星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
53 / 191
第三章 ユーフェイマス宇宙軍

しおりを挟む

 さて。
 結論から言えば、タカアキラがその<鷹>なる人物に会うのは非常に難航した。なにしろそんな通り名のようなものしか分からない。まるで雲を掴むような話である。
 しかし裏社会では、彼は確かに名の通った仕事人であるようだ。ここ数年のうちに急に有名になった人物で、年はまだ若いらしい。デビュー当初から殺しだけは請け負わないというふれこみだったが、交渉の成立した仕事についてはごく卒なくスピーディーにこなすのだとか。
 「殺し以外で」という但し書きつきではあるが、仕事の内容は多岐にわたる。やんごとないご身分の方々かたがたの、表には出せない何かしらを秘密裏に盗んで――場合によっては「かどわかして」――くるだとか、逆に盗まれたものを取り返してくるだとか。そうしたことが、その主な仕事であるらしい。
 <鷹>とは言うが、その正体を知る者はだれもいない。せいぜいが「男ではあるようだ」というぐらいのものだ。

『その男に依頼して、金になる仕事や情報を紹介、あるいは売ってもらうという方法がまずありまする』とマサトビは言った。
『ほかにも、指南代を支払ってそうした裏家業のやりかた、注意点等々を学ばせてもらうことも、可能であればぜひとも試しておかれては。なにしろ、殿下ご自身が手ずからなさるしかないのですし』
 
(とは言え。本人に連絡も取れないのでは――)

 そこからしばらく、タカアキラとマサトビはくだんの<鷹>との連絡をつけるための方策を探すことに腐心した。そしてそれには、思った以上の苦労を伴うことになったのだ。



◆◆◆



 結局、そこから二年を要した。
 タカアキラはすでに十八になんなんとしていた。
 ユーフェイマスとザルヴォーグとの長い戦争はまだ続行中であったが、その間タカアキラが戦場に出たことは一度としてなかった。
 この第三方面軍は後方支援と周辺星域の治安維持を主な目的とした部隊であり、基本的に前線に出て行くことなどない。だからこそユーフェイマスも、スメラギに頼まれてしぶしぶタカアキラを配属させるとき、この部隊を選んだわけだ。
 幸い故国スメラギにおいては、いまだあの凶事のことがあり、ナガアキラの后は選ばれていない。とはいえそろそろナガアキラも二十二である。いつまでもこのままという訳にはいかない時期に入っていた。


「殿下……あ、いえ、スメラギ少佐。どちらへ」

 今日もまた、監視役の一人、ミミスリがあとをついてくる。
 彼の自分への呼びかけは、何かの間違いなわけではない。実はあのあと勝手にどんどん階級を上げられて、今やタカアキラは少尉から少佐へと驚くべき昇進を果たしているのだ。佐官になったわけなので、今のタカアキラはあのホーガンと同じ、紺地の軍服に変わっている。
 特になんの手柄があったわけでもないのに、これではわざわざ少尉から始めさせてくれと頼んだ意味がない。どうせこれも、ユーフェイマスのスメラギへのごますりの一環だろう。タカアキラは辟易へきえきするばかりだった。

 上官であるホーガン大佐は「佐官になったのだからいい加減、部下ぐらい持て」と数名の下士官や下級兵を押し付けてこようとしたのだったが、「とんでもない。こんな『少佐』に誰がついてきましょうか」と、タカアキラが必死に固辞した。
 そこからまたすったもんだがあったわけだが、結局これら警護の者ふたりだけが、一応いまのタカアキラの部下という扱いにされている。言うまでもないことだが、何もかもが異例の措置だった。
 ミミスリはいつもタカアキラの斜め後方からついてくるのだが、同様に黒い長靴ちょうかを履いていながらもほとんど足音をたてることがない。

「畏れながら、あまりお一人であちこち動かれませんよう。比較的平和な基地ではありますが、なにぶん躾のいい連中ばかりではありませんゆえ」
「わかっているよ。君がいるからこそ、こうして自由に歩けるのに決まっているさ」
 にっこり笑って振り返れば、困った瞳に見返された。

 このミミスリとは、初めのうちこそ互いの距離を測ってやや冷めた関係だったのだけれども、この二年弱でずいぶんとうち解けた。たまに冗談など言ってもまったく通じない真面目一徹といった朴念仁ではあるけれど、その態度や言葉はいつも真摯だ。器用ではないながら、どこか温かみを感じる狼男なのである。
 それに加えて、なんといってもその狼としての素敵な容姿。スメラギ宮で犬や猫などを飼っていたということもあり、そうしたやわらかい毛のはえた生き物の大好きなタカアキラにとっては、だから彼はとても魅力的な人でもあった。
 一度など、タカアキラがもう辛抱たまらなくなって「どうかお願い。少しだけでいいから、その耳や尻尾に触らせてもらえないだろうか」と拝み倒したところ、遂に触らせてくれたことさえある。いやもちろん、散々「いけません、殿下。そのような」と必死に固辞した挙げ句のことだ。

(あの時の彼の顔……!)

 思い出すといつも、タカアキラは頬が緩むのを抑えきれない。
 あれはまさに傑作だった。
 恐る恐る触れてみれば、思ったとおりその耳はふかふかのもふもふで、生き物としてのあたたかな体温はまた格別だった。自分はそれを撫でながら、遂には彼の体を抱きしめて、ついつい頬ずりまでしてしまった。
 まったくもって、幸せだった。
 できることなら、そのまま眠ってしまいたくなったほどに。
 その間じゅうずっと、ミミスリのふっさりとした尻尾は彼の尻のあたりでぱたぱたと嬉しげにはねまくっていた。どうも尻尾それは、彼が必死におし隠そうとすればするほど、素直にその感情を表してしまうものらしい。

「殿下。いい加減にしておやり下さい。見苦しいぞ、ミミスリ。情けない」

 脇で見ていたあのザンギの目の冷たさがまた、絶対零度に迫る勢いだった。
 少し申し訳なかったのだが、あのいかつい体とくちばしを持つかの男まで、「よしよし」と撫で回す趣味はタカアキラにはなかった。てっきり自分もして欲しかったゆえの不機嫌かと思っていたら、どうやらそうではなかったらしい。
 最終的に、そのときはミミスリが「もうお許しくださいませ」と音を上げて、部屋から逃げていくことで一件落着した。
 気のせいか、すこし前かがみになった姿勢で飛び出していった狼男を、鷲の顔の男はほんのわずか気の毒そうな目でちらっと見たものだった。そうして「殿下。ここだけの話ではございますが」と、思わぬことを教えてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

だからその声で抱きしめて〖完結〗

華周夏
BL
音大にて、朱鷺(トキ)は知らない男性と憧れの美人ピアノ講師の情事を目撃してしまい、その男に口止めされるが朱鷺の記憶からはその一連の事は抜け落ちる。朱鷺は強いストレスがかかると、その記憶だけを部分的に失ってしまう解離に近い性質をもっていた。そしてある日、教会で歌っているとき、その男と知らずに再会する。それぞれの過去の傷と闇、記憶が絡まった心の傷が絡みあうラブストーリー。 《深谷朱鷺》コンプレックスだらけの音大生。声楽を専攻している。珍しいカウンターテナーの歌声を持つ。巻くほどの自分の癖っ毛が嫌い。瞳は茶色で大きい。 《瀬川雅之》女たらしと、親友の鷹に言われる。眼鏡の黒髪イケメン。常に2、3人の人をキープ。新進気鋭の人気ピアニスト。鷹とは家がお隣さん。鷹と共に音楽一家。父は国際的ピアニスト。母は父の無名時代のパトロンの娘。 《芦崎鷹》瀬川の親友。幼い頃から天才バイオリニストとして有名指揮者の父と演奏旅行にまわる。朱鷺と知り合い、弟のように可愛がる。母は声楽家。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

狐に嫁入り~種付け陵辱♡山神の里~

トマトふぁ之助
BL
昔々、山に逃げ込んだ青年が山神の里に迷い込み……。人外×青年、時代物オメガバースBL。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

渇望の檻

凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。 しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。 支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。 一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。 外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。 ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?

生贄として捧げられたら人外にぐちゃぐちゃにされた

キルキ
BL
生贄になった主人公が、正体不明の何かにめちゃくちゃにされ挙げ句、いっぱい愛してもらう話。こんなタイトルですがハピエンです。 人外✕人間 ♡喘ぎな分、いつもより過激です。 以下注意 ♡喘ぎ/淫語/直腸責め/快楽墜ち/輪姦/異種姦/複数プレイ/フェラ/二輪挿し/無理矢理要素あり 2024/01/31追記  本作品はキルキのオリジナル小説です。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

処理中です...