59 / 191
第四章 相棒(バディ)
1
しおりを挟む無機質でだだっ広い地下の空間に、空気を引き裂くようにして光と音とが交錯する。
その擾乱に囲まれながら、いまタカアキラは光線銃を手に、高速で移動する輝く飛翔体を目で追っている。
ほとんど音もなく、滑るように空中を飛行するオレンジ色の光球に向けて、軽やかに足を踏みかえつつ躊躇いなくトリガーを引く。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
さらに、よっつ、いつつ、むっつ。
壁や天井の射出装置から飛び出てきた光球は、最終的には全部で二十ほどもあった。それでもタカアキラは特に動じることもなく、素早くすべてに光線をヒットさせていく。光線の命中した光球は瞬時に紫色に変わり、空中で霧散してゆく。
「もう一度。次で最後だ。いいか」
「いつでもどうぞ」
背後の制御ブースの中からベータの声がして、次なる光球の集団がまた空中に吐き出される。
実弾の入った銃でもある程度威力の目安になる口径は、レイ・ガンの場合でも同様である。扱う人間の体格や体力に相応しい大きさのものを選ぶのがセオリーだ。
とはいえ実弾を使用する銃など、今となってはすでに骨董品扱いになっている。そんなものを購入するのは、ほとんど趣味的なコレクターばかりだろう。実弾銃はレイ・ガンの威力と比べれば、もはや実用性の面ではるかに劣るといわざるを得ない代物なのだ。
いまタカアキラが扱っている銃は一般的な成人男性が用いるものとほぼ同じ、かつユーフェイマス宇宙軍でも最も多く採用されている型式の拳銃だ。扱いやすく、小回りがきき、かつエネルギー効率がよくて壊れにくい。
実弾の銃ならば弾を装填せねばならないが、レイ・ガンの場合にはその光線を発生させるためのエネルギー補填が欠かせない。それには実弾の場合のマガジンと同様、握りの部分に装填するエネルギーパックを使用するのが一般的だ。
「ふう……」
すべての「試験」が終わってつけていた射撃用ゴーグルを外し、息をついてふりむけば、笑顔のベータが多少ふざけた調子で軽く拍手などして見せながら、こちらへ近づいてくるところだった。今日は黒いTシャツにミリタリー調のカーゴパンツという姿だ。
「命中率90%オーバーか。恐れ入ったよ、少佐殿」
「それはまあ……。一応、軍属なのだしな。このぐらい出来ねば、話になるまい」
「そうでもなかろう? 特に第三方面軍には、銃などろくに扱えんぼんくらがいくらでも居ると聞いてるぞ」
ベータが鼻で笑って言うことは、確かに嘘ではなかった。
このタカアキラに限らないが、隊には時々、「なんでここへやって来たのか」と思うほど心身ともに脆弱というのか、見るからに甘やかされ放題で育ってきた「お坊ちゃま」らしき御仁がいる。とくにあの、暢気な第三方面軍ではそうだった。
もちろんタカアキラの銃の腕は、幼いころからあのスメラギで教育係の武官らから叩き込まれてきたものである。が、ここでそこまでベータに説明することはもちろん出来ない。タカアキラは相変わらず、自分の身分をこの男には伝えないままだからだ。
そのまま何気ない風を装ってレイ・ガンをホルスターに戻しつつ、タカアキラは話題を変えた。
「で、どうだろう。片腕とまではいかずとも、ベータ殿の小指程度の働きはできそうだろうか」
「ま、そうだな」
にやにやしながらベータが顎を撫でた。
実のところここに至るまで、ベータはこれ以外にもタカアキラの――いや、彼は自分を「アルファ」としか呼ばないので、今はそう呼んだほうが相応しいのだろうか――様々な知識や情報収集能力、体術、剣術のすべてについて細かくチェックしてきた。会える時にはまずこれが最優先で、いまのところ彼に伴って実地の仕事をするには至っていない。
「そもそも一緒に仕事をするのに、俺の足をひっぱるようなスキルしかないのではとても連れて歩けんからな」というのがその理由の第一だった。
「悪くはない。なにより、立ち居振る舞いに品があるのは買いだろうな。そういうものは、たとえ演技だとしても一朝一夕に身につくものじゃない。その上、すぐにぼろが出る。まさに『お里が知れる』とかいうあれだ」
商品のグレードを判定するような冷静かつ客観的な言いように、アルファはややうんざりして目を細めた。一応褒められているようなのだが、あいにくとちっとも嬉しくない。
二度目のときのような明瞭な敵意をまといつかせていることこそ減ってはきたものの、男は相変わらずアルファに対して冷ややかな態度を崩さない。しかし、にも関わらず、なぜこんなリスキーな依頼を引き受けてくれたのか。そこだけはずっと不思議だった。
「上流階級の邸でのパーティに紛れ込むとか、金持ちの未亡人やら、男好きな貴族や政治家のジジイをたらしこむとか。色々と使いでがありそうだ。まあ喜べ」
「…………」
後半のほうは正直いかがなものかとは思ったが、とりあえずアルファは黙っていた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
渇望の檻
凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。
しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。
支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。
一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。
外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。
ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?
近親相姦メス堕ちショタ調教 家庭内性教育
オロテンH太郎
BL
これから私は、父親として最低なことをする。
息子の蓮人はもう部屋でまどろんでいるだろう。
思えば私は妻と離婚してからというもの、この時をずっと待っていたのかもしれない。
ひそかに息子へ劣情を向けていた父はとうとう我慢できなくなってしまい……
おそらく地雷原ですので、合わないと思いましたらそっとブラウザバックをよろしくお願いします。
僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】
華周夏
BL
かつての恋を彼は忘れている。運命は、あるのか。繋がった赤い糸。ほどけてしまった赤い糸。繋ぎ直した赤い糸。切れてしまった赤い糸──。その先は?糸ごと君を抱きしめればいい。宿命に翻弄される神の子と、眷属の恋物語【*マークはちょっとHです】
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
【完結】海の家のリゾートバイトで口説かれレイプされる話
にのまえ
BL
※未成年飲酒、ビールを使ったプレイがあります
親友の紹介で海の家で短期アルバイトを始めたリョウ。
イケメン店長のもとで働き始めたものの、初日から常連客による異常なセクハラを受けた上、それを咎めるどころか店長にもドスケベな従業員教育を受け……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる