67 / 191
第四章 相棒(バディ)
9
しおりを挟むそれ以降、アルファはしばらく、自室で数日の「療養」をするようにとの命令を受け、言われるままおとなしく部屋で過ごした。ミミスリとザンギはその間ずっと、アルファのそばを離れなかった。
あのときアルファを襲ったヒグマ顔の下士官は、すぐに軍内から姿を消した。ミミスリとザンギは医務官が採取した証拠の品とともに奴をすみやかに上層部に突き出し、男はすぐさま軍法会議に掛けられたらしい。
しかし、その後どんな処理がなされたものか。ともかくも、上官であるホーガンはアルファに対して「もう二度と、奴がお前の前に現れることはない。心配するな」とだけ言った。そのときの彼の虎顔は明らかに「これ以上は訊くな」と言っていた。そしてアルファはその無言の指示に従った。
《いかんな、どうも。今後はあまり、殿下から目を離さぬようにしなければ》
《『子ら』のためと思えばこそ、ある程度のことには目をつぶってきたのだが》
《殿下はしっかりされているようで、まだまだ世間をご存知ないのだ。ご自身が、いかに周囲の兵らの目の毒……いや、鼻の毒になっているかをご存知ない》
《同感だ。しかし今回のことでは随分と衝撃をうけられたご様子。お気の毒でならん》
《今後は自重もなさるだろう。ともかく我らは、殿下をお守りするのみだ》
扉の外から、うっすらとそんな思念のやりとりが聞こえてくる。
実はあれ以来、アルファの体には不思議な変化が起こりはじめていた。
ごく弱いものだったとはいえ、もともと備わっていた<感応>の力が明らかに強くなったのだ。今もこうして部屋の中にいながら、扉の外に立っているザンギとミミスリの思念のやりとりが聞こえてくる程度には。
(……驚いたな)
それは、自分の体が変化したこと以上に、彼らの思念の内容についてだった。
彼らはどうやら、アルファが賜暇をとっては何をやっていたのかを薄々は知っていたということらしい。しかも、その目的があの<燕の巣>にいた子供たちを守るためだったということもだ。
だからこそ、本来であればもっと血眼になって探すはずのところ、敢えて騙されたふりをしてアルファを自由にさせてきたということらしかった。
アルファは自分を嗤った。「あんなに真摯に自分を守ることだけを考えてくれている彼らをだまして行方をくらませているなんて」と、申し訳ない気持ちでいた自分が滑稽でならなかった。
なんのことはない、彼らは全部わかっていたのだ。
わかった上で、自分を泳がせていただけなのだ。
考えてみれば、あたりまえかも知れなかった。彼らもそもそも、あの<燕の巣>の出身者だ。そこで産み落とされた子供らが、それぞれどんな運命に晒されるのかを知らなかったはずがない。彼らのように<恩寵>を持っていた男女はこうして特殊な任務を与えられるが、そうでない子供らがその後どうなってしまうかについて、心を傷めていなかったはずがないのだ。
もちろんこれは、彼らの本来の任務からすれば相当にずれた認識だ。いや、反逆だととられても仕方がない。彼らのまことの命令者がだれなのかはまだ分からないが、そいつに知られれば当然、きつい罰が下ることは間違いないだろう。
だが、それでも彼らはわかっていて「分からなかった」というふりをした。そうして陰ながら、この「世間知らずの皇子」のサポートをしてくれていたということなのだ。それもこれも、あの惑星オッドアイの子供たちのため。
(……ありがとう。ミミスリ、ザンギ)
アルファは扉の内側から、彼らに向かって頭を下げた。
能力のアップという意味では、驚くようなことがもうひとつある。
実はあの事件があった直後、ベッドから出るのが非常に億劫で、アルファはつい、着替えが「自分の手元に飛んできてくれればいいのに」とちらっと考えた。すると、「あれを着ようか」と思っていただけの上着がひょいと、ベッドに起き上がった自分の膝に飛んできたのだ。
その後、あれこれと試してみて確信した。
ペンに、メモ帳。空になったコップ。
アルファが「こちらへ」と念じるだけで、それらはまるで意思があるかのようにひょいひょいと空中を飛んで、アルファの手元にやってきた。動かせるものの大きさには限度があるのか、椅子まではなんとかなったのだが、テーブルは無理だった。
(<念動>……か)
それで、やっと納得がいったのだ。
あのヒグマ男に襲われたとき、なぜ拘束された自分の手が自由になり、麻酔銃を撃つことができたのかを。
自分の手をにぎったり開いたりしてみながら、アルファは考える。
出来事そのものはひどかったが、結果は決して、悪いことだけではなかった。放っておいたら一生目覚めなかったかもしれない自分の能力が、こうして開花したのなら。
あの兄に対抗するため、使える力はいくらでもあったほうがいい。
とはいえ正直、うっかりしていると周囲にいる人々のあらゆる思念が自分の中に流れ込んでくるので、最初は困った。こちらの「扉」を閉じておくスキルを身につけるまでは、少し気が変になりそうで往生した。が、次第にアルファも自分の心の扉を操作するコツを身につけた。
これは、どうしても必要なとき、どうしてもその心の声を聞いてみたいと思う人を前にしたときにだけ発動すればいい能力だ。そもそも人は、自分の考えを覗かれることを好まない生き物なのだから。
だからそれまではずっと、扉を開く方法を忘れないようにだけ気をつけて、扉は閉じておけばいい。
(どうしても、心の声を聞いてみたい人……か)
アルファの思考は、いつもそこでストップした。
自分がいま想定している人物など、ひとりしかいなかった。
いや、実際はいずれ、かの兄や重臣たちの心の底を探らねばならないことは分かっていたけれども。
夕刻の迫る窓の外を見やれば、日の沈む方角とは反対の空に、一番星が光っていた。
あの男の目のような、青白く強い光を放つその星が、アルファをじっと見つめていた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
憧れの先輩に抱かれたくて尿道開発している僕の話
聖性ヤドン
BL
主人公の広夢は同じ学生寮に住む先輩・日向に恋をしている。
同性同士だとわかっていながら思い余って告白した広夢に、日向は「付き合えないが抱けはする」と返事。
しかしモテる日向は普通のセックスには飽きていて、広夢に尿道でイクことを要求する。
童貞の広夢に尿道はハードルが高かった。
そんな中、広夢と同室の五十嵐が広夢に好意を抱いていることがわかる。
日向に広夢を取られたくない五十嵐は、下心全開で広夢の尿道開発を手伝おうとするのだが……。
そんな三つ巴の恋とエロで物語は展開します。
※基本的に全シーン濡れ場、という縛りで書いています。
[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます
はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。
果たして恋人とはどうなるのか?
主人公 佐藤雪…高校2年生
攻め1 西山慎二…高校2年生
攻め2 七瀬亮…高校2年生
攻め3 西山健斗…中学2年生
初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
渇望の檻
凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。
しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。
支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。
一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。
外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。
ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?
潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話
ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。
悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。
本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209
僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】
華周夏
BL
かつての恋を彼は忘れている。運命は、あるのか。繋がった赤い糸。ほどけてしまった赤い糸。繋ぎ直した赤い糸。切れてしまった赤い糸──。その先は?糸ごと君を抱きしめればいい。宿命に翻弄される神の子と、眷属の恋物語【*マークはちょっとHです】
キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる