳の奥で、彼の声が鳴り響いたような気がした。

 と、その時。
 ザンギの体の五倍はあろうかという円筒形をしたエネルギータンクのひとつが、遂にその空気の波の力に逆らえずにこちらに向かって飛んできた。ザンギは咄嗟にアルファの体を庇い、そちらに背を向ける形になった。

「ザンギ……!」

 ごうごうと空気の吸い出されていく中にあって、音はほとんど聞こえなかった。しかしその瞬間、凄まじい衝撃がアルファの体を包んだ。何がどうなったのかもわからないまま、アルファは無我夢中でザンギの体にしがみつき、その片腕に抱きしめられたような形で空中に放り出された。
 わかったのは、そこまでだった。
 どちらが上か下かもわからないまま、周囲の景色がびゅんびゅんと恐ろしいスピードで飛んでいく中、アルファはザンギの大きな体に抱きついたままぐるぐると回転し、しばらくはその加速度による重力に耐えていた。
 脳が激しく揺さぶられる。ひどい吐き気が襲ってきて、ぐらぐらと視界が回った。
 やがて意識が混濁しはじめ、体じゅうの感覚がしびれて遠のき、目の前が急速に暗くなっていくのを覚えた。

《ザンギ……ザンギ》

 必死に思念で問いかける。
 無事か。お前は無事なのか。
 だが、返事はかえってこなかった。彼の胸に顔を押し付けたような恰好になっている状態で、ヘルメットの中の顔を確認することもままならない。
 そしてアルファは、遂に自分の目の前が完全に真っ暗になったのを感じた。
 巨大で真っ暗な、うつろな壺の底に落ちていくような感覚があった。

 ……遠い。
 遠い。
 どんどん、どんどん、落ちていく。

(……ベータ)

 ほんのかすかに、かの男の名を思い浮かべた。
 それが最後だった。
 アルファはそのまま、すうっと意識を失った。

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