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第三章 ユーフェイマス宇宙軍
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しおりを挟むマサトビからの連絡を受け、タカアキラは周到にその日のために準備した。
まずは上層部へ十日あまりの賜暇を願い出、許可を受けた。次なる問題は、いつも自分の側から離れないあの二人組である。彼らの任務は本来タカアキラの警護と監視であって、たとえ自分が休みになろうが彼らには関係ない。
<鷹>が依頼主との連絡用に使っている惑星は、幸いにも今タカアキラたちがいる惑星からさほど離れたところではなかった。小型艇で何度か超空間飛行を使えば、丸一日程度で着く。
タカアキラはまず、「社会勉強だ」と称して警護の二人を連れ、その惑星に向かった。そこでしばらく有名な観光地などを巡ったあと、取ったホテルの一室に「おやすみ」と言って戻ってから、自分の能力を使ったのだ。
以前、スメラギ宮にいたときよりも格段に、タカアキラの<恩寵>の能力は増している。いまや自分の姿や匂い、気配のみならず、周囲にあるもの、たとえば乗っている小型艇そのものですら人やレーダーの目をごまかすことが可能になっていた。
タカアキラは部屋で休んだふりをして、<隠遁>を使って部屋から堂々と出て行った。部屋の前で警護にあたっていたのはザンギの方だったが、かれはぬうっとそこに立ち尽くしているだけで、こちらに気づいた風はなかった。
◆◆◆
完全体の人間型の姿では、どこの惑星でも目立ちすぎてしまう。そのため、今回のタカアキラはちょっとしたマスクとマントを使用している。マントは普通のものだったが、マスクはカメラやレーダーの装備された特別な仕様のものだ。目立たないよう、庶民の中にも多い熊の顔のものにしている。基本的には肌を露出させない出で立ちにして、手袋もはめた。
そういう姿でタカアキラは、かぶったマスク内に表示させたマサトビの情報に添って、いりくんだこの惑星の首都の道を用心深く歩いていった。下手に誰かに体がぶつかるなどして、へんな因縁でもつけられては面倒だからだ。
街にはまことに、いろんな種族の人々が居た。特に体の大きなゴリラや象といった種族の者とは、小路ですれ違うのにも苦労した。
やがて、遂にタカアキラはその店に到着した。
そこは別段なんということもない、間口の狭いバーだった。
古ぼけたつくりに見せた木製のドアを開けると、そこはカウンターといくつかのテーブルがあるだけの非常に狭い店だった。数名の先客がいて、銘々に好きな酒やおしゃべりを楽しんでいる。
全体に薄暗い店で、さほど流行っているようには見えない。カウンターの奥にはとぼけた羊の顔をしたバーテンダー姿のマスターがひとり居て、客の要望があるときだけ二言、三言ことばを発しているようだ。
あとはただただ、静かである。古ぼけた音色のジャズナンバーが、聞こえるか聞こえないかぐらいの低さで小さく流れているばかりだ。
「いらっしゃいませ。何にいたしましょうか」
さりげなく尋ねてきたその声が自分に向けられているものであることに、しばらくタカアキラは気づかなかった。そして、羊顔から勝手にもう少し年配かと思われたその男の声が、ずっと若くて張りのある、深いものだということに気がついた。
タカアキラはなぜかどぎまぎして、しばし視線を宙に泳がせた。
「……あ、はい。ええっと――」
よく考えてみれば、今までこういう店で飲んだ経験もない。たまに基地の外に出ることがあってもいつもあの二人がついてきていたし、二人がいればまず間違いなく、こういういかがわしい界隈への立ち入りは阻止されていたからだ。
つい「マスターのおすすめを」と言い掛けて、タカアキラはマサトビに言われていたことを思い出し、慌てて言い直した。
「こ、『小鳥の遊べぬ木々の唄』というカクテルが、こちらにあると聞きまして」
「それはありがとうございます。少々お待ちくださいませ」
羊の男はよどみなくそう答え、軽く会釈した。
そのまま流れるような手つきでルビー色の美しいカクテルを作り、グラスをこちらに差し出してきたあとは、他の客に静かに応対するだけで、こちらに関心を示す様子もなかった。
やがて、ひとり、ふたりと客が帰りかけ、気づけばタカアキラだけがその店に残っていた。こうすることも、すでにマサトビから聞かされている通りである。時刻はすでに、この街での真夜中を随分と回ってしまっている頃だった。
マスターはさりげない動きで店の入り口に回ると、扉に掛かった小さなドアプレートを「閉店」に変え、扉を閉めてこちらを向いた。
「ご依頼ですね。用件をおうかがいいたしましょうか」
タカアキラの胸が、どくんとはねた。
それはなんだか、腹の下の、さらに奥のほうを刺激されるような声だった。
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