星のオーファン

るなかふぇ

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第五章 鷹の男

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「な、なんだ、貴様ら……!」
「どこから入ってきやがった!」

 小型のカプセルを囲むようにしていた黒服の男らが、一斉に銃口をこちらに向ける。
 アルファとベータは言葉を交わすこともなく、ぱっと両側に分かれて躊躇いなくトリガーを引く。
 二人の射撃は正確だ。アルファのことを褒めていたベータ自身も、その正確さはひけを取らない。あっという間に、その場にいた様々な動物の顔をした男らがばたばたと床に倒れ伏す。

 全員を沈黙させたことを確認して、アルファはその寂れた倉庫内に置かれた異質な物体──小ぶりな医療カプセルのようなもの──に駆け寄った。
 中では、今回依頼を受けた救助対象者である小さな少年がすやすやと眠っている。パンダの形質の強く出た子で、耳といい手といい、いかにも触ればふかふかしていそうなかわいらしい少年だった。
 鷹のマスクをつけたベータが周囲を警戒しつつ倒れた男たちの体を拘束している間に、アルファはカプセルの設定パネルを操作して扉を開く。
 少年が目を覚まして、不思議そうにこちらを見た。アルファは今、黒豹のマスクをつけた姿だ。一連の作業が終わり、ベータもこちらへ近づいてくる。

「え? ……なあに? おじちゃんたち、だあれ?」

 いきなり「おじちゃん」呼ばわりされたことに少々ショックを受けつつも、「いやいや相手は幼児なんだから」と心を落ち着かせ、アルファは優しい声を出すことに努めながら少年に手を差し出した。

「君のママに頼まれて、君を助けに来たんだよ。さあ、一緒に帰ろうね」

 少年は、そう言われてやっときょろきょろと周囲を見回した。そしてそこが、本来彼がいたはずの綺麗で大きなお屋敷とは似ても似つかぬ、薄暗く小汚い倉庫の中であることに驚いたようだった。
 あっという間にその小さな体が震えだし、「ここ、どこぉ……」という泣き声とともに目にいっぱいの涙が浮かぶ。
 ベータに言わせれば、これまた良くある案件だ。裕福な家庭の子供を攫い、その身代金を要求するという誘拐事件。しかし、親は警察に連絡することを躊躇する何らかの事情を抱えているといったパターン。とりわけこういう場合には、ベータのような裏の仕事人の出番となるわけだ。
 わが子が無事で戻る上、身代金よりは安くつく。依頼が来ないわけがなかった。

「さあ、泣かないで。もう大丈夫。ママのところに帰れるからね」

 泣きじゃくる少年を抱え上げて優しく撫でると、胸のところで聞こえていた嗚咽がちょっと小さくなったようだった。アルファの心音を聞いて、少し安心したのだろう。
 ぽんぽんとそのふかふかした頭をたたいてやると、パンダの少年は一気に安心したようだった。かわいらしい手が、ぎゅうっとアルファの胸にしがみついてくる。

「ほんとう? ほんとうに、ママのところに、かえれるの……?」
「もちろんだよ。私たちは、君のママにそう約束したんだからね」

 背後で見ている鷹の顔をした男の視線がなんとなく微妙に揺れたように思ったが、気のせいだったろうか。
 ともかくも、ターゲットを手中にしたからには長居は無用。
 アルファとベータは少年を連れて、さっさとその惑星をあとにした。



◆◆◆



「随分と慣れたな、貴様」

 少年を無事に親元に送り届け、約束の報酬を受け取って帰路についたころ。ベータが唐突にそんなことを言った。今は二人ともマスクは外している。
 「なにがだ」と言って隣を見れば、いつものように小型艇のコクピット・シートの上でくつろぎながら、男がため息混じりにこう言い放った。

「近頃、えらく可愛げがない」
「仕事に可愛げは必要あるまい」
「いや、言葉を間違えた。『慣れた』というよりは『れた』と表現すべきだった。謝る」
「それはどうもありがとう。褒め言葉だと受け取っておく」

 素っ気なく言ってそっぽを向けば、ベータは半眼の目をこちらに向けた。やや薄めの唇を、親指の腹でなぞっている。
 この男とこうした仕事を始めてから、すでに半年が過ぎていた。

「個人的に、もっと初々しい相棒が好みだったんだが」
「ご期待に添えなくて申し訳ない。が、君の感慨はどうであれ、報酬だけはきちんと支払っていただけると助かる」
「信用しろ。契約は基本的に、履行するのが身上だ」
「それなら結構。無問題ノープロブレムだ」

 隣で肩を竦める相棒を目の端におさめてから、アルファはさりげなく席を立った。
 あれ以来、アルファは意識して少しずつ、自分の態度をこういうモードへと変化させてきた。とはいえ彼のことを「君」と呼び、時には「貴様」とまで言うようになったのは最近のことである。それもこれも、基本的にはベータ自身の言動をモデルにさせてもらっているので、ある意味、彼の自業自得ではあるのだった。
 自分の気持ちを自覚して以降、アルファは意識的にこうした「仮面」をかぶることに腐心してきた。そうでなければ、勘の鋭いかの男には簡単にこちらの感情が透けて見えてしまいそうで怖かったのだ。

 だからアルファは意識して、「ベータの相棒であるアルファ」という男の顔を作り上げることにした。ふてぶてしく、場馴れしていて、少々のことでは動じない。ベータのちょっとした暴言やあてこすりにもにっこり笑って、きちんと皮肉で応戦する。アルファの作った「仮面」はおおむね、そんな感じに仕上がっていた。そしてこれは、意外にも自分自身にとっても結構な効用があったのだ。
 単なる相棒として彼と接している間は、自分もこの感情を一時でも忘れていられる。そして実は繊細で傷つきやすい内面をしっかりと保護もしておける。第一、少なくとも仕事の間は、そうした私情や精神的な惰弱さは、邪魔になるばかりでひとつも役には立たないのだ。

 そんなこんなで最近のアルファは、仕事上のターゲットやそれを阻止せんとする暴力的な連中に対して躊躇なく銃口を向けられるまでになっている。とはいえ実際は「不殺ころさず」が身上のベータの仕事なわけなので、使うのは例の麻酔銃ばかりだったのだけれども。

 ちなみにあれ以降、アルファは何度かベータの心を覗いてみようとした。しかし結果は芳しいものではなかった。ベータの心は不思議なぐらいにかたくなに、その内面を隠しきっていた。彼の心の扉はアルファに対してばかりでなく、恐らく誰に対してもぴたりと閉ざされたままだった。
 <恩寵>のない人間が、これほど<感応>の影響力をしりぞける例をアルファは知らない。もしかすると彼にも、何らかの能力が潜んでいるのかもしれなかった。それに気づいて以来、アルファがベータの心を覗いてみたことはない。

 正直いって、怖かった。

 もしも、彼に何らかの<恩寵>があるとするなら。
 それは、それが意味することは――。

 それ以上のことを考えるのは、恐ろしかった。
 それを知ったらもう二度と、今の状態には戻れないという予感がした。

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