星のオーファン

るなかふぇ

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第三章 ユーフェイマス宇宙軍

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「お引き受けいたしましょう」

 羊の顔をした<鷹>から返ってきた言葉は、確かにそういうものだった。しかし、言葉の意味とは裏腹に、いま彼から飛んでくる気配というのか、心の色のようなものが決定的に何かを拒絶していた。
 彼の発する「気」らしきものが、びきびきと周囲の空気を凍りつかせている。目に見えぬその氷はそこからさらに粉砕されて、ばらばらにされた氷のやいばが、まるでタカアキラの全身を突き刺してくるようだった。
 タカアキラは驚き、戦慄した。以前と同じマントとマスクを着けた姿で、あちらに顔は見えていないはずだったけれども、見えていたなら恐らく相手は、目の前に蒼白の、唇を震わせる青年の顔を見たことだろう。

 今回ふたりが落ち合っているのは、前回とはまた別の店である。こちらはいかにも、昼に営業している喫茶店のような風情だった。丁寧に吟味され、選ばれたらしい色とりどりのコーヒーカップの並べられた棚を背景に、羊の男は冷ややかな様子で腕組みをし、こちらをうち眺めていた。
 その姿には、先日の柔らかな物腰など微塵もない。むしろ飛んでくるのは真っ黒で、身も凍るような冷たい霧になった敵意ばかりだった。

(なぜ……このような)

 唖然としながら、やっと足を踏ん張ってそこに踏みとどまり、タカアキラはどうにか返す言葉をしぼり出した。

「引き受けて、くださると……?」
「ええ。そう聞こえませんでしたか」

 耳が悪いのか貴様、と言わんばかりの、ぶっきらぼうな言い方だった。
 いや、正確なことを言えば彼の態度も言葉も声音も、理性によって十分に制御されている。心の内がどうであっても、客に対する態度を変えるなど決してしない男なのだろう。確かに<感応>の能力のない者が聞けば、ごく慇懃におだやかな会話をしているとしか思うまい。
 しかし、残念ながらタカアキラはそうではなかった。彼の言葉そのものよりも、心から発せられてくる鋭い感情に圧倒されて、ただただ絶句してしまう。彼の本音の部分がそのまま槍になって、こちらの胸を突き刺すようだ。
 タカアキラはマントの陰でこっそりと拳を握った。

 なんだろう。
 胸が痛い。
 わけが分からない。
 自分はこの男に、なにか悪いことでもしたのだろうか……?

「あ、……ありがとう、ございます。それで、引き受けてくださることというのは」
 男はすっと肩を竦めるまねをして、別にどうということもない調子で言った。
「全部、でよろしゅうございますよ。無論、報酬はしっかりいただくが」
「ええ、それはもちろんですが。しかし、全部……? というと」
「必要な情報と、仕事のためのスキルの伝授。なんでしたら、共に協力して同じ依頼に臨むのでもこちらは構いません。ただしはじめのうちは、ごく簡単な依頼に限られるが」
「えっ……?」
「その場合は当然、報酬は七三シチサンで頂きます。びた一文まかりません。それでも良い、とおっしゃるならば」

 本音の感情とは真逆であるにも関わらず、男の返事はもはや「大サービス」と言うにも余りある申し出に満ちていた。

「あ、ありがとうございます……! 本当ですか? それは本当に、助かりますが――」
「無論です」

(ああ。やっぱりだ)

 態度には微塵も出さないと思ったけれど、やっぱりそんなことはない。
 今の彼は、言葉も態度もなにもかも、自分のことをまったく知らなかった前回よりもはるかにそっけないものになっている。前回はなんだかんだといいながらも、他の酔客を相手にする程度には慇懃で穏やかな態度を崩さなかったこの男が。
 前回から今回までの間に、いったい何があったというのだろう。
 しかしどんなに知りたくとも、残念ながらそれを確かめるすべは今のタカアキラにはなかった。

「さて。と、いうことで」
 そんなこちらの内心など知る由もない風で、男は腕組みをほどいてカウンターを回り、こちらへ無造作に近づいてきた。あっというまに手をのばせば届く距離に近づかれて、かえってタカアキラは呆気にとられ、動くことができなかった。
「今後、共に仕事をする間柄になるからには、色々と済ませておくべきことがある。よろしいか」
 口調も突然、そんなぞんざいなものにシフトして、不思議とそれが不快ではなかった。
「済ませておくべきこと……とは?」
 男はそれにすぐには答えず、羊顔の横にひょいと指を添わせて少し首を傾けた。じっとこちらを値踏みするような感じだった。
「今後のことだ。慣れない仕事でミスをされるのは敵わない。これからの仕事にも響くことだしな。もしもそれで損害が出た場合、それはすべてそちらに支払っていただくことになるが。それで構わないか」
「いや、……それは」

 それは、困る。と言うよりも、もはや物理的に不可能だ。
 もともとこれは「金がない」と言って申し出た依頼だ。手持ちにはもうさほど自由になる金がない。すでに引き取ったあのオッドアイの子らのためにも、ある程度の金は常にプールしておかねばならない。
 マスクの下で考えていることを、男は的確に読み取ってきたらしかった。「なに、簡単なことだ」と言いながら、さらに一歩、近づかれる。

「最終的には、でお支払いになればいい。可能でしょう? あなたならば」
「私、自身……?」
 言われたことがよく理解できず、相手をぼんやりと見返してしまう。すると相手は、低く喉奥で笑ったようだった。
「とはいえまあ、担保になるの値踏みぐらいはさせていただこう。取っていただけますか? これを」
 言って軽く、かぶった熊のマスクの鼻先を指でちょんちょんとつつかれた。

(え……!)

 驚くとともに、タカアキラはやっと理解した。
 そうか。初めからこんなものはばれていたのだ。あの店にもこの店にも、客の持ち物を精査するシステムが導入されているはずなのだから。自分が動物の顔のマスクをつけた人間型ヒューマノイドであることぐらい、彼はとうにお見通しだったのだろう。

「…………」

 タカアキラはしばし逡巡した。しかし結局、首をかしげたままの姿勢でこちらを黙って見つめてくる男の、その無言の圧力に屈した。
 そうして、己がマスクに手を掛けた。

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