星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
39 / 191
第一章 スメラギ皇国

しおりを挟む


《いかにも、その通りにございます。わたくしは、第三皇子、タカアキラ》
《やはり、そうであられましたか》

 さわやかな少女の心の声が、するりとタカアキラの胸に滑り込んできた。
 タカアキラは思わず、見えてはいないと知っていつつもその場で彼女に向かって頭を下げた。

此度こたびはたいへん不躾ぶしつけな真似を致してしまいました。申し訳ありません、義姉上あねうえさま。どうかお許しを賜りたく》
《そのようなこと。どうぞお気になさいませぬよう――》
《ただいまは、お気遣いくださって面目次第もございません。まことにありがとうございました》
《いいえ。さほどにおっしゃっていただくようなことは、なにも致しておりませんわ》

 タカアキラは、少女の態度に少しばかり気圧けおされるものを覚えた。先ほどからこちらに飛んでくる思念は、とても自分と同い年くらいの少女のものとは思えぬほどに落ち着いている。
 もっとも本来、このぐらいの年の男女はその精神的ながかなり変わってくるのが普通ではある。一般的に、「男子おのこはいつまでたっても、どこかしら幼いものにござりまするゆえ」などとあの<恩寵博士>たちも笑って言うことがあるほどだ。
 しかし彼女の思念の中に、どうにもならない寂しい気配を感じて、タカアキラの胸は痛みを覚えた。それで、何となく聞きづらくは思ったけれども結局は恐る恐るこう尋ねた。

《こちらで、何をなさっておいでだったのですか。義姉上さま》
《『義姉上』だなどと……。ご勘弁くださいまし、タカアキラ殿下。あなた様もご存知でいらっしゃいますでしょう。わたくしは、とてもあなた様にそのようにお呼びいただくような者ではありませんわ》
《……いえ。義姉上さまは、義姉上さまではありませんか。わたくしには、ほかにお呼びのしようもありませんゆえ》

 それを聞いてなのだろうか、少女の思念がやや柔らかいものを含んだようだった。とはいえ、お顔は相変わらず池のおもてを見つめているばかりであるため、表情は伺い知れなかった。

《真面目なかたでいらっしゃいますのね、タカアキラ殿下は》
《左様なことは……》
《いいえ。実は大変ご無礼なことではありますけれど、婚儀の席でも、ずっとそう思っていたのです。まことに、思った通りのお方でいらっしゃいました》
《えっ?》
《このとおり、わたくしにはささやかながらこうした<恩寵>がございます。それゆえ、お式のあいだはずっと、皆様がたのご様子を――つまり、そのお心栄えをということですが――そうっと拝見しておりましたの》
《そうでしたか……》
《はい。それで、不躾ながらあのお席では、あなた様とだったらこうしてお話しできるかもしれないと……いえ、お話ししてみたいと思っていたのです》

(そうなのか――)

 驚きだった。今しているものよりは遥かに濃い、真っ白な化粧をして、まるで人形のようにお行儀よく、ひな壇にお座りだったあの姫が。まさか自分のことをそんな風に、こっそりと精査していようとは。

《あ、あの、義姉上さま》
《はい》

 そうして、タカアキラはあれこれと逡巡してはみたものの、結局はずけずけと、訊きたいことを思いに乗せてしまった。

《その……失礼を承知でお尋ね申し上げますが。<恩寵>を賜っておいででありながら、なにゆえ義姉上さまはこちらへ入内じゅだいが叶われたのでありましょうか。本来ならば──》
《ああ……そうですね》

 ふっと、ヒナゲシの思念がまた悲しげな色に戻った。

《おっしゃる通り、こうした身でこちらへの入内は叶いません。殿下もそうであられたでしょうけれど、わたくしたちのもとにもよく、あの<恩寵博士>たちが参られては、わたくしたちの様子を観察、吟味しておられたものです》
《そ、そうなのですか?》
《はい》

 これは初耳だ。
 ということは、あの老人たちはこれら皇太子妃候補となる少女たちのことも、皇子たちに対するようにして色々に試験し、吟味してきたということか。

《ですがわたくしはこの通り、多少ではありますが相手の心のうちを感じ取る力にけておりました。それゆえどうにか、博士がたの目を欺くことができたのです》
《あの……そ、それは》
《博士さまがたも、まさか三つや四つのいとけない幼子おさなごに、大人を欺く技量があるとまではお思いでなかったのでございましょう。もちろん、それを露呈してしまう子のほうが、はるかに多うございましたけれど》

(なんてことだ――)

 タカアキラは舌を巻いた。
 なんという賢さ、心のしたたかさをもつ方だろう。
 この人はすでに三つや四つの頃に、自分の<恩寵>に気づいていたのか。そして、それをあの博士らに知られれば、自分が将来困ったことになるのにも気づいていた。だからこそ、その幼さで博士を欺き、この宮への道をつないだのだ。

(ということは、選ばれなかった者たちは……?)

 ああ、訊きたいことがたくさんある。こうしてもたもたと話をするのは、いかにも隔靴掻痒かっかそうようの感があった。
 この方は今、自分たちのことを「わたくしたち」と表現した。つまり彼女にはもといた場所にたくさんの仲間のような者たちがいたということだろう。恐らくそれは、あの母も同様であったのに違いない。

《申し訳ありません。お差し支えなければ、お教えいただきたいのです。あなた様は、どこからおいでになったのでしょう。今おっしゃった、他にもいた方々というのは、その後どうなったのでしょうか。教えてください、どうか──》

 そのように、思いの中だけで言い募ろうとした時だった。
 今までヒナゲシの傍らにじっと膝をついていた側付きの女が目を上げて、「妃殿下。そろそろ、戻られませんと」と言ったのだ。
 彼女の腕には、長い衣の袖で隠れてはいるが、空間に画面を表示させる小さな腕輪の形をした人工知能コンピュータがはめられている。そのまま装飾にもなる、美麗な品だ。女はその画像から今日の予定をあれこれと確認し、ヒナゲシに帰りを促したようだった。
 女には「そうですね」と答えておいて、彼女は思念でタカアキラにこう言った。
此度こたびはここまでのようですね。申し訳ないことでございます。殿下、どうかお許しくださいませ》
 いかにも、申し訳なさそうな声だった。
《あ……待って。待ってください――》

 待ってくれ。
 訊きたいことが、まだまだあるんだ。
 こんな程度では、ほとんど何も分からないのに等しい。

 思わず彼女の後ろ姿を追いかけそうになったタカアキラに、ヒナゲシはほんのわずかに顔を向けた。タカアキラははっとして足を止めた。
 そこにはやはり、ほんのわずかの微笑みが乗っていた。

《もしよろしければ三日後に、またこちらでお会いいたしましょう》
《えっ……。あ、は、はい……!》
《お話は、おそらく少しずつしか出来ぬでしょうけれども。それでもわたくしも是非、殿下には聞いていただかねばならないことがあるのです。むしろわたくしはそのためにこそ、この地に参ったのですから》

(え……?)
 
 それは、と尋ねることはもはや叶わなかった。
 側付きの女房はややヒナゲシを急かす風情に見え、彼女はもはやそれに逆らうことはできない様子だったのだ。
 義姉は結局、こちらをちらと見ることすらせずに踵を返した。重ねられたひとえの裾がふわりとゆれる。

《それでは、失礼つかまつります、タカアキラ殿下。どうかそれまで、ごきげんよう──》

 最後に飛んできたその思念に、タカアキラは<隠遁>を続けたままではありながら、静かにこうべを垂れたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

憧れの先輩に抱かれたくて尿道開発している僕の話

聖性ヤドン
BL
主人公の広夢は同じ学生寮に住む先輩・日向に恋をしている。 同性同士だとわかっていながら思い余って告白した広夢に、日向は「付き合えないが抱けはする」と返事。 しかしモテる日向は普通のセックスには飽きていて、広夢に尿道でイクことを要求する。 童貞の広夢に尿道はハードルが高かった。 そんな中、広夢と同室の五十嵐が広夢に好意を抱いていることがわかる。 日向に広夢を取られたくない五十嵐は、下心全開で広夢の尿道開発を手伝おうとするのだが……。 そんな三つ巴の恋とエロで物語は展開します。 ※基本的に全シーン濡れ場、という縛りで書いています。

[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます

はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。 果たして恋人とはどうなるのか? 主人公 佐藤雪…高校2年生  攻め1 西山慎二…高校2年生 攻め2 七瀬亮…高校2年生 攻め3 西山健斗…中学2年生 初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

渇望の檻

凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。 しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。 支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。 一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。 外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。 ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?

こんな異世界望んでません!

アオネコさん
BL
突然異世界に飛ばされてしまった高校生の黒石勇人(くろいしゆうと) ハーレムでキャッキャウフフを目指す勇人だったがこの世界はそんな世界では無かった…(ホラーではありません) 現在不定期更新になっています。(new) 主人公総受けです 色んな攻め要員います 人外いますし人の形してない攻め要員もいます 変態注意報が発令されてます BLですがファンタジー色強めです 女性は少ないですが出てくると思います 注)性描写などのある話には☆マークを付けます 無理矢理などの描写あり 男性の妊娠表現などあるかも グロ表記あり 奴隷表記あり 四肢切断表現あり 内容変更有り 作者は文才をどこかに置いてきてしまったのであしからず…現在捜索中です 誤字脱字など見かけましたら作者にお伝えくださいませ…お願いします 2023.色々修正中

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】

華周夏
BL
かつての恋を彼は忘れている。運命は、あるのか。繋がった赤い糸。ほどけてしまった赤い糸。繋ぎ直した赤い糸。切れてしまった赤い糸──。その先は?糸ごと君を抱きしめればいい。宿命に翻弄される神の子と、眷属の恋物語【*マークはちょっとHです】

処理中です...