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第二章 辺境の惑星(ほし)
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しおりを挟むそこからどうやって子供たちのいる建物へ戻ったか、アルファはよく覚えていない。
半ば呆然として、ベータに促されるまま、ふわふわともと来た道をもどったらしいが、翌朝になっても記憶は曖昧だった。
あの子供たちはと言えば、小さな子らはそのまま泣き疲れるようにして眠ってしまったらしい。
その時になって初めてわかったことだったが、ここには子供たちの世話をするアンドロイドも数体いるようだった。もちろん、以前のアルファが設置したものなのだろう。
人間らしい姿こそしていないが、ふんわりと黄色みを帯びた卵型でカメラとセンサーの内臓された目が二つついただけというフォルムはなんとなくユーモラスで、つい親近感を覚えてしまう。その体は温かく、ぬいぐるみのような柔らかい素材でできていた。
かれらは普段、床にすれすれの位置でほわんと宙に浮かんでおり、移動するときはひょいひょいとウサギが飛び跳ねるように動くのだった。ベータによると、それは他の惑星などでもよく使われている育児ロボットのひとつなのだという。
惑星全体の防御システムはあるのだったが、実はこの島そのものにも似たような防御が施されている。しかし、それでももしも子供たちになにかの危難がせまったり、アルファの助けが必要な場合などには即座に彼に連絡を入れ、子供たちを守るのが、これらロボットの役目なのだった。
何人かの子供たちは、ベッドの中で彼らに抱きつくようにして眠っていた。
その夜は、アルファとベータも建物内の余った部屋をひとつずつ使わせてもらい、一晩泊まることになった。
アルファはなかなか、寝付けなかった。夕刻にベータから明かされた自分のまことの名前や出自のことが、頭をぐるぐると回り続けていたからだ。
すると、夜中になって小さな女の子が「アレックスどこお……」と言いながらやってきて、もそもそベッドにもぐりこんできた。そうしてアルファの胸にしがみついたかと思うと、すぐにこてんと眠ってしまった。
その夜は次々と似たようなことになり、朝おきてみればアルファのベッドは小さな子供たちでぎゅうぎゅう詰めになっていた。みんなそれはそれは幸せそうな顔で、銘々が勝手にアルファの体のあちこちにしがみついて、すやすやと寝息をたてている。
朝方、ひょっこりとアルファの部屋を覗きに来たベータは、その惨状を見て吹き出した。
「ぶっははは。さすがは『アレックス』殿だ。お見逸れしたよ」
腹を抱えて背中を丸め、入り口脇に手をついて、好き放題に大笑いをしている。少し涙までうかべているようだ。
(……こんな顔でも、笑うのか)
こんな風に屈託なく、大口を開けて笑うこの男を初めて見た。
そしてアルファの胸はまた、つきりと痛みを覚えたのだった。
◆◆◆
「えっ。もう帰っちゃうの、アレックス……」
「ブラッドも、もうちょっと居てもいいじゃないのー!」
その日、朝食が終わる頃になってベータがこの惑星を離れようと言い出して、子供たちはさっそく悲しげな顔になった。そしてもはや当然のように、食卓は大ブーイングの嵐になった。
「すまん。とりあえず、仕事が溜まりまくっているもんでな」
「近いうち、また必ず来るからね。ええと……アヤ。それに、タイキ――」
あのあと改めて自己紹介され、やっと顔と名前が一致するようになってきた子らをひとりひとり呼びながら、アルファはかれらに別れを告げた。
「次はちゃんと、みんなのことを思い出せるようになっておくよ。だから元気で。何か困ったことがあったら、すぐに私たちに連絡するんだよ」
「うん!」
「やくそくだよ、アレックス!」
「うん。必ず。約束するよ」
それが彼らの約束のやりかたなのだとかで、ちいさなかわいらしい小指をこちらの小指に絡ませてぶんぶん振られ、何度も「ユビキリゲンマン」と叫ばれた。
「ぜったいぜったい、やくそくだからね……!」
「ブラッドもだよ! ぜったいよ!」
「わかったわかった。いいからそろそろ、服から手を離してくれんか。伸びすぎて着られなくなりそうだ」
名残を惜しんでまた腰の辺りにまつわりつき、べそをかく小さな子らをひとりずつ抱きしめてから、アルファはやっと小型艇に乗り込んだ。
◆◆◆
「で、だな。これからどうするつもりなんだ」
ベータがさもなんでもないことを訊くような口調でそう言ったのは、惑星オッドアイの大気圏を離れて数十分後のことだった。コックピットで彼の隣のシートに座り、「え?」ときょとんとした顔になったアルファを見やって、ベータは少し肩を落とした。
「……あのな。まさかとは思うが、昨夜の話、忘れたわけじゃあるまいな」
「え……ああ。それはもちろん、覚えているが」
「本当か? お前の本当の出自のこともだぞ」
「ああ、もちろん」
それでもやっぱり首をかしげたままのアルファを、ベータはちょっと頬を歪めるみたいないつもの苦笑で見返した。
「妙なやつだな。普通だったら『自分の正体がやっとわかった、すぐにも故郷に帰りたい』とかなんとか、大騒ぎを始めそうなもんだと思うが」
「……ああ」
そういうことか、と合点がいって、アルファも少しだけ微笑んだ。
「それは……すぐには無理かと、思うんだ」
「ほう?」
ベータの声は平板だったが、その目が一瞬だけきらりと光ったことにアルファはなぜか気づいていた。しかし、いやだからこそと言うべきか、こちらも極力、表情や声音を変えないようにと気をつけながら返事をした。
「つまり……記憶が戻っていない今の状態では、うかうかと『スメラギ家』には帰れないのではないかと思って」
「と言うと?」
「いや、今もまだ、自分がそんな身分の人間だったなんて信じられない気持ちなんだが。でも、たとえ本当にそうだったとしても、なぜ自分がわざわざ軍人になろうと思ったのか、だとか……どんな経緯であの子たちの面倒を見ることになったのか、ということなどがはっきり分かったわけではないし」
「……ああ。それはそうだな」
ベータがすっと目を細め、宇宙空間のほうへと視線を投げた。
そして言うともなしにという感じで、つらつらと語り始めたのだった。
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