星のオーファン

るなかふぇ

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第三章 ユーフェイマス宇宙軍

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「……なるほど。だ」

 マスクの下から現れたタカアキラ本来の顔を見て、羊の男は満足げに頷いた。いつのまにか、慣れた手つきでその指先が軽くタカアキラの顎に掛けられている。

「これなら、大抵の損害は埋められよう。なによりだった」

 タカアキラは訳もなく自分の耳が熱くなるような感じを覚えた。男の言わんとすることはいまひとつぴんと来ていなかったが、褒められたことには違いないらしい。それよりも、気になったのは別のことだった。
 タカアキラは威儀を正すと、彼に向かって頭を下げた。

「申し訳ありません。素顔を隠して依頼に来るなど――」
「は! そんなことは構わない。そういう依頼人もごまんと居るしな」
 思わず破顔したような声で笑うと、男もなぜか、ひょいと自分の首元あたりに手を掛けた。
「そう言う俺も、この通りだ」

(えっ……!?)

 タカアキラは息を飲んだ。
 今まで羊の姿をした男だとばかり思っていた相手の顔が、あっという間にヒューマノイドのものに豹変している。見ればその手に、自分のものと似たようなマスクが握られていた。

「だからまあ、お互い様ということだ。こんな仕事をしていて、素顔を晒しているほうが馬鹿だろうしな」
「あの、では何故――」
「これから一緒に仕事をしようと言うんだからな。お互い、素顔もわからんのではややこしかろう。まあ、どうせこんな皮一枚のこと、いくらでも変えることは出来るわけだし」

 ぴたぴたと自分の頬を叩くようにしている彼の顔は、精悍な男そのものだった。やや癖のある蜂蜜のような色をした髪に、印象的な青白い光を放つ強い瞳。その本来の口調にも似つかわしい、全体に男らしい顔立ちだった。

(それにしても……人間型ヒューマノイドとは)

 いや、同じヒューマノイドでも、彼はあのスメラギと関係があるわけではなさそうだったが。スメラギびとは基本的に、黒い瞳に黒髪であるのが普通なのだ。
 呆然と立ち尽くしているばかりのタカアキラを見て、男はにやりと笑ってみせた。
 
「ああ、この顔か? あんたも知っているだろう。たとえ親がそうでなくとも、たまにこういう『先祖返り』が起こる。俺はそっちのタイプなんだ」
「そう……なのですか」

 なんとなく釈然としないのは、その時だけ急激に、彼のほうから嘘をく人の発する「気」のようなものが放散されたからだった。もちろんこれも、<感応>をもつタカアキラだからこそ分かることだ。

(本当だろうか。……いや)

 そう思って、タカアキラは自嘲した。
 彼がこんな、ほとんど初対面に近い自分に本当のことをすらりと話すわけがない。
 男は軽く鼻を鳴らした。

「納得できない顔だな」
「い、いえ……。そういう訳では」
「どうだかな」

 くすくすと笑っている。
 その顔がまた、声と同じでいやに色気をはらんだものだ。彼の声を初めて聞いたときと同じような、むずむずと体の奥で何かが叫びたがるような衝動を再び覚えて、タカアキラはどぎまぎした。
 自分の感じているものが、一体なんなのかが分からない。どうしてこうも、自分はこの男の前だと落ち着かないのか。

「ま、あんたが信じようが信じまいが俺は構わん。これにて交渉は成立だ。今後ともよろしく頼む……と、その前に」
 男はふと何かに思い至って苦笑した。
「お互い、名前もないのでは不便だな。さっきの『<鷹>どの』では笑えるし」
「わら……そ、そうだろうか」
 なんだか少し、言いようがひどい。が、男はタカアキラの反応などほっぽって、勝手に話を進めている。
「仕事柄、本名などは当然使えん。あんたもそんなものは名乗るつもりもないだろうし」
「いや……その」
「今後、なんと呼べばいい。ああ、『少佐どの』とでも呼ぶとしようか?」
「いや、それは──」

 それは明らかに冗談で、なおかつさっきの「<鷹>どの」に対する意趣返しのようだった。しかし、タカアキラは特に腹立ちなどは覚えなかった。むしろ彼から発せられていた激しい怒りや憎しみの「気」がやや薄れたように思われて、ほっとしたぐらいのことだ。
 そうして、ちょっと考えてからこう言った。

「では……『アルファ』と、お呼びください」
「『アルファ』?」

 男はなぜ、とは訊かなかった。
 だが、少し顎に手を当ててからこう答えた。

「なら、俺は『ベータ』と呼んでもらおう」と。



◆◆◆



 そこからは、今後の連絡の取り方等々について再び簡単な打ち合わせをし、タカアキラは元通りにマントとマスクに身を包んで、<鷹>の男──いや、いまや「ベータ」だ──の店を辞した。そうして前回と同じく、<隠遁>を使ってホテルの自室に滑り込み、軽くシャワーを使ってからベッドの上で一息ついた。
 なんだか、帰って来るまでがあっという間だった。周囲の人々とトラブルにならないよう、もっと注意深く歩くべきだったというのに、どうもふわふわと足元が頼りなくて、胸がへんな音を立てつづけていた。

(なんだろう……これは)

 相変わらず、奇妙にはねる自分の胸に手を当ててタカアキラは窓の外を見た。夜中の繁華街はまぶしい明かりの洪水で、光を遮蔽するカーテンを使っても部屋の中がほんのりと明るくなるほどだ。

(次は、いつ会えるだろう)

 彼に。
 ベータに。

 これっきりじゃない。
 また会える。

(また……会えるんだ)

 「アルファ」というのは、とある言語のアルファベットの最初の文字だ。
 それは「ひとつの」だとか、「物事の最初」あるいは「わずかな量」を意味する文字でもある。
 世界中にいくらでもある、多くのなかのひとしずく。

 あのスメラギ皇国の第三皇子、タカアキラなどではなく。
 ただの、ひとりの男でいたい。
 彼の前では、ただの男でありたかった。
 あの時それほど深く考えた訳ではなかったけれど、思い返してみれば自分は、そんなことを思っていたのではないかと思う。

(……ベータ)

 そしてそれは、彼が自分だけのために考えてくれた名でもある。
 「アルファ」とはちょうどついになるようなその名前を、彼は即座に選んでくれた。それが自分でも不思議に思うほどに、タカアキラの胸を高揚させていた。

 ……ただの男として、彼に会う。

 ただそれだけのことをこんなにも嬉しいと思う自分が、なんだか不思議でならなかった。
 タカアキラはもそもそと、ごく一般的なホテルのシングルベッドに寝転ぶと、毛布を体に巻きつけて静かに目を閉じたのだった。
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