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第三章 ユーフェイマス宇宙軍
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しおりを挟む『そちらはいかがにござりまするか。ご不自由などは――』
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
「警護」の二人の能力がいまだ判然としないわけなので、盗聴そのほかに配慮して、タカアキラは<念話>の力を応用してその声を回線に乗せている。とはいえ、あまり長々と話をしているのは危ない。秘密の回線を使っているとはいっても、スパイの暗躍を阻止するために軍内の回線のすべては監視されていると見たほうがいいからだ。
マサトビもそのことは承知しているので、用件のみを端的に伝えるように努力してくれていた。
実際は、声に出す方ではまったく別の用件を話しながら、<念話>を使って裏でも話す、二重構造での会話なのである。マサトビに<恩寵>はないので、基本的にはこちらであちらの心の声を聞き取ることに集中する形だ。
『早速にございますが、殿下。ご命令の件、お調べしておきましたぞ』
《そうか、すまない。何か分かっただろうか》
『はい。しかしまあ、どれも難しそうにはござりまするが――』
《構わん。いいから教えてくれ》
実はタカアキラがマサトビに頼んでいたのは、この宇宙軍からの給金以外で金を稼ぐための方法を模索することだった。
こんなお飾りの皇族少尉など、宇宙軍はいてもいなくても構わぬはずだ。むしろ変に怪我でもされたり、軍内でトラブルに巻き込まれて不届きな輩に不届きなまねをされたりでもすれば、まことに焦眉の事態となる。それこそあのスメラギから「これ幸い」とばかり、慰謝料だのなんだのと、いったいいくらふっかけられることになるものやら。
そう思えば宇宙軍の上層部は、さぞや頭を抱えていたことだろう。あのホーガン大佐が言っていた通りだ。タカアキラはこの軍にとって、まさにお荷物に他ならない。
ともかくもそんな立場のタカアキラだ。こちらから「賜暇をください」と頼めばすぐにも、それは与えられるはずだった。出来れば軍部としてはこれからもずっと、自分に賜暇を取り続けて欲しいぐらいのものだろう。少なくとも外部で起こったトラブルに関しては、「管轄外だ、責任は取れぬ」といい逃れることができるのだから。
だったらその時間を使って、自分は副業をすればいい。少しでも金を稼いで、これから先の「子ら」のために備えておかねば。
マサトビはそこから、いくつかの選択肢を提示した。
すなわち、今ある私財の一部を投資して、そこから利ざやを稼ぐこと。また、安全で利便性の良い物件等々を購入して貸し出し、その利を手中にすること。ここまでなら、金銭的な危険以外のことはないし、マサトビも最もそれを推してきた。ただそれには、やはりそれなりの知識と技術がいる。また、単なる貯蓄とは違って投資である以上は、元本を失う恐れもなきにしもあらずだ。
《なるほど。それもいいだろうな。なんでもやってみるに越したことはない――》
そういう訳で、タカアキラはそちら方面をマサトビに任せ、しばらくはちまちまと私財を元本に利ざやを稼ぎつつ、自分は宇宙軍士官としての仕事もこなすことにした。
しかし、すぐにそれだけでは無理であることが判明した。
ほぼ半年ほどが過ぎたころ、得られた収入を合算してみて呆然としたのである。利益の合計額は、目標からすれば程遠いものに過ぎなかった。宇宙軍少尉としての年俸がユーフェイマスの共通貨幣価にしておおよそ十万デリルであるのに対し、利ざやのほうはその半分にも満たなかったのだ。
二人の男に監視されながらこのまま何年も宇宙軍で稼いでみたところで、永久にあの「子ら」を救うには至らぬだろう。それどころか、すでにしてあのオッドアイにいる子らの世話をするにも心もとない。具体的には、最低でもこの年収の優に十倍の収入は必要だったのだ。
(どうしたものか――)
こんな風に他者から隔絶された場にいるだけでは、人脈を得ることも叶わない。何か事を起こそうと思えば、間違いなく他人の手助けが要る。単に「皇子であるから」というだけで人が力を貸してくれるわけがないのだ。
今のところ、あのミミスリとザンギは誰の配下かもわからない。二人はただ淡々と日々タカアキラの警護を続けているばかりだ。片方だけになったときを狙って何か話をしようとしても、「私語は禁じられておりますので」と言われるばかりで、普段は必要事項の伝達以上の言葉を交わすこともできない。
これでは八方塞りだ。どうにかして、軍の外に出て道をひらく術を探さねば。
なんとかならぬか、とまたマサトビに相談したときのことだった。
『は、ええっと――』
やや口ごもり、マサトビは困ったように手元を見つめる様子だった。
『実は、その……先日来お伝えしておりました方法のほかにも、手段がないわけでは……ござりませんのですが』
《なんだって?》
タカアキラは自室で思わず椅子から腰を浮かせ、画面を凝視した。
小さな画面の中でマサトビが、小さな体をさらに小さくするようにして頭を抱えている。
『ですが、その……それは、まことに非合法と申しますのか……非常に危ない手段にござりまする。うまくいけばそれこそ大金を稼ぐことも可能ではござりますれど、なにより殿下の身の危険を伴いますので。お勧めは決していたしませぬ』
奥歯にものが挟まったような言いように、タカアキラは苛立った。
《もったいぶるな。時間がないのだろう。早く申せ》
『はあ、そのう――』
そうして。
そのとき、タカアキラは初めて彼の名を聞いたのだ。
裏の社会で様々な仕事を請け負い、大金を稼いでいると噂される、とある男の名前をである。
それは、<鷹>と呼ばれる謎めいた「なんでも屋」、あるいは「情報屋」と呼ばれる人物だった。
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