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第二章 スメラギの秘密
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しおりを挟む持ち帰った文は、小さな紙片を細長くたたんだもので、細い小枝に結び付けられていた。どうやら秋ごろから置かれていたものらしく、萎れた二、三枚の楓の紅葉葉がくるくると茶色に丸まってくっついている。もとはさぞ、美しいものだったのだろうと思われた。
タカアキラは出たときと同様にして自分の寝所にしのび戻ると、部屋の燭台のそばにしゃがみこみ、足先や指の冷たいのにも構わずに、目を皿のようにしてむさぼり読んだ。
そこには以下のようなことが、非常に細かく、しかし流麗な筆跡で丁寧に記されていた。
『 いと尊き御方へ
あなた様がこの文をお読みでいらっしゃるということは、恐らくわたくしは、もはやこの世の者ではなくなっていることでございましょう。
いえ、そのことは良いのです。そもそもそうなることを覚悟せずに、この宮へ参ることなど叶わなかったのですから。そうしてそう思うからこそ、わたくしもこちらをあなた様へ遺しておこうと思い立ったのですもの。
こうなってしまったからには、すでにあなた様ももう、多くのことにお気づきでいらっしゃるかもしれません。けれど、もしそうでなかったときのため、まだお話のできていなかった事どもについて、わたくしに分かる限りではございますが、こちらにお遺ししておこうと思うのです。
まず、殿下。お兄様、とくに上のお兄様には、十分にお気をつけあそばされませ。この宮で、もっとも恐ろしいのはあの御方にございます。
お父君様も、お二人目のお兄様も、あなた様ほどのお心の強さはお持ちではありませんけれども、そこまで厳しく警戒せねばならないほどの恐ろしき御方がたではございません。
むしろきちんとお話をされますならば、あなた様のお力にすらなってくださるやも知れません。とりわけ、お父君はそうではないでしょうか。なにしろあの御方は、あなた様にとっては実のお父上様なのですから。もしもそれが叶うようでございましたら、僭越ながら一度ご検討なさってみてはと思います。
ただお父君様も、あのお兄様のお力を非常に恐れておいでです。ご一族の長だとは言いながら、その実権はすでに兄上様のものと見て間違いはないようにさえ見受けられます。
どうか、いと尊き殿下。お動きになる際には、十分に準備をされ、どうぞ慎重のうえにも慎重をかさねて行動なさってくださいませ。
ただ、ひとつの希望に思われますのは、あなた様と兄上様のお能力の差でございます。このところお側で拝見させていただく機会もあり、まことに差し出がましいこととは思いましたけれども、わたくしはひとつの確信を抱いたのでございます。
あなた様のお力は、恐らくあの兄上様を凌駕しておられます。そのことを、きっと兄上様も恐れておいでなのではないでしょうか。ですが、だからこそお父君と次の兄上様をあなたさまから遠ざけておいでなのです。
どうか一度、父君様とお話をなさいませ。
父君様は決して、あなた様を疎ましくお思いではありません。むしろその反対なのではないかと、差し出がましくも拝見させていただいていたのです。
ですからどうか、お父上様にお会いなされませ。
あなた様のお力が、きっとその助けともなりましょうほどに。
そしてどうか、あの「子ら」をお救いくださいませ。
できますことなれば、今後はどうか、あのような哀れな子らがこれ以上この地に生まれることのないよう、左様なお国をおつくりいただければと、切に、切にお願い申し上げ奉ります。
あのように非業のうちに、わけも分からぬうちに命と心のすべてを奪い去られ、この世を去るために生まれねばならない命。斯様なものがあってよいでしょうか。
どうか、どうか、殿下。
この命を賭してお願い申し上げます。
どうか、あの子らを。
そればかりが、この緋き女の最期の、
そしてたったひとつの望みなのでございます…… 』
文の内容はそこのところで、突然にぷつりと終わっていた。
恐らくはあのヒナゲシが、お付きの者らやあのナガアキラの目を盗み、こっそりと書きしたためたものなのであろう。
その内容も非常に慎重に、決して誰の名もきちんとは記さないようにと気をつけて書かれたものだった。恐らくそれは、この文がなにかの拍子に誰かの手に渡ることがあっても、タカアキラの立場を悪くすることがないようにと配慮してのことだったろう。
タカアキラはその文を、何度も何度も読み返した。やがて手の震えばかりでなしに、その文面は熱くぼやけて霞み始めた。
(義姉上さま……!)
なんという、お覚悟か。
かの方は、自分にこのことを伝えんがため、ご自身の操のみならず、命すら賭けてこの宮にやってきたのだ。
自分とさして年も違わぬ少女の身で、これほど違うものだろうか。
今まで、事実を知らなかったことだとは言え安穏と出される食事や衣服に囲まれ、育ってきた己が身が恨めしかった。我が体を鞭うちたいほどに、情けなかった。
(……必ず。必ずや。義姉上さま――)
必ず、子らを守って見せる。
これ以上、あのように不幸な人生を歩まねばならない子らを、もう生まれてこさせてはならない。
タカアキラは唇を噛み、漏れ出しそうになる嗚咽をこらえた。ついあふれてしまった雫がぱたぱたと、美しい義姉の筆跡の上に落ちてそれをにじませ、じわじわと灰色の染みをつくった。
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