星のオーファン

るなかふぇ

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第二章 スメラギの秘密

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「それは、問題にござりまするな」

 ごく穏やかな声だった。
 だというのに、座は一気に静まり返った。

 広く開かれた評定の間の外は、春も近づく華やぐ庭である。やってくる小鳥たちは嬉しげに鳴き交わし、いまだ風は冷たいとはいえ、日差しは明るく温かみを増している。だというのに、部屋の中にはぴんと張り詰めた、冷ややかな空気が充満していた。
 これが、この兄なのだ。この一事だけでも、いまや兄が名ばかりのミカドの代わりにこの宮中を牛耳っていることがよく分かる。
 ナガアキラは白い細面ほそおもてをごくわずかにタカアキラに向けた。タカアキラはいま、ナガアキラから見てツグアキラを挟んだふたつ下座にいる。ヒナゲシの葬儀のときよりは薄い色になった墨染めの衣をまとい、冷ややかな視線でこちらを射抜きながら、長兄は言葉を継いだ。檜扇の向こうから、人間味はないにも関わらず、いやに涼やかな声が届く。

「スメラギの第二皇位継承者たる者が、斯様な邪推を招く行為に手を染めるなど。愚劣の極みと言われてもやむを得まい。ましてそなたの名義とは申せ、その私財は元をただせば民らの血税にほかならぬぞ。目的が何であれ、褒められる仕儀にはございませぬ」
 言葉の最後は、明らかにミカドに向かって発せられている。
「さ、……左様にござりまするな」
 年配の重臣のひとりがそう答え、「左様、左様」と周囲もなびく。

 次兄ツグアキラはと言えば、こわばった蒼白のおもてをして、膝の上で両の拳をにぎりしめたままぴくりとも動かなかった。
 周囲の臣下らのように、一も二もなく皇太子にくみする様子でないのは救いのようにも思えたが、さりとてこちらを擁護する風は一切ない。血の気の失せたその顔色を見れば、「反対するなど思いもよらぬ」というのが明らかだった。この兄の心中は、いつもどうもよく分からない。
 ただおひとり、御簾の向こうで沈黙のまま評議の流れを観察されているミカドの表情はうかがえない。しかし当然、タカアキラにはその御心はよくよくわかっていた。

(これで良いのだ)

 これがつまりは、自分たちの計画なのだから。
 いや、この場にいる重臣らのうちの相当数が、すでにかなり問題のある目的をもって他惑星を購入していることをタカアキラは知っている。そうしてそれこそまぎれもなく、「酒池肉林」とでも呼ぶべき愚かしい行為を目的としたものだった。それらだって間違いなく民らの血税と、あの「子ら」が命と心で支払わされたものによって購われた代物しろものだというのにだ。
 厚顔無恥とは、まさにこれであろう。
 もしもこの場でタカアキラの本来の目的を知らしめることができるなら、彼らを声高こわだかに糾弾したいほどだった。
 これまであの「子ら」を虐げた結果として得た、まさにかれらの血肉を絞った財を、かれらへの贖罪のために使ってなにが悪いか。あの程度の財、いまさら使ったからといって到底あがなえるはずのない罪を、この皇家は犯し続けてきたというのに。
 しかし、タカアキラは己が内面などちらとも見せず、その場で少しうなだれる風を装って目の前の床を見つめていた。いかにも、考えの浅い若造が愚かな真似をして後悔しているかのように。
 切れ長の目をすっと細めて、長兄が蔑むように弟を見やったようだった。

「この際でござります。左様な不届きな真似をしたタカアキラには、皇位継承から外れてもらい――」
「いや、待て」
 ナガアキラの声を遮るように、御簾のうちから声がした。ミカドである。
「単に惑星ほしのひとつを買い求めただけのことで、そこまでの咎めを与うるというのはいかがなものか」
 静々しずしずとしたその声は、事実すでに傀儡に近いものだとは言いながら、それでもさすがに王の威厳を保っている。
「若気の至りというは、誰しもあることであろう。惑星ほしを買うことそのものに罪があろうはずもなし。……しかし、ナガアキラの申すことも道理である。皇子の立場はほかの者とは違うのだ。咎なしというわけにも行くまい」
「…………」
 ナガアキラが、今度はその冷たい視線を御簾のほうへと投げやった。
「なにか、陛下によき案がおありでございましょうか。お聞きしとうございます」
「うむ――」

 その実、ナガアキラの声はちっとも聞きたそうなものではなかったが、そ知らぬふりをしてミカドは頷かれたようだった。そして当初の予定通りに、その思われるところを臣らに明かした。





 評定の結果、タカアキラの処遇は決定した。
 すなわち、第三皇子タカアキラは従軍できる年齢に達し次第、単身この惑星を出てユーフェイマス宇宙軍に仕官すること。そうして外部での荒波にもまれれば、少しは人間としてもう少しマシな人格を身につけられよう。庶民の感覚により添える、素晴らしき皇子となって戻ってこよう。
 さらには無駄に浪費してしまった民の血税についても、皇子が自ら働くことによって多少なりとも贖うようにという、表面上はそういう主旨だ。
 ナガアキラにしてみれば、自分よりも優れていると噂される<恩寵>もちの弟を遠ざける絶好の機会となるに違いない。もちろん「待っていました」とばかり飛びつくような感じは見せなかったが、最後にはナガアキラが満足げにその目を細めたのを、タカアキラは見逃さなかった。


《狙い通りになりました。まことに有難うございました、父上さま》

 その夜、いつものように父の寝所に忍んでいったタカアキラは、喜びとともに父にそう伝えた。しかしモトアキラの顔は意に反して、かなり浮かないものだった。

《まことに良いのか、タカアキラ。従軍ともなれば、良いことばかりでは決してないぞ。ユーフェイマスは、多くの星域から様々の人々を集めて組織された軍隊だと聞く。隊内にはごく下々の、荒くれ者も大勢いよう。今更こう申すのもなんではあるが、そなたは男女問わずに求められるという完全体の人間型ヒューマノイドである上に、非常に見目みめもよい。余は心配でならぬのだが》
 弱気な父の言を受け、タカアキラは意識的に明るい顔と声を作った。
《どうか、ご心配召されませんよう。わたくしには、この<恩寵>もございますれば》

 その通りだった。この<隠遁>と<感応>の力、それにこれまで磨いてきた武術等々の腕をもって、どうにかする以外にはない。
 少なくともこの宮に居続けて、あのナガアキラの毒牙を待つのみであるほうがよほど危ないことに思われた。その点は、ミカドもご納得のことである。そうしてこの惑星を離れ、今後も生まれくるかも知れない「子ら」をいかにして救うべきか、それを考えるためのしばしの猶予を貰うのだ。
 ついでながら、いま現在もあの<燕の巣>にて留めおかれている「子ら」については、次の皇太子妃候補が決まり次第、タカアキラの残る私財をはたいて身柄を引き取るという約定がすでに内々に交わされている。
 この件に関しては、裏で相当、あのマサトビが尽力してくれたのだった。実際、子らの引き取り人はマサトビの名義ということになっている。そうして子らは例のちいさな美しい惑星、オッドアイへと連れて行く予定であった。
 つぎの妃に選ばれる少女のことも気がかりではあったのだが、ミカドはそのことについては「余に任せておくがよい」と請け合ってくださったのだ。

《この宮中にヒカリの病死、ヒナゲシの『自死』と、高貴な女人にょにんに関する凶事がたて続けに起こったのだ。ここからすぐ、皇太子妃を選ぶのにはさすがにさわりがあろう。忌みごとを嫌うは宮中の習い。喪が明けてからも十分に期間を置き、さらに人選にも慎重になることは間違いない。余も必ず口ぞえをするほどに》
《は。なにぶん、どうかよろしくお願いを申し上げます、父上様》

 タカアキラは父に手を取られたままこうべを垂れ、また静かに父の寝所を辞した。
 すでに通い慣れた道である。そこここに立つ警護の衛士の横を<隠遁>をつかいながら音を立てずにすり抜ける。
 と、かたりと何かの物音を聞いた気がしてタカアキラは足を止めた。夜の宮に動くものは、衛士らのほかにはほとんどない。こうして一応あちらこちらに人を配してはいるものの、実際この皇居は高度な警護システムによって厳重に守られている。人工知能とても時として思わぬ故障や過ちを犯すので、それを人の目で補っているというのが実際のところであったりもするのだ。

(なんだ?)

 少し離れたところにかかる宮の渡殿わたどのの上に、人影がある。タカアキラは見間違いかと目を細めてそちらを見直した。だが、間違いなかった。足音をしのばせてそちらへ近づく。もちろん、姿は隠したままだ。

(あれは……)

 夜着すがたの青年が、ふらふらとよろめくような足取りで歩いてゆく。少し足を引きずるような、不自然な歩き方だ。いや、それよりも。

(兄上……? いったい――)

 タカアキラは眉根を寄せた。
 目の前を行くのは、間違いなく次兄、ツグアキラだった。月のある夜であり、松明の明かりもあってそれははっきりと分かったのだ。
 驚いたのは、その風体だった。
 兄の夜着は明らかに乱れており、まげからはぱらぱらと幾筋もの髪がこぼれ落ちていた。その顔は何かの激しい感情にひきつっており、唇をかみ締めるようにして人目を避けつつ、足早に廊下を渡ってゆく。

(いったい、あれは――)

 思った瞬間、タカアキラはびくりと身を竦ませた。
 ツグアキラがまろび出るようにしてやってきた方向に、何があるかに思い至ったのだ。

 そちらにあるのは間違いなく、あのナガアキラの寝所だった。

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