星のオーファン

るなかふぇ

文字の大きさ
上 下
26 / 191
第三章 ゆれる想い

しおりを挟む


 隠れ家に戻ってから、ベータはほとんど有無を言わさぬ勢いでアルファの服を脱がせた。そしてそのまま二人してシャワールームに入り、比較的低温に設定された湯を浴びた。あの雨を浴びてしまったらともかくも、まずは水で洗い流すこと。それが鉄則なのだそうだ。
 体温ほどしかないぬるま湯なのに、毒に侵された皮膚にそれがあたると、とび上がるほどに痛かった。

「少し染みるだろうが、我慢しろ。とにかくしっかり洗い流せ」

 前回のように服を着たままのベータが、アルファの髪を洗ったり皮膚を丁寧に拭ったりしてくれている。そう言っているベータの腕や手の甲にも自分と同様の黒い染みができているのに気づいて、アルファの胸はきりっと痛んだ。
 彼はきっと、取るものも取りあえずに自分を追いかけてきてくれたのだ。

 シャワーからあがると、ベータは今度もまた有無をいわさず、アルファを抱き上げて医療用のカプセルに連れて行った。しかしそれは「連れて行く」などという甘いものではなしに、ほとんど放り込むに近かった。
 あの小型艇にはなかったのだが、この隠れ家にはこの便利な装置が置かれている。比較的大きなタイプのもので、小ぶりな部屋にはこれひとつを置いたらいっぱいになるぐらいだった。ベッドでいうなら、ちょうどダブルサイズに相当するだろうか。
 とは言え、ベッドよりはかなり丸いフォルムだ。どちらかというと楕円形で、全体はクリーム色。上部に大きな両開きのシェードがついており、人の上半身が見える程度に上半分が透明になっている。出入りの際にはこの蓋が両側に開いてスライドし、そのままベッドサイドに下りた形になって、足台にもなる仕様だ。

「待って、ベータ……! あなたも――」
 一人その中に入れられ、シェードを閉められてしまいそうになり、アルファは必死で彼のシャツを掴んで食い下がった。が、返ってきたのは怪訝な視線だった。
「なんだ」
 あなたも怪我をしているのに、と言い募ると、ベータはふと自分の腕の染みを見やって苦笑した。どうやら今の今まで気づいていなかったらしい。

「まあ、この程度なら塗り薬でも治る」
「そんなの、ダメだ! わ、私の……せいなのに」

 そこでついまた声が歪んで、アルファは俯いた。言葉に詰まって、何も言えなくなってしまう。なんだかこれでは、まるきりだだをねている子供だ。
「いいから、手を離せ。扉が閉められん」
 いやだ、と言う代わりに、アルファはさらに彼の服をつかむ手に力をこめた。
「別に、一人でしか入れないわけじゃ……ないのでしょう? このカプセルは」

 途端、ベータの顔が珍しく呆気にとられたようなものになった。
 確かに一人用のものも多く市販されているけれども、これはいわゆるファミリータイプだ。一緒に暮らしている複数の人間が同時に怪我をしたり、具合が悪くなることだってあるのだから、当然といえば当然である。家族用のタイプとして、これはごく一般的な大きさの製品なのだ。
 しかし、返ってきた男の声は異様に不機嫌なものだった。

「……何を言ってるんだ」
「だ……だから!」

 アルファはもう、自分が真っ赤になっているだろうことを自覚していた。正直いって、もう恥ずかしくて死にそうだった。
 それでも何とか、蚊のなくような声をひねり出す。

「……あ、あなたも――」
「…………」

 男が遂に、絶句した。
 こうした医療カプセルには、基本的には着衣した状態では入らない。
 つまりは彼と、そういう格好で二人で入るということになるわけだ。

(……でも)

 やはり、ここは譲れない。
 彼の怪我は間違いなく自分の愚かな行動のせいなのだから。
 だからもう一度、腹に力をこめて彼に言った。

「あなたも……入ればいいんだ。私と、一緒に――」

 まっすぐ、彼の瞳を見て。

「それとも、私とでは、イヤ……ですか」

 星の色をしたベータの瞳は、沈黙のまま、なんとも言えない感情をゆらめかせているようだった。
 アルファはまっすぐにそれを見ながら、やがて静かに微笑んだ。そして噛んで含めるようにして、ゆっくりと言葉をつむいだ。

「あなたが入らないなら、私が出ます。……私が、薬で治せばいいんだ」
 それを聞いた途端、男は明らかに鼻白んだ。
「なにを──」

 そこから黙って見つめ合ったまま──というよりは恐らく、にらみ合ったまま──数十秒が過ぎた。じわじわと体じゅうを侵し続けている毒の影響を感じながら、アルファはそれでも微笑を消さなかった。
 やがてとうとう、ベータのほうが観念したようにため息をついた。
 やや肩を落とし、唸るような声を立てる。

「……わかった」

 そうして、着ていたバーテンダー服に無造作に手を掛けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

工事会社OLの奮闘記

wan
BL
佐藤美咲は可愛らしい名前だが、男の子だった。 毎朝スカートスーツに身を包み、ハイヒールを履い て会社に向かう。彼女の職場は工事会社で、事務仕事を担当してい る。美咲は、バッチリメイクをしてデスクに座り、パソコンに向か って仕事を始める。 しかし、美咲の仕事はデスクワークだけではない。工具や材料の 在庫を調べるために、埃だらけで蒸し暑い倉庫に入らなければな らないのだ。倉庫に入ると、スーツが埃まみれになり、汗が滲んで くる。それでも、美咲は綺麗好き。笑顔を絶やさず、仕事に取り組 む。

「今日DK卒業した18歳童貞の変態です… おじさんたちのチンポでっ…ボクにケツイキを教えてくださいっ……!」

えら(プロフ画像 あじよし様)
BL
学生時代に自覚したゲイセクシャル。片想いの同級生にはその気持ちを伝えられず、親には受け入れられず… 愛を求めた18歳の男の子【モモヤ】が DK卒業のその日に、愛を求めておじさんたち50人とホテルでまぐわうお話。(表紙 Canvaで作成)

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

狐に嫁入り~種付け陵辱♡山神の里~

トマトふぁ之助
BL
昔々、山に逃げ込んだ青年が山神の里に迷い込み……。人外×青年、時代物オメガバースBL。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

渇望の檻

凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。 しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。 支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。 一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。 外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。 ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?

専業種夫

カタナカナタ
BL
精力旺盛な彼氏の性処理を完璧にこなす「専業種夫」。彼の徹底された性行為のおかげで、彼氏は外ではハイクラスに働き、帰宅するとまた彼を激しく犯す。そんなゲイカップルの日々のルーティーンを描く。

処理中です...