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第二章 辺境の惑星(ほし)
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しおりを挟むそのまま子供たちに導かれて、アルファとベータは林の奥の人工的な建物に案内された。
それはベータの小型艇の十倍ほどの大きさで、似たような銀色の柔らかな曲線でできた、いかにも現代的なフォルムの建物だった。ある程度の室温調節も可能のようだし、中は清潔に保たれている。以前ベータが小型艇には置けないと言っていた、あの医療カプセルも設置されていた。
今はそのリビングにあたるらしい広い部屋で、皆テーブルについている。
見たところ、どうやら子供だけで暮らしているらしいのだったが、別棟の建物には野菜の栽培システムなどもあるらしい。他にも、さほど多くはないが羊や鶏を飼い、わずかだが外でも野菜を育てているのだそうだ。
子供らがわざわざこちらに椅子を引き寄せ、周囲に嬉しげにまとわりついてきても、アルファはまだぎこちなく、中途半端な笑みを浮かべることしかできなかった。自分をまっすぐに信頼し、慕ってくれているこの無垢な笑顔を曇らせたくなかったからだ。
しかし、それはすぐに露見した。
「アレックス、どうしたの? やっぱり元気ないね」
見るからに優しげで、この中でももっとも年長に見える少女が心配そうにそう言ったのを皮切りに、子供らはぱっとアルファの顔をうかがって口々に言い出した。
「ほんとだね。大丈夫?」
「疲れてるの?」
「体の調子がわるいの?」
「やっぱりどこかケガしてるの?」
「ああ……すまない。そうじゃないんだ」
袖のあたりに鈴なりになっている小さな子らの顔を見返して、アルファは少しうなだれた。子供らになんと説明したものか、逡巡した挙げ句に沈黙してしまう。そんなアルファを見かねたように、今まであまり会話に口を挟まなかったベータが言った。
「ああ。すまんな。こいつはちょっと、記憶に障害が出てるんだ」
それは、いかにも無造作な言い方だった。
「え?」
「キオクに、ショウガイ……? って、なんのこと?」
ぽかんとして見上げてくる傍らの子に、ベータはなんだかどきりとするほど優しい笑顔を返した。
確かに事実ではあるけれど、重要な部分を大いにぼかした言い方だ。だがこの男がそう言うと、妙な説得力があるのだった。
「そうだな、すまん。少し言葉が難しかったな」
そんなことを言いながら、そばにいる少年の頭を優しく撫でている。
それにしても、随分といい笑顔だ。あんな笑顔、こちらに向けたことは一度もないくせに。
先ほど彼が女の子たちから囲まれていたときと同じようなもやもやした気持ちがまた湧き出して、アルファは彼から目を背けた。
そうするうちにも、ベータはその言葉の意味を噛み砕いて説明してやっている。
「そんなわけで、こいつがここに戻るのに三年も掛かってしまった。あの海戦のあと救助されてはいたんだが、なにしろ記憶がもどらなくてな。自分が誰かもわからずにいたらしい。実は、今もまだ、そうなんだ」
「えっ? 本当なの? アレックス……」
子供たちは、たちまち悲しげな顔になった。
「うそでしょ、アレックス。ぼくのこと、覚えてるよね?」
小さな男の子が腰のあたりにまとわりついてそう言えば、
「なに言ってるの。あの頃はあんたはほんとにちびで、ろくにアレックスと話したこともなかったじゃない! でもアレックス、あたしのことは覚えてるよね?」
と、少し生意気そうな年嵩の女の子がきらきらした目で見上げてくる。
申し訳ないことながら、アルファはどちらのこともまったく誰だかわからなかった。
ますます困って沈黙してしまったことで、場は一気に沈んだものになった。年長の子も暗い顔になってうつむいてしまったし、「うそだよ! そんなのウソだもん!」と憤慨するもいる。黙ってしくしく泣き出す子もいる。
「すまない、みんな……。本当なんだ。私は自分のことも、まだよく思い出せない状態なんだよ」
正直にそう言って、アルファは皆に頭をさげた。
「ずっと心配してくれていたんだね。とても嬉しい。でも……すまない」
「そんな……」
「ウソだよ、そんなの……!」
遂に、たまらず大きな声で泣き出す子がでて、年嵩の少女が抱きしめて宥めはじめ、アルファはいたたまれなくなってきた。
記憶を失くしたことそのものは、決して自分の意思ではない。正直いって、そのことをひどくつらいと思ったこともなかった。しかし純真な子らにこうしてまっすぐに悲しまれてしまうと、ただただ申し訳なさばかりが押し寄せてきて、どうしていいのか分からなくなる。
アルファはひたすら子供たちに向かって、「ごめんなさい」と「許して欲しい」を繰り返した。
「ちょっと来い」
遂に見かねたのか、ベータがぐいとアルファの腕を掴んで建物の外へとつれて出た。
背後からは、まだ子供たちの泣き騒ぐ声がする。やがてその声が遠のいて、聞こえるのはお互いの足音と、風が木の葉を揺らすさざめきだけになった。
ベータはそれでも、しばらく黙ってずっと歩いた。周囲は柔らかな緑をまとった木々である。その奥にきらきらと光るのは、空から見えた島の中央にある湖の水面らしかった。
風はただ、さわやかである。
しかしそれも、この島に着陸したころと比べるとざわざわと少し強く、冷えたものに変わっていた。
ベータはやがて湖のそばから離れると、海岸側へと歩き出した。
アルファはだまって、それについて歩いていった。
黄色みを帯びた恒星が、ゆっくりゆっくりと回転して海に没しようとしている。このあたりでは、もうすぐ日没が始まる時間帯のようだった。
先ほどまでは青空ばかりに見えた空の色が、恒星とは反対の側から次第に紫を帯びていく。と思う間に、見渡す限りにひろがった水平線へと恒星の光が近づいていくのがわかった。
周囲が次第しだいにオレンジ色に染まりだす。
それが「夕焼け」というものだったことを、アルファはおぼろげに思い出していた。
日没。
夕焼け。
黄昏。
そして……雀色時。
ゆっくりと遠浅の砂浜近くまで歩いたとき、ベータがふと立ち止まった。
「……お前。気づいていないのか」
「え?」
ぼんやりと目を上げると、怪訝そうな鋭く蒼い瞳に射抜かれた。その瞳に、橙色の夕日の色が反射して、きらきらと美しかった。
アルファは吸い込まれるように、その瞳をじっと見つめた。
やがて、男がひとつ溜め息をついた。
「本当に、気づいていないんだな。……恐れ入った」
「あの、何を――」
おずおずと見返せば、ベータの瞳は夕日の色とは関係なく、なにかどきりとするような、不思議な色に変わっていた。それはなんとなく、大声で泣いていたあの子らの目にも似ている気がした。
男はぐいとこちらに近づくと、アルファの襟首を掴んで顔を寄せてきた。眉間に厳しい皺をたて、鋭い目がまっすぐにこちらの目をのぞきこんでくる。
「まだ分からんのか。……いま、お前が話しているのは何語だ?」
「……え?」
(何語を話しているかって? この男、何を言って――)
一旦は、そう思い。
訊かれたことを咀嚼し、反芻して――
(……!)
瞬間、体に電撃が疾った。
アルファは今、
明らかにこの宇宙連邦の公用語ではない、
不思議な言語を話していた。
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