星のオーファン

るなかふぇ

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第一章 蜥蜴の男

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 いつまでたってもうんともすんとも言わない<玩具>を見つめて、男はしばし「どうしたものか」と考える風に沈黙していた。
 が、やがて差し出した手を下ろし、今度は左の手を持ち上げて、再びそれを変形させた。
 先ほど、あるじを殺した時のものとは形が違うが、それでもその先は随分と鋭く、細い形状をしているようだった。

(……殺されるのか)

 そう思ったが、<玩具>の心はいでいた。
 そしてただぼんやりと、男の腕の切っ先を見つめていた。
 こんなどうしようもない人生、ここで楽に終わらせてもらえるならばむしろ御の字だ。こんな風に無駄に人からの欲望の対象にされる体のままで、こんな世に生きていても仕方がない。
 もしもここで生き残っても、自分に残されているのはろくでもない道ばかりだろう。一度ひとたびだれかの「持ち物」の立場にとされたならば、そうそう這い上がることは許されない。
 さんざんに「夜の玩具」として使われ、飽きられた後は、利用できる臓器を摘出、売買されるか、まだ体のきれいなうちに必要な処置をほどこされ、保存液に浸けられて秘蔵の美術コレクションにでもなるのが関の山。
 事実ゴブサムも、すでにいくつもの「玩具」をそのようなものに変え、秘密のコレクション・ルームに陳列しているのだから。

 むしろこの男がゴブサムの代わりに自分の主人あるじになるのではなく、ただ今すぐに殺してくれると言うならば、それは欣喜雀躍きんきじゃくやくして感謝してもいいぐらいの話だった。

「……動くなよ」

 低くて艶のある男の声が、先ほどよりさらに近くで聞こえた。被り物のせいでくぐもってはいるけれど、やはり、いい声だ。その仮面の下まではわからないが、こんな男に殺されるなら、それはそれで良かったのかも知れない。
 むしろ、本望と言ってもいい。
 <玩具>はひとつうなずくと、おとなしく目を閉じた。

 と、ぱつん、と一瞬、首元に熱い衝撃があった。
 驚いて目を開けると、鷹の男は左腕をまたもとの形に戻しているところだった。見る見るうちに、まるで魔法のようにその手が人間のものに戻ってゆく。

「例の忌々しいナノマシンを摘出、破壊した。もう大丈夫だ」
「……え」

 何を言われたのかがよくわからず、ぼんやりと男を見返すと、鷹の頭が少しばかり横にかしいだようだった。

「ずっと、頭痛がしていたんじゃないのか。何かを思い出そうとしたり、あのに刃向かおうとしたときに」
「え、……あ……」

 思わず、いま衝撃を受けたあたりをさすりながら、<玩具>はやっと合点がいった。

 ナノマシン。自分は自分の知らない間に、ごく微細なその装置を体に挿入されていたらしい。医療で使うことはよくある代物だけれども、現在ではこんな風にして他人の脳の働きを制御し、相手を思うままに動かそうとする場合にも悪用されることの多い装置だ。もちろんこれも、人道上大いに問題があるために、宇宙間条約にははっきりと使用を禁止する条項がある。

「こいつらも、多少種類は違うがお前と同じものを仕込まれている。事前にそいつに少しばかり、細工をさせてもらったのさ」
 男はそこらに倒れたままぴくりとも動かない警護の男らを見回してそう言った。
「無理に思い出そうとしたり、あの男に刃向かったりしていたら、お前の脳はその瞬間に破壊されていただろう。無謀なことをしなくて何よりだった」
「…………」

 男の声音が奇妙に優しいものに聞こえて、<玩具>は思わず首をかしげた。
 ぼんやりしている彼をそのままにして、男はひょいと立ち上がると、先ほど<玩具>の脱ぎ捨てた衣服を拾い上げて戻ってきた。そういえばいまだに素っ裸だったことを思い出して、<玩具>は慌てて礼を言い、渡された衣服を身につけた。
 不思議なことに、今の今まで忘れ去っていたはずの羞恥と呼ばれる感情が、<玩具>の血を逆流させているようだった。
 なぜなのかは、わからない。

「少し、足を見せてみろ」

 靴下を履く段になってから、男は再び左手の形を変化させた。今度は小さなピンセットのような形状になっている。<玩具>が目を丸くしている間に、男は彼の足の裏から手早くガラスの破片を取り除いた。
 きゅううん、と鷹の目からごく微かな音がする。どうやらその目で微細なガラス片の有無を確かめているらしい。先ほど<玩具>の首もとからナノマシンを取り除いた際にも、それは大いに活躍したということだろう。

「これでひとまずはいいだろう」

 そうして、男はポケットから止血テープらしいものを取り出すと、手馴れた仕草で足の裏に貼ってくれた。ついでに首のところにも、小さなものをぺたんと貼られる。

「本格的な治療は宇宙艇ふねに戻ってからとしよう。まずは移動が先決だ。行くぞ」
「行く……? どこへ――うわっ!」

 男はもはや、<玩具>の言葉など聞いてはいなかった。そしてあっという間に、ろくに歩けない<玩具>をその腕に抱え上げていたのだった。

「まあ、百時間はこのままでいるように設定してはあるんだがな。急ぐに越したことはあるまいさ」

 その鷹の顔からもれ聞こえるのは、もはや独り言でしかないようだった。
 男はそのまま風のようにその部屋から飛び出ると、まさに獲物を掴んだ鷹が飛び去るように、ぐいぐいと廊下を歩き出した。
 
 
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